
MBA「パワーと影響力」シリーズ第3回です。
Day3のテーマは「他部署を動かす」と「印象のマネジメント」。前半のSession Aでは、ある大学病院の医師が改革実績を持ちながらも次の提案で他部門の賛同を得られなかったケースを通じて、「なぜ正しい提案が組織で受け入れられないのか」を掘り下げました。後半のSession Bでは、メラビアンの法則を起点に、非言語コミュニケーションや印象マネジメントの具体的な技術を学びました。
IT業界で28年間働いてきた私にとって、このDay3の内容はこれまでのキャリアで何度も直面してきた壁そのものでした。「技術的に正しいことを言っているのに、なぜか承認が得られない」「提案書の中身には自信があるのに、会議で空気が変わらない」。そんな経験をお持ちの方にこそ、読んでいただきたい内容です。
Session A:他部署を動かす
ケースの概要
Session Aでは、ある大学病院の医師が、自部門での改革を成功させた実績を持ちながらも、その手法を全学的に展開しようとした際に他部門の賛同を得られなかったケースを議論しました。優秀な経歴と確かな実績を持つ主人公が、なぜ次の提案では壁にぶつかったのか。クラスでの議論を通じて見えてきた阻害要因は、大きく3つに整理できます。
第1の壁:ビッグピクチャーすぎて具体性がない
主人公の構想は、組織全体を構造的に再設計するという、非常にスケールの大きなものでした。しかし、その抽象度の高さゆえに、現場の関係者にとっては具体的なイメージが掴みづらく、「理想論」「非現実的」と受け止められてしまいました。
これはIT業界でもよくある光景です。新しい基盤システムの導入を提案するとき、「全体最適になります」「将来的にはこうなります」と語っても、現場の担当者からすれば「で、明日から何が変わるの?」「私の仕事はどうなるの?」という疑問が先に立ちます。壮大なビジョンほど、聞く側の不安を増幅させてしまうのです。
第2の壁:信頼感・印象の問題
主人公は、トップ経営層からの支持は得ていました。しかし、実務の中枢を担う中間管理層との信頼関係を築けていませんでした。財務・人事・運営を握るキーパーソンたちとの関係構築に課題があり、提案が既存部門の裁量や安定運営に与える影響について、十分な配慮や説明がなされていなかったのです。
さらに、主人公の率直で情熱的なコミュニケーションスタイルが、一部の関係者には威圧的に映っていた可能性もあります。「正しいことを強く主張する」ことが、必ずしも「相手を動かす」ことにはつながらないという、パワーと影響力の本質的な教訓がここにあります。
第3の壁:嫉妬と利害意識
クラスで特に議論が盛り上がったのが、「嫉妬」の問題でした。授業では嫉妬を2つの類型に分けて議論しました。
- ジェラシー(Jealousy):相手の成功を認めつつも「自分も頑張ろう」と思えるプラスの感情
- エンビー(Envy):相手の成功を素直に認められず、「あの人だけ得をしている」「引きずり下ろしたい」というマイナスの感情
このケースでは、主人公の華々しい経歴と実績が、組織内の一部の人々にエンビーを引き起こしていた可能性があります。輝かしい学歴と改革の成功実績は、本来であれば信頼の源泉になるはずです。しかし、分権的な組織構造の中では、「あの人ばかり目立っている」「自分の領域に踏み込んでくる」という防衛反応を引き起こしかねません。
核心メッセージ:大義のために自分を引く勇気
Session Aの最も重要な学びは、「大義のためなら、自分が前面に立たず、他者の力を借りてでも成し遂げる」という姿勢でした。
このケースが示しているのは、いかに正しいビジョンであっても、「正しさ」だけでは組織は動かないということです。提案を実現するためには、以下の3つの戦略が必要です。
- 中間層キーパーソンにとっての”大義名分”を設計する:相手自身の責任や評価につながる形で提案を位置づけ直す
- 段階的アプローチで小さな成功を積み上げる:壮大なビジョンを語る前に、短期で成果が見える施策から始める
- トップ支援者を戦略的に活用する:直接的な指示ではなく、間接的に「空気を変える」メッセージを発信してもらう
私自身、ITインフラの刷新プロジェクトを推進する中で、何度もこの壁にぶつかってきました。「技術的に正しい」だけでは、関係部署のマネージャーは動きません。彼らが動くのは、「自分のチームにとってもメリットがある」と腹落ちしたときです。そしてそのためには、自分がプロジェクトのヒーローになることよりも、相手をヒーローにする設計が必要なのです。
Session B:印象のマネジメント
メラビアンの法則 ── 言葉は7%しか届いていない
Session Bでは一転して、コミュニケーションにおける「非言語」の力に焦点が当たりました。その出発点となったのが、アルバート・メラビアンの研究で知られる「メラビアンの法則」です。
- 視覚情報:55%(表情・姿勢・服装・身振りなど)
- 聴覚情報:38%(声のトーン・大きさ・速さ・間など)
- 言語情報:7%(言葉の内容そのもの)
つまり、私たちが「この人の言うことを信じよう」「この人についていこう」と感じるとき、言葉の中身が占める割合はわずか7%に過ぎないのです。残りの93%は、見た目や声の印象で決まっています。
もちろん、この法則は「言葉の中身はどうでもいい」という意味ではありません。言語・聴覚・視覚のメッセージに矛盾があったとき、人は非言語の情報を優先するという研究結果です。中身がどれほど優れていても、非言語がそれを裏切っていれば、相手には届きません。
Session Aのケースを振り返ると、主人公の提案内容は本質的に正しかったにもかかわらず、コミュニケーションスタイルの問題で「中身を聞いてもらう以前に」壁ができてしまっていた可能性があります。印象のマネジメントとは、まさに「中身で勝負するチャンスを得るための前提条件」なのです。
非言語コミュニケーションの9つの要素
授業では、非言語コミュニケーションを構成する9つの要素が紹介されました。これらを意識的にコントロールすることが、印象マネジメントの実践です。
表情、視線、姿勢、ジェスチャー、身体的距離、接触、服装・外見、声のトーンや速さ、そして沈黙や間(ま)。これらすべてが、あなたが口にする言葉の「信頼性フィルター」として機能しています。
聴覚による印象操作
声による印象操作は、4つの要素で構成されます。
声の大きさ:大きすぎれば威圧的に、小さすぎれば自信がなく聞こえます。場面に応じた適切な音量コントロールが重要です。
声の速さ:速すぎると焦っている印象を、遅すぎると退屈な印象を与えます。重要なポイントではあえてスピードを落とし、強調する技術が有効です。
声の高さ:一般的に、低い声は落ち着きと信頼感を、高い声は親しみやすさと活気を伝えます。
間(ま):適切な間は、聞き手に考える時間を与え、次の言葉への期待を高めます。「沈黙を恐れない」ことも、リーダーの重要なコミュニケーションスキルです。
授業では著名人の事例として、ニュースキャスター・小宮悦子さんの声の使い方が紹介されました。彼女がニュースを読むときの声のトーンや間の取り方は、視聴者に「この人の言うことは信頼できる」と感じさせる見事な技術です。
視覚による印象操作 ── 服装と色彩の戦略
視覚情報の55%という圧倒的な影響力の中で、服装と色彩は最もコントロールしやすい要素です。
授業では、松下幸之助のスーツの着こなしや、ソニー創業者・盛田昭夫のジャケットスタイルが事例として取り上げられました。両者とも、自身が伝えたいメッセージや場面に合わせて、服装を戦略的に選んでいたのです。
松下幸之助の端正なスーツ姿は「経営者としての格式と信頼」を、盛田昭夫のジャケットスタイルは「革新的で国際的なビジネスパーソン」というイメージを、言葉を発する前から相手に伝えていました。
色彩も重要な要素です。濃紺やグレーは信頼と安定を、白は清潔さと誠実さを、赤は情熱とリーダーシップを伝えます。大事なプレゼンテーションの日に何を着るかは、「おしゃれ」の問題ではなく「戦略」の問題なのです。
好意を生む5つの要因
授業では、人が相手に好意を抱く5つの要因も解説されました。
- 身体的魅力:見た目の清潔感や身だしなみ
- 類似性:共通点がある相手に親しみを感じる
- お世辞(称賛):適切な褒め言葉は関係構築の潤滑油になる
- 接触(単純接触効果):繰り返し会うことで好意が増す
- 連合(アソシエーション):良いイメージのものと結びつけられると好意が高まる
特に「類似性」と「接触」は、ビジネスの現場で意識的に活用できる要因です。他部署のキーパーソンとの雑談で共通の趣味を見つけたり、用事がなくても定期的に顔を合わせる機会を作ったりすることが、提案を通すための土壌づくりになります。
Session Aのケースに戻ると、主人公が中間管理層との関係構築に苦労した一因として、この「接触頻度」や「類似性の提示」が不足していた可能性が考えられます。トップ層との関係は密だったものの、実務レベルのキーパーソンと日常的に接点を持ち、共通の課題意識を共有する機会が少なかったのかもしれません。
マネジメントレベルが上がるほど非言語の重要性は増す
Session Bの核心メッセージは、「マネジメントレベルが上がるほど、非言語コミュニケーションの重要性は増す」ということでした。
担当者レベルでは、資料の正確さやデータの信頼性で勝負できます。しかし、マネージャー、部長、役員と役職が上がるにつれて、「この人に任せて大丈夫か」「この人についていきたいか」という判断の比重が大きくなります。そしてその判断は、言葉の内容よりも、立ち居振る舞いや声のトーン、全体的な印象によって下されるのです。
最初の印象が悪ければ、中身で勝負するチャンスさえ得られない。 この一文が、Session B全体を貫くメッセージでした。
オンライン会議時代の印象マネジメント
Day3の学びで私が特に考えさせられたのは、オンライン会議が当たり前になった現在への応用です。Zoomの小さな画面では非言語情報の多くが削ぎ落とされますが、逆に言えば、限られた視覚・聴覚情報の一つひとつが対面以上に大きな重みを持ちます。
カメラの位置(目線の高さ)、背景、照明、マイクの音質。これらはオンライン時代の「非言語コミュニケーション」です。また、ネットワーク遅延がある環境では「間(ま)」の扱いも難しくなり、意識的に頷きや相槌を入れて「聞いていますよ」を発信し続けることが重要です。
Day3を通じた私の気づき
「正しさの罠」から抜け出す
IT業界に長くいると、「技術的に正しい」ことに価値を置きすぎる傾向があります。正しいアーキテクチャ、正しいセキュリティ設計、正しい運用方針。しかし、Day3のケースは、「正しさ」そのものが、ときに提案の最大の障害になり得ることを教えてくれました。
自分が正しいと確信しているとき、人は無意識に「なぜわかってくれないのか」という態度になりがちです。しかし、相手にとっては、提案の正しさよりも「自分の立場がどうなるか」「自分のチームへの影響は何か」のほうが切実な問題です。
ケースの主人公が学ぶべきだった(そして私自身も何度も学び直してきた)のは、「正しいことを言う」のと「正しいことを実現する」のは、まったく別のスキルだということです。後者には、相手の利害を理解し、相手の言葉で語り、ときには自分の名前をクレジットから外してでも、大義を実現する覚悟が必要なのです。
印象は「作るもの」であり「偽り」ではない
印象マネジメントという言葉に、「本来の自分を偽る」というネガティブな印象を持つ方もいるかもしれません。しかし、Day3の学びを通じて改めて感じたのは、印象マネジメントとは「自分の中身を正しく届けるための技術」だということです。
どんなに優れた提案も、相手に届かなければ存在しないのと同じです。非言語コミュニケーションを意識的にコントロールすることは、自分のメッセージの「解像度を上げる」行為であり、決して「偽り」ではありません。むしろ、印象を放置して相手に誤解を与えることのほうが、コミュニケーションに対する誠実さを欠いていると言えるのではないでしょうか。
まとめ:Day3の学びを一言で
Day3の2つのセッションは、一見異なるテーマのようでいて、深いところでつながっています。
Session Aが教えてくれたのは、「正しいことを言っても、それだけでは人は動かない」 ということ。Session Bが教えてくれたのは、「中身を届けるためには、中身の外側にある印象をマネジメントしなければならない」 ということ。
つまり、影響力を行使するとは、「何を言うか」と「どう伝わるか」の両方を設計することなのです。
IT業界で技術畑を歩んできた私にとって、この学びは「正しさへのこだわり」を手放すのではなく、「正しさを届ける技術」を身につけるという意味で、キャリアの大きな転換点になりました。
次回Day4では、さらに具体的なパワー行使の戦略に踏み込んでいきます。

