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MBAの基礎科目「マーケティング・経営戦略基礎」で扱ったケースを、講義で使ったフレームワークに沿って解説します。
1. EMSはMBAのどこに位置するのか
Day4の冒頭で、EMSという科目の座標が示される。
企業理念・ビジョン
↓
経営戦略
├─ MKT戦略 ─┐
├─ 財務戦略 ─┤
└─ 組織戦略・人材戦略・IT戦略・オペレーション戦略
EMSがカバーするのは「経営戦略」と「MKT戦略」の基礎部分。その先に、経営戦略/テクノベートストラテジー/ベンチャー戦略プランニング、マーケティングⅠ/カスタマージャーニーとブランディング、アカウンティング/ファイナンス、組織行動とリーダーシップ/人材マネジメント、といった応用科目が広がる。
企業経営の核となる部分。ただし基礎の範囲(応用編の学びにつなげる極めて大事な科目)
そして、Day4にはもう一枚、印象的なスライドがある。
道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である ―― 二宮尊徳
「どんなに良い政策も志もリーダーシップも、長期的にはエコノミクス(経済合理性)には絶対に勝てない」
「本当の歴史の勝敗は経済。つまり飯が食えるか、食えないかで決まっている」 ―― 冨山和彦
2. マーケティングとは何か
3つの定義が並べられる。
| 提唱者 | 定義 |
|---|---|
| フィリップ・コトラー | マーケティングとは社会的かつ管理的プロセスの1つであり、このプロセスを通じて、個人や団体は価値のある製品を創造し、提供し、さらに他者と交換し、それによって必要なものや欲しいものを手に入れることができる |
| ピーター・ドラッカー | マーケティングの役割は、販売の必要性をなくすことだ |
| MBAでの定義 | マーケティングとは、「顧客に買ってもらえる仕組み」を作ることである |
ポイントは2つ。
- 顧客側の視点で考える:顧客に”売り込む”のではなく、顧客に”買ってもらえる”にはどうすれば良いのかという発想で考える
- 仕組みを作る:組織全体で、そもそもどのような商品やサービスを作るべきか、どのように顧客に届けるべきかを考え、”組織として応え続ける”
ウォームアップ ― ハンドタオルの売上を3倍にするには?
ありふれたタオルをイメージして、売上3倍の打ち手を出してみる。すると出てくるアイデアは、たいてい4Pに整理できる。
| 4P | 打ち手の例 |
|---|---|
| Product(製品) | 品質、機能特性、ブランド名、パッケージング、大きさ |
| Price(価格) | 値上げ、値下げ、定価 |
| Place(チャネル) | 流通経路、販売地域、法人/個人顧客拡大、配送 |
| Promotion(広告宣伝) | 広告、人的販売、販売促進、パブリシティ、イベント |
ところが、こう問い返される ―― 「各施策の有効性は4Pだけでは決まらない。その前に、どんなことを考える(決める)必要がある?」
マーケティングは4Pの前から始まっている
3. Day4で最も重要な1枚 ― マーケティング戦略の立案と実行プロセス

最終的には4Pに落とし込むにしても、まずは外部/内部環境分析をしっかりと行い、どのような市場機会があって、ターゲットは誰で、どのように魅力的に見せるのかを、4Pの前に具体的に考えたい
事例:Panasonic「ポケットドルツ」
STP→4Pの整合が最もきれいに見える例として紹介される。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 環境分析・市場機会 | OLの半数以上がお昼も職場で毎日歯を磨く/電動歯ブラシの普及率は全世代で15%/従来の電動歯ブラシは「大きい・うるさい・ダサい」 |
| S・T | ランチ後に歯を磨く、働く女性(OL) |
| P | おしゃれな電動歯ブラシ(化粧品の1つとして)。食後の「リフレッシュ」でより美しく、綺麗に |
| Product | 化粧ポーチに収まるサイズ(2cm×16cm)、ふた付き、単4電池で駆動(電池込45g)、化粧品のようなデザイン(7種類)、静かな駆動音(51dB) |
| Price | 化粧品なみの高価格(4,000円) |
| Place | ネット販売、家電量販店、ドラッグストア |
| Promotion | 王様のブランチやInRed等のファッション雑誌にパブリシティとして取り上げられる |
ターゲットのニーズに合わせ(整合させた)、4Pに落とし込んだことが成功要因。単にデザインだけが良かったわけではない
「化粧ポーチに収まる」というProductの仕様、「化粧品なみ」というPrice、「ドラッグストア」というPlace、「ファッション雑誌」というPromotion ―― すべてが「化粧品の1つとして」というポジショニングから逆算されている。 これが「縦の整合性」である(Day5で明示的に扱う)。
STP・4P・製品3層モデルなど、この科目で使う道具のほとんどが載っている原典。手元に一冊置いておく類の本。
4. STPを1つずつ
4-1. 市場機会とは何か
利益 = 売上(単価 × 数量) − コスト(固定費 + 変動費)
- 経営戦略的市場機会 = 利益アップの機会
- マーケ戦略的市場機会 = 売上アップの機会 = 誰にどんなものが新たに売れるか
市場機会とは、利益(戦略的)や売上(マーケ的)のアップが期待できる外的環境の変化のこと。逆に利益・売上を損なうリスクのある外的環境の変化を「脅威」という
4-2. ニーズ・ウォンツ・潜在ニーズ
| 概念 | 定義 |
|---|---|
| ニーズ | ○○したいという欲求が、満たされていない状態(例:喉が渇いた) |
| ウォンツ | ○○したいというニーズを満たすために、具体的な製品やサービスを求める感情(例:コーラを飲みたい) |
スポーツクラブの例で構造化する。
【ウォンツ】スポーツクラブに入会したい
【顕在ニーズ】習慣的に運動したい/モチベーションを維持し長続きさせたい
【潜在ニーズ】趣味を持ちたい/マッチョになりたい/体力をつけたい/痩せたい/ストレス解消したい
モノが溢れた現代は、顕在ニーズは満たされていることが多く、顧客自身も気付いていない、真のニーズ(潜在ニーズ)を把握することが重要になっている
顧客が持つ潜在ニーズは、単一ではなく、複数が絡み合っている場合もある
参考として、FEELCYCLE(暗闇バイクエクササイズ)とティップ.クロスTOKYO(EMPOWERMENT GYM)が挙げられる。同じ「スポーツクラブ」というカテゴリで、まったく異なる潜在ニーズに応えている。
授業では、こんな問いも投げかけられた。
皆さんが扱っている製品やサービスの、ターゲットは誰で(お客さまやその先のお客さまの顔が浮かびますか?)、どのような利用シーンで使用されていますか? それは、どのような顕在・潜在ニーズを満たしていますか? 具体的にイメージできていますか?(他部署のメンバーに説明できますか?)
4-3. セグメンテーション
不特定多数の顧客を同じ性質やニーズを持つ意味のあるセグメント(固まり)に分けること
セグメンテーションの変数(切り口)は3つに大別される。
| 大分類 | 変数 | セグメント例 | 商品例 |
|---|---|---|---|
| 地理的変数(Where/ジオグラフィック) | 地方、気候、人口密度 | 関東・関西、寒暖・季節、都市部・郊外・地方 | 九州限定「ジャイアントプリッツ博多明太子」/花粉対策グッズ/「コメリ・ハード&グリーン」(農村型ホームセンター) |
| 人口動態変数(Who/デモグラフィック) | 年齢、性別、家族構成、所得、職業 | 少年・若者・中年・高齢者、男女、既婚・未婚、3000万以上、ブルーカラー・ホワイトカラー | 「週刊少年ジャンプ」/男性誌「pen」/旅行会社の「お一人様宿泊プラン」/「ベンツ」/「リポビタンD」 |
| 心理的・行動変数(Why/How/サイコグラフィック) | ライフスタイル、パーソナリティ、求めるベネフィット、使用率 | 環境・健康志向型、新しいもの好き、経済性・機能性・プレステージ、ヘビーユーザー | 「プリウス」/新製品情報サイト/オメガ・ロレックス/化粧品のお試しセット |
BtoB市場のセグメンテーションは別枠で整理される。ニーズ以外に、攻略しやすさ・リターンの大きさに注目する切り口がある。
| 切り口 | 狙い | 主要指標 |
|---|---|---|
| 業績・規模 | 業界内での順位から顧客企業の戦略課題を推定 | 売上、利益率、資産、株価、顧客数、販売数 |
| 投資力 | 「お金持ち」の顧客かどうかを判断 | フリーキャッシュフロー、流動性資金、自己資本比率 |
| 成長性 | 業界全体と比較し、戦略課題・今後の投資力を判断 | 売上成長率、販売数増加率 |
| 競争状況 | 競争の厳しさから戦略課題を推定 | マーケットシェア、競合会社数 |
| 環境の変化 | 顧客企業の戦略課題を推定 | 新規参入者/代替品の圧力増加、グループ再編 |
| 企業の特徴 | 攻略可能性・横展開の要となりうるかを判断 | 新規案件に対する姿勢、同業他社への影響力 |
単に分類すればよいわけではない。 同じ性質やニーズを持つセグメントに分けることが重要。それにより、この後のポジショニング→4Pの打ち手がクリアになる
4-4. ターゲティング ―「判断軸」に基づいて絞り込む
6Rという判断基準が示される。
| R | 問い |
|---|---|
| Realistic Scale | 規模は十分? |
| Rate of Growth | 成長性は? |
| Rival | 競合状況は? 優位性は築けるか? |
| Rank / Ripple Effect | 顧客の優先順位は?(攻めるタイミング・順番として適切か)/波及効果は?(他のターゲットへの+の影響は大きいか) |
| Reach | 到達可能か?(そのターゲットにアクセスできるか) |
| Response | 反応は測定可能か? |
実務ではこの2つを押さえればOK! ―― Realistic Scale(規模)と Rate of Growth(成長性)=「魅力的か?」、Rival(競合状況)=「勝てそうか?」
シンプルに言えば「魅力的か?」「勝てそうか?」の2問である。
「顧客の頭の中にどう置くか」を、実際に業績をひっくり返した当事者が書いている。ポジショニングが机上論でないことが分かる。
4-5. ポジショニング
ポジショニングとは、「顧客の頭の中に明確で価値ある製品イメージを作り出す活動」
例として、Wii/PS3/Xbox360が「感覚で遊べる⇔ゲーム上級者むき」×「個人で楽しむ⇔家族で団欒」の2軸にプロットされる。
なぜ「平面上の2軸」で描くのか。
もっとも重要なポイント2つに絞って徹底的に訴求する(平面上に2つの価値軸を取って競合との差を表す)
鮮烈な言葉、ビジュアルイメージを使って訴求する(例:「機能が多い」ではなく「○○できる(Can)」と表す)
―― 人間は、通常2つ、最大3つまでしか要点を覚えられない。そして、ビジュアル・イメージを通じて覚えたことは、忘れようとしてもなかなか脳裏を離れない
ポジショニングの重要点(3つ)
- 誰がターゲット顧客か? ターゲット顧客、さらに利用シーンまで明確にする。悩み、苦しみ、感情にまで共感する
- そのターゲット顧客への提供価値は明確か? ターゲット顧客にササる軸を選ぶ。ニーズを具体化する
- 提供価値は競合と比べて差別化されているか? 競合が誰かを意識し、競合と重ならないようにする。ただし、競合を意識しすぎて顧客を忘れないように
4-6. 受講生が最も間違えるポイント
事前課題を見た講師のフィードバックが、そのままスライドになっている。
皆さんの事前課題の傾向 ⇒ セグメンテーションとポジショニングの軸が混同している方が多い
- セグメンテーションの軸は、ターゲットは誰か? を明確にするもの(ヒト軸で切り分ける)
- ポジショニングの軸は、ターゲットに対する「売り文句」(製品の魅力で切り分ける)
つまり、ターゲットに自社製品の魅力のうち何を言ってあげれば、競合ではなく自社製品を手にとってくれるのかを考えること
=「あ、私が欲しかったものだ!」と思う具体的な表現にする
よくある失敗パターン:
| パターン | 症状 |
|---|---|
| ① 軸が「高齢者⇔若年層」「保守的⇔新しいもの好き」 | セグメンテーションと混同(軸が価値になっていない) |
| ② 軸が「低コスト⇔高コスト」「低機能⇔高機能」 | 軸(価値)が差異化できていない/言葉の解釈が多様すぎる |
5. チェキ ― 1998年のヒットから、2000年代中盤の失速へ
5-1. 富士フイルムのカメラ事業
1934年創業。世界の写真フィルム市場のトップブランド。1981年インスタントカメラ「フォトラマ」、1986年レンズ付きフィルム「写ルンです」。特に「写ルンです」は、写真を手軽に楽しむという文化を幅広い年齢層に浸透させることに貢献した。
5-2. SWOT分析 ― 事実を「解釈」する
SWOT分析の手順が丁寧に示される。
① まずは、外部環境/内部環境に関する事実(FACT)を書き出す
② 事実を羅列するのではなく、自分なりに「解釈」して、O/T/S/Wに記述していく(「・・なので」でつなぐ)
③ そこから何が言えそうか? 各要素の組み合わせも踏まえ示唆を出す
順番は外部→内部。
富士フイルム(1998年頃)のSWOT分析例
| ポジティブ | ネガティブ | |
|---|---|---|
| 外部環境 | Opportunities(機会) ・若い女性(特に女子高生)がレンズ付きフィルムやプリクラを愛用することが日常的となっている ・写真を持ち歩く・交換する習慣が浸透している | Threats(脅威) ・プリクラが強い支持を得ている ・デジカメの技術革新が進み、今後の市場拡大が見込まれる(カメラ付き携帯電話はまだ存在しない) |
| 内部環境 | Strengths(強み) ・世界の写真フィルム市場のトップブランド ・写真フィルム・カメラの双方に高い技術を有し、豊富な販路を持つ ・コンパクトで安価な既存製品「写ルンです」があり、「写真を手軽に楽しむ」文化を浸透させた実績がある | Weaknesses(弱み) ・自社の既存のインスタントカメラ(フォトラマ)は大きくて高額 ・(おそらく)インスタントカメラ領域ではポラロイド社に劣後している |
クロスSWOTで示唆を出す。
| O:機会 | T:脅威 | |
|---|---|---|
| S:強み | 自社の技術を活用した新製品と充実した販路を活用し、若い女性が写真を通じて友人との日常を楽しむ需要をより一層喚起できるのでは? | 自社の技術・販路を活用し、独自の付加価値でプリクラと住み分けていくべきでは?/新たな写真文化づくりの実績がある自社のブランドは有利なのでは? |
| W:弱み | プリクラが喚起した「その場でプリント」というニーズには、よりコンパクトなカメラが必要? | ポラロイドに先んじた新市場の創造と獲得が必要?/これから起こるであろう写真業界全体の変化への対応は別途必要では? |
1998年当時、富士フイルムが見つけた市場機会の仮説:
若い女性、特に女子高生をメインとして、写真を通じて日常を楽しむ需要が喚起されてきている。その需要に対応する既存製品(写ルンです、プリクラ、ポラロイド等)には、まだ改良余地があり、自社の強み(技術力やブランドイメージ、販路等)を活かし、競合よりいち早くその問題を解決(小型で安価?)する製品を開発できれば、売れるのではないか?
SWOT分析を使いこなすコツ:
– 多面的に見る:いきなりSWOTの各象限に当てはめようとしない。まず外部・内部のファクトを抽出し、ポジティブ(機会、強み)/ネガティブ(脅威、弱み)の両面で解釈する
– 結果ではなくプロセスに着目:分析の結果よりも、ファクトを多面的に解釈するプロセスで「自社の課題」や「市場機会」を発見する
– 組み合わせて考える:各要素を単体で捉えず、組み合わせる
なおSWOTは環境分析の総まとめとして位置づけられる。外部=PEST/5F/3C(市場・顧客、競合)、内部=VC分析/3C(自社)。Day1〜Day3で業界KSFを特定するプロセスで分析した内容がそのまま使える。ただしマーケティング領域では具体化が必要。
5-3. チェキが取ったポジショニング(1998年)
軸:「その場でプリントして渡しやすい ⇔ その場では渡せない」 × 「持ち歩きしやすい ⇔ 持ち歩きできない」
- チェキ:右上(その場で渡せる × 持ち歩きしやすい)
- 「写ルンです」等レンズ付フィルムカメラ:持ち歩けるが、その場では渡せない
- フィルムカメラ/フォトラマ・ポラロイド:持ち歩きにくい
- プリクラ:その場でプリントできるが、持ち歩けない(設置型)
| 内容 | |
|---|---|
| ターゲット顧客 | 放課後や休日含め、学校生活を友人と楽しむ女子高生 |
| 具体的な利用シーン | 学校帰りや週末に親しい友達と一緒に写真をパチリ。その日一緒にいた思い出を共有し友情を確かめ合う |
| 訴求ポイント | 家のカメラより気軽に持ち出せて、「写ルンです」と違ってその場で共有できる。どこでも撮れるので友人と写れる機会が増える |
5-4. 失速 ― 環境が変われば、同じ場所が違う意味を持つ
チェキの売上は1998年に立ち上がり、2002年に約100万台でピークを打ち、その後急落。2004年にはチームも解散し、マーケティング・商品企画はストップした。
何が起きたか。
| 内容 | |
|---|---|
| 外部環境 | 2000年頃〜 日本におけるカメラ付携帯電話、デジタルカメラの普及/2002年頃〜 上記機器で写真を送り合うことが一般的に |
| 内部環境 | フィルム市場全体の今後の行く末が会社にとっての最大の関心ごと/チェキは日本中心の事業展開で海外に積極展開していない/チェキの問題は優先順位が下がり重要視されにくい状況 |
「極めて魅力的な代替品の出現」と「自社を取り巻く環境変化」から、チェキは厳しい状況に陥った
添付資料では、銀塩カメラの世界出荷台数が2000年前後をピークに急落し、デジタルカメラが逆転していく様子が示される。
ポジショニングマップに、カメラ付携帯電話を置いてみる。
同じ2軸(その場で渡せる × 持ち歩きしやすい)でプロットすると、カメラ付携帯電話はチェキとまるかぶりの右上に入る。

これまでの2軸(の訴求点)では、カメラ付携帯電話とまるかぶり。わざわざチェキを買う必要がない
さらに、顧客の側から見た軸(=パーセプション)で描くと、事態はもっと深刻である。
軸①:「(ほぼ)タダ ⇔ お金がかかる」 × 「カメラを持ち歩く必要なし ⇔ 持ち歩かなければならない」
→ カメラ付携帯電話が圧勝。「ほぼタダだし、カメラ不要だし、取り直せるし、いつでも見れる。⇒チェキ? 面倒だし、お金かかる!」
軸②:「流行りにのってる! ⇔ 時代おくれ!(古い)」 × 「ラク! ⇔ 面倒!(持ち運び・取り直せない・要購入)」
→ 「⇒チェキ? 面倒だし時代おくれ!(古い)」
カメラ付携帯電話の普及で、女子高生にとって「チェキ」はもはや「面倒で時代おくれ」な遺物に!
5-5. ポジショニングマップとパーセプションマップの違い
ここで重要な区別が入る。
| ポジショニングマップ | パーセプションマップ | |
|---|---|---|
| 作り方 | 自社の意思で作る | (アンケートなど)調査して作る |
| 用途 | こう見られたい、という設計 | 実際にどう見られているかの確認 |
自社の認識とズレていないかを確認する
「面倒で時代おくれ」は、富士フイルムが意図したポジショニングではない。顧客の頭の中で勝手にそう置かれてしまった。ポジショニングは「置く」ものだが、パーセプションは「置かれる」ものである。
5-6. ポイント
経営環境は、我々が好むと好まざるとにかかわらず、常に変化する(特に顧客ニーズ、テクノロジーの変化は要注意)。
外を観て(機会と脅威)、社内(強み、弱み)を見渡し、変化に対応し続けること。
分析を行う際は、必ず自社ビジネスへの影響まで引き寄せて考える(解釈する)ことが重要。「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」
―― IBM 元CEO ガースナー氏(ダーウィンの種の起源より想起)
6. 復活 ― ターゲットとポジショニングを段階的に組み直す

写真:LoMit/CC BY 4.0(Wikimedia Commons)
6-1. 契機
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2007〜2009年頃 | 東アジア地域にて、インスタントカメラがテレビドラマやファッションモデルのブログで紹介され話題に |
| 2012年頃 | 日本国内において、メール・SNSなどを通じて「写真を楽しむ」ことは浸透している。一方、写真をプリントアウトする頻度は下がっている |
他国で起きている事象を認識したうえで、何を考え、どう動くか?
ケース本文にはマーケティング責任者の言葉がある ――「ピークの10分の1にまで販売が落ち込んだチェキがじわじわと売れ始めてきた。調べると若い人が買ってくれている。まだ商品価値はある、何かできるのではないか。これまでと違ったマーケティングをやってみようとチームが立ち上がりました」。
「わずかな変化」を、誰かが見ていた。 ここが復活のすべての起点である。
6-2. 3つのポジショニングを、段階的に
復活のシナリオは3ステップで設計されている。

ポジショニング①:10代〜20代前半への訴求
軸:「(自分の個性に合った)”カワイイ”存在 ⇔ ありきたり存在」 × 「即プリントできる ⇔(データ活用できるが)プリントに手間がかかる」
| 内容 | |
|---|---|
| ターゲット顧客 | 写真を楽しむ習慣があり、自分らしく個性的に生きたい10代〜20代前半の女性 |
| 利用シーン | 友達と遊ぶシーンで写真をその場で出す、その場で交換し合う。自分の好みにあったカラーのチェキを持ち歩くのが自己表現のひとつ |
| 訴求ポイント | 「(自分の個性に合った)”カワイイ”存在」×「即プリントできる」 |
「カメラ付携帯電話(含スマホ)」の普及により、写真を楽しむ文化が浸透すると同時に、チェキの魅力を新鮮なものとして打ち出すことが可能になった
ここが逆転の発想である。スマホがチェキを殺したのではない。スマホが「写真を楽しむ」文化を全人口に広げたからこそ、その中で「即プリント」が希少価値になった。 かつての脅威が、今度は前提条件に変わった。
ポジショニング②:20代後半〜30代への訴求
軸:「ライフイベントに合わせ使いやすい ⇔ ライフイベントに使うには工夫が必要」 × 「即プリントできる ⇔ プリントに手間がかかる」
| 内容 | |
|---|---|
| ターゲット顧客 | 結婚や出産、子育て等、ライフイベントに直面している20代後半以上の女性 |
| 利用シーン | 結婚や赤ちゃんの育児記録等、想い出を残すために写真にメッセージや数字を書き込む。都度のプリントもチェキであれば手間いらず |
| 訴求ポイント | 「即プリントできる」×「ライフイベントに合わせ使いやすい」 |
第一次ブームにチェキに触れ、低迷時代にも結婚式などのライフイベントで触れる機会があった層に、ライフイベントへの付加価値で訴求した
ポジショニング③:全年代への訴求
軸:「日常生活の中で使える・楽しめる ⇔ 写真・画像としての活用」 × 「即プリントできる ⇔ プリントするには手間がかかる」
| 内容 | |
|---|---|
| ターゲット顧客 | 年代を問わず日常生活のなかで写真を楽しむ習慣があり、かつDIY・手作りに関心がある人 |
| 利用シーン | 日常生活をオシャレに彩る、また、楽しくできる創作活動として活用。アイディアが豊富でなくても、器用じゃなくても大丈夫 |
| 訴求ポイント | 「日常生活の中で使える・楽しめる」×「即プリントできる」 |
6-3. 施策 ―「日常化のための提案」
原宿系ファッションモデルを全面にした売り出し。Webサイトを立ち上げ「日常化のための提案」を発信。
| 使い方 | 提案 |
|---|---|
| 残す | 一緒に遊んだ記念に・自撮りで/料理のレシピをコレクションに/赤ちゃんの成長の記録 |
| 飾る | 靴箱・花の種の整理・保管に/オシャレなデスク周りに/ドアプレートなどオリジナルグッズ |
| 贈る | 誕生日や送別会の記念、寄せ書きに/結婚式等のメッセージカード・ウェルカムボードとして/伝言・サンキューカードとして |
“日常化”により「顧客数の拡大」と「リピート促進」を同時に実現
「残す/飾る/贈る」という3動詞が秀逸だ。カメラを売るのではなく、フィルムを消費する行為を増やしている。 インスタントカメラは本体よりフィルムで稼ぐビジネスであり、この施策は収益構造と完全に整合している。
6-4. 復活のポイント
わずかな変化を捉え、市場機会を見出し、ターゲットと価値(ポジショニング)を丁寧に見定め、それぞれに合う打ち手を粘り強く重ねていったこと
※メインターゲットのみならず、サブターゲットも考える。その際は、ポジショニングはターゲットごとに作ること
6-5. さらに問われること、その後
ここでさらに問われるのは、2012年の回復を受けて、次はどこへ広げるかである。ターゲットをどこに定め、その層に何を訴求するのか。
ターゲット案とその際の課題:
| ターゲット案 | 課題 |
|---|---|
| 既存ユーザー:instax mini 8のユーザー | 既に使っている層の満たされないニーズを見出し、機能付加できるか? |
| 新規ユーザー:写真マニア(一眼レフ保有者) | マニアにとってのこだわりをうまく取り込めるか? |
| 新規ユーザー:スマホで満足しているユーザー | スマホにはないチェキ本体の魅力(その場でプリント・世界で一枚など)を訴求できるか? もしくは、スマホからその場でプリントできる機器ならば売れるのでは? |
(B)ケース=後日談では、実際にこの3方向すべてに手が打たれる。
- instax mini 8への機能付加(自撮り用ミラーつき)
- 男性を中心としたカメラマニアもターゲットとする「instax mini 90(ネオクラシック)」
- スマホ用プリンター型チェキ「instax SHARE」
- さらに”デジタル”(編集・加工・保存)と”アナログ”(プリント)を融合した「instax SQUARE SQ10」(新規格の正方形フィルム)
- スマホ用プリンター型チェキの画質・機能UP「instax SHARE SP-2」
マーケティング・プランは、立案して終わりではない。国内外にも視野を広げ、「この製品やサービスは自分には関係無い(いつも使っているもので十分)」と思っているターゲットにも、どんな価値を訴求していくか? を考え抜くこと。※顧客を創造し続ける(ことを止めない)
その際、ぶらすべきではないコア部分、例えば ―― ターゲット:写真を楽しむ人/価値:チェキならではの価値 ―― は何か? は必ず押さえておくこと
6-6. リポジショニングを検討すべき時
- 新製品導入時
- 製品が成功をおさめ、さらなるステップアップの可能性を探るとき
- 新しい用途や市場が出現したとき
- 自社の製品ラインを拡大し、調整が必要なとき
選択肢は3つ ―― 新天地を目指すのか? 真っ向からぶつかるか? 競争の軸を変えるか?
7. 受講して持ち帰ったこと
① マーケティングは4Pの前から始まっている
自分は「マーケティング=広告や販促」に近い理解をしていた。実際は、分析(環境分析〜市場機会の発見)→ 立案(STP)→ 展開(4P)+ 実行とモニタリング、の全体だった。4Pだけ議論しても、誰に何を言うかが決まっていなければ施策の羅列になる。
② ターゲットは、利用シーンまで描いて初めて使える
「20代女性」では何も決まらない。どんな場面で、どんな気持ちで使うのか。そこまで具体化して初めて、響く価値の軸が選べる。
③ 環境は勝手に変わる。だからポジションを見直し続ける
チェキは動いていないのに、カメラ付携帯が同じ場所に入ってきて価値を失った。逆に、その携帯が広げた文化のおかげで復活もした。わずかな変化の兆しを拾えるかどうかが分かれ目になる。
自分の仕事に当てはめてみる
自社で考える
- 自社の製品・サービスで支持を得たもの、あるいは失ったものの背景に、どんな外部環境の変化があったか
- その変化に、自社はどう対応したか
- それをターゲットとポジショニングで表現するとどうなるか
日常で考える
- 身の回りの製品・サービスで、外部環境とターゲット・ポジショニングが噛み合っているものはどれか。噛み合っていないものは、どう直せるか
精度にこだわりすぎず、まず数をこなしてみたい。
自分に問い直したいこと
- 自社の製品を、時間軸をもって見ているか。5年前と今で、外部環境の何が変わったか
- 市場機会・ターゲット・ポジショニングを、セットで言葉にできているか
- 自社が意図しているポジションと、顧客が実際に抱いている認識(パーセプション)は一致しているか
- ターゲットが複数あるとき、それぞれに別のポジショニングを用意できているか
- 「この製品は自分には関係ない」と思っている層に、何を言えば振り向くか
8. Day5への橋渡し
Day4の最後に予告が入る。
マーケティングミックス(4P)については、予習教材:動画「マーケティング(マーケティングミックス編)」(49分22秒)を視聴してきてください。当日はケースの議論に時間を割きます。
Day4でSTPを固めた。Day5では、その下にぶら下がる4Pを、バーミキュラ ライスポットで一気に降ろしていく。
この連載の他の回
本記事はアフィリエイト広告(PR)を含みます。 MBAの基礎科目「マーケティング・経営戦略基礎」で扱ったケースを、講義で使ったフレームワークに沿って解説します。 1. 冒頭 ―「Lead the Self」 Day3は、リーダーシッ[…]
本記事はアフィリエイト広告(PR)を含みます。 MBAの基礎科目「マーケティング・経営戦略基礎」で扱ったケースを、講義で使ったフレームワークに沿って解説します。 1. 冒頭のフィードバック ―「結論に至るまでのプロセス」 Day5は[…]
よくある質問(FAQ)
セグメンテーションとポジショニングの軸はどう違いますか?
セグメンテーションの軸は「ターゲットは誰か」を分けるもので、ヒト軸で切ります。ポジショニングの軸はそのターゲットへの売り文句であり、製品の魅力で切ります。「高齢者⇔若年層」をポジショニングの軸に置いてしまうのが、最もよくある混同です。
ポジショニングマップとパーセプションマップの違いは?
ポジショニングマップは自社の意思で作る、こう見られたいという設計図です。パーセプションマップは調査によって、顧客が実際にどう認識しているかを描いたもの。両者がズレていないかを確認するために使い分けます。
チェキはなぜ復活できたのですか?
カメラ付携帯の普及で「写真を楽しむ」文化が全人口に広がった結果、逆に「その場でプリントできる」ことが希少価値に変わったためです。かつての脅威が前提条件に変わったところへ、10代→20代後半以上→全年代と3段階でターゲットを広げ、それぞれ別のポジショニング軸を用意して訴求しました。
公式リソース
- instax〈チェキ〉公式サイト ― 現行ラインナップと「使い方アイデア」=日常化提案の現在形
- 富士フイルム 企業情報 ― 写真フイルムからの事業転換の全体像
- 富士フイルム ニュースリリース ― instax の新製品発表。ターゲット拡張の軌跡が追える
※ 各社の製品写真・店舗写真は著作権があるため本記事には掲載していません。上記の公式ページで確認してください。



