
- 1 「正しいことを言っているのに、なぜ動いてもらえないのか」
- 2 なぜMBAで「パワーと影響力」を学ぶのか
- 3 パワーと影響力の定義──「潜在能力」と「行動プロセス」
- 4 人はなぜ動くのか──3層構造のメカニズム
- 5 チャルディーニの「影響力の武器」──無意識の行動原理
- 6 パワーの源泉は3つある──ポジションだけではない
- 7 ケースディスカッション──ポジションパワーのない若手に何ができるのか
- 8 5ステップフレームワーク──感覚ではなく、体系的に考える
- 9 ケースから得た最大の学び──「依存度」が逆転する瞬間
- 10 ロールプレイで体感した「頭でわかる」と「できる」の距離
- 11 Day1で持ち帰った核心メッセージ
- 12 IT業界28年の経験と重ねて
- 13 おわりに──Day2以降への期待
- 14 この記事で紹介した書籍
「正しいことを言っているのに、なぜ動いてもらえないのか」
マネージャーやリーダーとして仕事をしていると、一度はこの壁にぶつかるのではないでしょうか。
ロジックは通っている。データもある。組織にとって最善の提案をしている。それなのに、チームメンバーが動かない。他部署の協力が得られない。上司の承認が下りない──。
私自身、IT業界で28年のキャリアの中で、何度もこの場面に直面してきました。特にITマネージャーという立場では、プロジェクトを前に進めるために社内外のステークホルダーを巻き込む必要がありますが、正論を並べるだけではまったく歯が立たないことを嫌というほど経験しています。
グロービスMBAの「パワーと影響力(Power & Influence)」は、まさにこの問いに正面から向き合う科目です。Day1のオンライン授業を終えたばかりですが、早くも「これはMBAの中でも最も実務に直結する科目かもしれない」と感じています。
この記事では、Day1で学んだ内容を整理しながら、自分の実務経験と重ねて振り返ってみたいと思います。
なぜMBAで「パワーと影響力」を学ぶのか
最初に講師から投げかけられた問いは、非常にシンプルでした。
「何が正しいかを知っているだけで、十分ですか?」
答えは明らかにノーです。リーダーには「ありたい姿」や「高い志」があります。でも、それを実現するためには、人や組織を本当に動かす有効な行動が必要です。「正しい戦略を描ける人」と「それを実現できる人」の間には、決定的な差がある。その差を埋めるのが、パワーと影響力の知識と技術なのだと。
さらに、現代の社会環境は多様性と相互依存性が高まり続けています。一人のリーダーの権限だけで物事が進む時代ではありません。部門横断プロジェクト、社外パートナーとの協業、多国籍チームの運営──。「人を動かす」ことの難度は上がる一方です。
だからこそ、感覚や経験則だけに頼るのではなく、体系的にパワーと影響力を理解し、再現性のある形で使いこなすスキルが求められるのです。
この導入を聞いたとき、自分がこれまで「正論を武器にして突破しようとしてきた」場面がいくつも頭をよぎりました。あのとき、正論そのものが間違っていたわけではない。でも、相手を動かすためのアプローチが圧倒的に不足していたのだと、今なら理解できます。
パワーと影響力の定義──「潜在能力」と「行動プロセス」
Day1で最初に押さえたのは、パワーと影響力の定義です。似たような言葉ですが、明確に区別されます。
パワー(Power) とは、行動に影響を与え、出来事の流れを変え、抵抗を乗り越えて、パワーがなければ動かない人々に物事を実行させる潜在能力のことです。ここで重要なのは「潜在能力」という部分。実際に行使しなくても、持っているだけで効果を発揮する場合があるということです。
たとえば、社長が会議で一言も発しなくても、「社長がこの場にいる」という事実だけで参加者の発言が変わる。これがパワーの潜在的な効果です。
一方、影響力(Influence) とは、パワーを背景にして人々を実行に向けて動かそうとするプロセス・行為・行動のこと。つまり、パワーは「持っているもの」、影響力は「使うもの」と整理できます。
そして授業では、この2つの関係を次のような式で表しました。
自分が持つパワー × 相手の自分に対する依存度・ニーズ・感情 = 相手に及ぼせる影響力
この式を見たとき、はっとしました。影響力は、自分のパワーだけでは決まらない。相手側の要因──依存度やニーズ、感情──が掛け算で効いてくるのです。
つまり、どれだけ自分が優秀でも、相手が自分に依存していなければ影響力は小さい。逆に、自分のパワーがそれほど大きくなくても、相手のニーズにぴたりとはまれば、大きな影響力を発揮できる。
この構造を理解しているかどうかで、人を動かすアプローチはまったく変わってきます。
人はなぜ動くのか──3層構造のメカニズム
では、人はどのようなメカニズムで「動く」のか。授業では、人が動くメカニズムを3つの層で整理しました。
第1層:合理的判断。 自分にとって損か得か、ロジックで考えて動く層です。ビジネスの場面では、多くの人がこの層に訴えかけようとします。ROIを示す、データで根拠を示す、メリット・デメリットを整理する──。もちろんこれは大事ですが、これだけでは不十分です。
第2層:感情・価値観。 必ずしも合理的ではないけれど、愛情や意志、恐怖、プライドなどから自覚的に動く層です。「この人のためなら頑張ろう」「これだけは譲れない」「失敗したくない」──そうした感情が意思決定を左右していることは、誰にでも心当たりがあるはずです。
第3層:生物的本能(無意識)。 深層心理への働きかけによって、本人すら自覚しないうちに反応してしまう層です。これは次に紹介する「影響力の武器」と深く関わります。
多くのビジネスパーソンは第1層(ロジック)で勝負しようとしますが、実は第2層・第3層のほうが行動に与える影響は大きいことが少なくありません。相手の感情を無視してロジックだけで押し通そうとすると、表面的には同意を得られても、実行段階で協力が得られない──そんな現象の裏には、この3層構造があるのです。
チャルディーニの「影響力の武器」──無意識の行動原理
Day1で特に興味深かったのが、社会心理学者ロバート・B・チャルディーニの研究に基づく「影響力の武器」の6つの原理です。
1. 返報性
恩恵を受けたら報いなくてはならないと感じる心理です。先に相手に価値を提供すれば、相手は「何かお返ししなければ」と感じます。ビジネスの場でも、いきなりお願いをするよりも、まず相手の困りごとを手伝ってから依頼をしたほうが、協力を得やすい。これは経験的に感じていたことですが、心理学的な裏付けがあると知って、より意識的に使えるようになりそうです。
2. 社会的証明
他人の行動を指針とする心理です。「他の部署ではすでに導入しています」「業界の大手3社はこの方式を採用しています」──こうした情報が意思決定に影響を与えるのは、社会的証明の原理が働いているからです。
3. 好意
好意を持つ相手には賛同したくなる心理です。そして好意を抱かせる要因として、類似性(共通点があること)、近接性(頻繁に会うこと)、返報性(先に好意を示されること)が挙げられました。
ここで面白いのは「近接性」です。リモートワークが当たり前になった今、物理的に会う機会は減っています。でも、だからこそ意識的に接点を作る──たとえばオンラインでも雑談の時間を設ける、チャットでこまめにやり取りする──ことの重要性が増しているのだと感じました。
4. 権威
専門家の意見に従おうとする心理です。「このデータは〇〇研究所の調査結果です」と言うだけで説得力が増すのは、権威の原理によるものです。
5. 希少性
手に入れにくいものほど求めたがる心理です。「この案件を担当できるのは、あなたしかいません」「この情報は今だけしか共有できません」──こうした表現が効果を持つ背景には、希少性の原理があります。
6. コミットメントと一貫性
自分が一度コミットしたことや、自分の価値観と一貫した行動をとろうとする心理です。会議で「賛成」と発言した人は、その後も一貫して賛成の行動をとりやすくなります。だからこそ、最初の小さなコミットメントを引き出すことが重要です。
これらの原理は「テクニック」として使えるものですが、授業で強調されていたのは、悪用との境界線を常に意識することでした。相手を操作するためではなく、正しい目的のために効果的に人を動かすために使う──その倫理観が前提です。
パワーの源泉は3つある──ポジションだけではない
Day1のもう一つの重要な学びが、パワーの源の3分類です。
1. ポジションパワー(公式の力)
役職に付随する力です。権限、予算、人事評価、情報へのアクセス──これらは組織における「肩書き」から生まれるパワーです。マネージャーがメンバーに指示を出せるのは、このポジションパワーがあるからです。
2. パーソナルパワー(個人の力)
個人に属する力です。専門性、実績、信頼性、カリスマ性、コミュニケーション力──これらは役職に関係なく、その人自身が持っている力です。「あの人が言うなら信頼できる」と思わせる力がこれにあたります。
3. リレーショナルパワー(関係性の力)
人間関係のネットワークから生まれる力です。多様な人脈を持ち、情報・リソース・精神的サポートを得られるポジションにいること。「あの人に相談すれば、適切な人を紹介してもらえる」と思われるハブのような存在の力です。
ここで最も重要なメッセージは、ポジションパワーがなくても、パーソナルパワーとリレーショナルパワーは使えるということです。
新入社員でも、若手でも、肩書きがなくても、専門知識や人脈という武器で影響力を発揮することは可能です。逆に言えば、ポジションパワーだけに頼っているリーダーは、その肩書きがなくなった瞬間に何も動かせなくなるリスクがあります。
自分自身を振り返ると、IT業界28年の経験やMBAの知識はパーソナルパワーに、社内外で築いてきたネットワークはリレーショナルパワーに分類されます。一方で、ITマネージャーとして持っているポジションパワーは、プロジェクト内では有効ですが、他部門のステークホルダーに対してはほぼ効力がありません。だからこそ、パーソナルパワーとリレーショナルパワーを意識的に高める必要があると感じました。
ケースディスカッション──ポジションパワーのない若手に何ができるのか
Day1のケースディスカッションでは、ある若手社員が新しい職場で直面する困難な人間関係を題材に議論しました。
その若手社員は、上司からの十分なサポートが得られず、経験豊富な先輩からは敵対的な態度をとられるという状況に置かれています。入社数カ月で孤立しかけている──そんな状況で、ポジションパワーをほとんど持たない若手に何ができるのか?
授業では複数の選択肢が提示され、「相手をたてつつ、自分も報われるよう状況改善をはかる」を選ぶ受講生が多数でした。私もそうです。でも、その方針を選ぶのは簡単でも、具体的に何をするのかを考えるのは、まったく別の難しさがあります。
ここで活きてくるのが、Day1で学んだフレームワークです。
5ステップフレームワーク──感覚ではなく、体系的に考える
パワーと影響力を行使するための5つのステップが紹介されました。
ステップ1:ありたい姿を描く。 まずゴールを明確にする。「この組織で成果を出し、キャリアを築く」のか、「別の環境に移る」のか。ここがブレると、すべてのアプローチもブレます。
ステップ2:状況を分析する。 関わる相手は誰か。相手の状況、自分の状況、両者の関係性、環境や制約条件はどうなっているか。ケースでは、敵対的な態度をとる先輩が何を恐れ、何を求めているのかを深く理解することが鍵でした。
授業では「相手の世界理解度チェックシート」というツールが紹介されました。相手の役割・責任範囲、仕事上のプライオリティ、評価基準、キャリアの方向性、ワークスタイル、大切にしている価値観──こうした項目について、自分がどれだけ理解しているかを棚卸しするのです。
ケースの先輩についてこのチェックシートを当てはめると、見えてくるものがあります。表面的には敵対的に見える行動の裏に、「自分の立場が脅かされるのではないか」という不安や、「経験を正当に評価してほしい」という欲求があったのです。
ステップ3:基本スタンスを定める。 闘うのか、逃げるのか、協力するのか、順応するのか。授業ではコンフリクト・スタイルとして、主張する/しないと協力的/非協力的の2軸で4つのスタンスが整理されました。「競争」「逃避」「適応」「協働」、そしてその中間の「妥協」。状況に応じてどのスタンスを選ぶかは、戦略的な判断です。
ステップ4:アプローチを考える。 具体的に何をするか。どのパワーを使うか。チャルディーニの原理のどれが有効か。印象のマネジメントをどうするか。たとえば、敵対的な相手とのカジュアルな場を設けて「好意」と「類似性」を使って関係を改善する──そんな具体策が考えられます。
ステップ5:実行する(反応を見る)。 そして実行し、結果を見る。うまくいかなければフローの前のステップに戻って再チャレンジする。影響力の行使は一発勝負ではなく、PDCAのように回し続けるプロセスなのです。
このフレームワークを知っているかどうかで、「感覚的にうまくいった/いかなかった」が「なぜうまくいったのか/いかなかったのか、次はどうすべきか」に変わります。再現性が生まれるのです。
ケースから得た最大の学び──「依存度」が逆転する瞬間
ケースのその後の展開では、状況が大きく変化します。困難な関係にあった上司や先輩が去った後、主人公が持つ業務知識と経験が希少な資源に変わったのです。
新しい上司にとって、主人公は業務を回すために不可欠な存在です。つまり、主人公への依存度が一気に高まりました。そして主人公が新上司のニーズを理解し、徹底的に協力した結果、返報性の原理が働き、チャンスと高い評価が与えられました。
ここに、影響力の式がきれいに当てはまります。
自分が持つパワー(業務知識・専門性・実績) × 相手の依存度(主人公なしでは業務が回らない) = 大きな影響力
この事例から得た最大の学びは、目の前の困難な状況で安易に逃げず、自分のパワーを蓄積し続けることで、環境が変わったときに一気に影響力を発揮できるということです。また、組織内のパワーのトレンドや政治的な文脈を読む力があれば、状況の変化を予測し、より戦略的に動けるという指摘も示唆に富んでいました。
ロールプレイで体感した「頭でわかる」と「できる」の距離
Day1ではロールプレイ演習も行われました。敵対的な態度をとる相手との関係改善を試みる場面や、上位者との面談で困難な状況を打開する場面を、実際に演じてみるのです。
上位者との面談では、いくつかの対応パターンが分析されました。優等生的に振る舞うパターン、不満をぶつけるパターン、協力を求めるパターン──それぞれにリスクと効果があり、正解は一つではありません。
このロールプレイを通じて痛感したのは、フレームワークを頭で理解していることと、実際にそれを使って行動できることの間には、かなりの距離があるということです。
「相手のニーズを理解して、好意の原理で近づく」──理屈では簡単です。でも実際に、自分に敵対的な態度をとる相手にカジュアルな場を提案し、リラックスした雰囲気で会話をリードするのは、相当な精神的なエネルギーが必要です。
だからこそ、この科目では座学だけでなく実践演習が重視されているのだと理解しました。
Day1で持ち帰った核心メッセージ
授業の最後に示された核心メッセージを、自分の言葉で整理します。
影響力を発揮するとは、「相手のニーズを掴み、そのニーズに合うパワーを見つけ、それが自分にあることを認識させるための行動をとること」である。
そしてこれを感覚的にではなく、体系的に考え、戦略を立てて実行することで再現性を高める。
さらに、Day1全体を通じた4つのキーメッセージが示されました。
- 公式のパワーだけで事が進む時代ではない。 「犬死」しないために、パワーと影響力を「賢く」活用することが求められる。
- プロセスやフレームワークで考える習慣をつける。 感覚や経験則だけに頼らない。
- 社会心理学に基づく実践技術は、思いのほか有効。 チャルディーニの原理は、日常のビジネスシーンでも確実に使える。
- 何のためにパワーと影響力を活用するのか、目的を見失わないこと。 手段が目的化してはいけない。
IT業界28年の経験と重ねて
Day1の内容を自分の実務経験と照らし合わせると、思い当たる節が次々と出てきます。
たとえば、あるプロジェクトで新しいツールの導入を提案したとき。技術的な優位性もコスト削減効果も明確でしたが、現場のベテランエンジニアたちからの抵抗に遭いました。今振り返ると、彼らが恐れていたのは「ツールの変更」そのものではなく、「自分たちが長年磨いてきたスキルが無価値になること」だったのだと思います。彼らのニーズは「自分の経験が尊重されること」であり、そこに寄り添うアプローチが必要でした。
あるいは、別の部署との協業プロジェクトで進行が滞ったとき。私はポジションパワー(プロジェクトマネージャーとしての権限)で押し通そうとしましたが、相手部署にとって私の肩書きは何の意味もありません。あのとき必要だったのは、リレーショナルパワー──共通の知人を介した信頼関係の構築や、相手部署のKPIに貢献する形での提案だったはずです。
こうした経験を、パワーと影響力のフレームワークで言語化できるようになったこと自体が、Day1の大きな収穫です。
おわりに──Day2以降への期待
Day1は「パワーと影響力の基本概念と視点」がテーマでした。この先、Day2では「部下を動かす・上司を動かす」、Day3では「他部署を動かす」、Day4では「文化の異なる他組織を動かす」と、より具体的で複雑なシチュエーションに進んでいきます。
特に楽しみなのは、Day2で扱う「上司を動かす」というテーマです。上司との関係性に悩む若手マネージャーのケースを題材に議論するとのことで、マネジメント層にいる自分にとっても他人事ではありません。
Day1で学んだフレームワークを頭に入れた状態で、次のケースにどう向き合えるか。そして何より、明日からの実務で少しでも意識的にパワーと影響力を使えるか。それが問われていると感じています。
パワーと影響力は、権謀術数やマキャベリズムの話ではありません。志を実現するために、人と組織を正しく動かす技術です。その第一歩を踏み出せたDay1は、予想以上に学びの多い時間でした。


