エミレーツ航空はなぜ強いのか|航空業界の業界KSF【MBA経営戦略 Day6】

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MBAの基礎科目「マーケティング・経営戦略基礎」で扱ったケースを、講義で使ったフレームワークに沿って解説します。


目次

1. 最終回の作法

Day6にレクチャーはない。

本日のクラスは皆さんの発言の中身次第で、面白くも深くもなり、あるいはつまらなくも浅くもなります
正解・不正解は気にせず、予習してきた内容を、どんどん発言しましょう!! 素朴な疑問・質問、大歓迎です! 一緒にクラスを作っていきましょう。

ハンドアウトの一部は「当日配布」と明記されており、白紙のフレームだけが渡される。フレームワークを与えられるのではなく、自分で選んで埋める。 それがDay6の設計である。


2. ケースの舞台 ― ドバイという国と、エミレーツという例外

浮き沈みの激しい世界の航空業界の中で、驚異的な32年連続黒字を達成(2020年)。なぜ、好調を維持し続けられるのか?

ドバイという土地の特殊性も押さえておく。

  • 金融と観光が主な産業で、GDPにおける石油業の割合は実は2%しかない
  • イスラム教が国教だが、制約は少ない
  • 一部の産業(金融、石油関連など)を除き、基本的に非課税
  • (建設当時を含む)高さ世界一の建造物、高さ世界一のホテル、世界最大のショッピングモール、世界最大の人工島、世界最大の噴水、世界最大の屋内スキー場、世界一広い空港、世界最長の無人運転鉄道、世界最大の観覧車、世界最大の映像装置、世界一長い救急車、世界最大の発電&淡水装置、世界最大のテーマパーク……

ケース冒頭は2013年ドバイ航空ショー。社長ティム・クラークが眺めるのは、新型機ボーイング777Xの開発開始発表 ―― エミレーツから150機という記録的大量発注を受けた新型機だ。標準価格で総額760億ドル、史上最大の発注金額。

わずか25年で、旅客・貨物を含めた航空輸送力で世界第3位、国際線の乗客数では世界最大の航空会社に成長した。


3. この回の問い

この回で解こうとしている問いは、大きく3つある。

  • 航空業界とはどういう業界なのか。 業界KSFは何か
  • エミレーツはなぜ世界有数になれたのか。 その業界KSFをどう満たしたのか
  • 2013年の大型機材投資。自分がCEOなら、同じ判断をするか

Day1の「業界分析」、Day2の「VC分析と競争優位」、Day3の「戦略オプションの評価」、Day4〜5の「STP・4P」――全部を1つのケースで使い切る構成である。

念の為の確認……そもそも「業界分析」を行う目的は?

答えは3ヶ月間ずっと同じだ。業界KSFを特定すること。


4. 問い1|航空業界を分析する

4-1. 市場規模・成長性・収益性

項目数字
市場規模推定約7,200億米ドル(2013年、旅客+貨物合計)
成長性売上 7%/年(2004〜2013年CAGR)
収益性−4.6%〜3.1%の間で変動(2004〜2013年)。各企業が努力しているものの、総じてマイナスの年がある

全世界に広がる約7,000億米ドル規模の市場となっており、売上は伸びている。一方で、収益性の変動が大きく、経営的には難しい業界
グローバル航空業界で収益性を安定させるのは、なぜ難しいのか? 安定させるにはどうすれば良いのか?

4-2. PEST分析(2013年頃)

内容
P 政治規制緩和/空港の発着枠の制限
E 経済BRICS(Brazil, Russia, India, China and South Africa)の急速な成長
S 社会大西洋横断モデルから多極モデルへのシフト/NIMBY主義(”Not In My Back Yard”)による空港拡張に対する住民の反対
T 技術大型の長距離旅客機の出現による、最大航続距離の拡大

補助データとして世界人口ランキング(2016年)が示される ―― 1位中国13億8,392万人、2位インド13億1,105万人、3位アメリカ3億2,177万人、4位インドネシア2億5,756万人、5位ブラジル2億784万人。以下パキスタン、ナイジェリア、バングラデシュ、ロシア、メキシコ。

新興国の台頭により市場が拡大し、技術的には長距離運航が可能となり、規制緩和が進む中で、航空行政への対応も含め、新興国への対応等の戦略の重要性が増す

「大西洋横断モデルから多極モデルへ」というSの一行が、この後のすべてを決める。世界の人口重心が、欧米間からアジア・アフリカ・中東へ移動している。 ドバイはその新しい重心のほぼ中央にある。

4-3. 5F分析

強さ内容
新規参入小〜中一部規制緩和が進みつつあるが、依然として規制産業であり、各国政府の政策の影響が大きい
代替品船/自家用機(セレブ顧客)/IT通信技術(渡航自体が不要に)
売り手中〜大機体:メーカーの価格交渉力が強い(大)/空港:既存設備のフレキシビリティが低く規制あり(大)/燃料:原油国の力が強い(大)/人件費:人材の確保が難しい(中)
業界内中〜大3大アライアンスによる航空業界の寡占化/LCCの参入により低価格化が進み、収益性が低下
買い手中〜大メジャー路線はLCCも参入し選択肢が増加(大)/メジャー路線以外は路線・サービスの選択肢が少ない(中)
グローバル航空業界の5フォース分析図。業界内の競争と売り手・買い手の交渉力が中から大、新規参入は小から中、代替品は小
航空業界の5F。コストサイド(売り手)は各社とも動かせない。だから主戦場は「どの顧客をどの路線で運ぶか」に絞られる。

売り手の交渉力はコントロールが難しく、また業界内は既存プレイヤー同士の競争が厳しく、低価格化・低収益化が進んでいる(儲かりにくい業界)。そんな環境で競争していく必要がある

そして、ここからがDay6の分析の切れ味である。

一般的に、コントロールが難しい要素が多い(差がつきにくい)
この部分(業界内の競争=買い手との関係)が戦いの主戦場になるのでは?

5F分析を「強い/弱い」の一覧で終わらせず、「どこで差をつけられるか」を切り出している。

4-4. 経営戦略とはシンプルに言うと

売上 − コスト = 利益  の戦い

・業界内の競合よりも 客数 × 客単価 を高めて利益を出すか
・業界内の競合よりも コストを下げて 利益を出すか

グローバル航空業界で考えると、業界内の競合よりも大きくコストを下げて利益を出すのは難しそう。とすれば……
客数 × 客単価 を高め、売上を高めることで利益を出す方向で考えることが必要そう

具体化すると:

・その路線への需要は一定量あるが、まだ競合企業が少なく、顧客にとって選択肢の少ない路線 = 価格競争(値引き)しなくても「稼げる路線」の獲得
・客単価を上げることができる客層(セレブ・ビジネスパーソンなど)= 「稼げる顧客」の獲得

が、航空業界において売上を高めるために重要ではないか

4-5. コスト構造分析

主要航空会社(エールフランス/KLM、ブリティッシュ・エアウェイズ、ルフトハンザ、エミレーツ)の総費用に占める人件費・燃料費の比率(2011年)を比較する。

特徴
– 燃料費、人件費の割合が高い
– その他の費用(飛行機の機材と設備、設備投資の償却、空港使用料などと推察)

路線を増やした時点で、乗客の有無に関わらず必ず飛行機を飛ばす義務があるため、燃料費と人件費は固定費となる

これがDay6で最も重要な洞察のひとつだ。燃料費は普通に考えれば変動費だが、この業界では固定費として振る舞う。 座席が埋まろうが空こうが、飛行機は飛ぶ。

航空業界は固定費比率が高いビジネス。各フライト(路線)ごとの「座席稼働率」を高めること(いかに満席状態を作るか)が経営するうえで重要ではないか

またコスト構造で割合の高い燃料費・人件費・飛行機の機材費用は、市場取引で決まるため、各社ごとの交渉により大きく引き下げることは難しそう(各社差がつかない)

4-6. なぜ利益が安定しないのか

2004〜2013年の世界の航空会社の損益(10億米ドル)をプロットすると、業界合計はSARS、2008年リーマンショック、2011-12年欧州債務危機で大きく沈む。一方、エミレーツの線はほぼ一貫して黒字圏にある。

特に発着地として多い欧米経済の景気変動を強く受けてしまう業界というのが分かる(利幅が小さいため、何かの影響で少しでも座席稼働率が下がると利益が出なくなる)
各社が「座席稼働率」を高めようと日々工夫しているはずだが、利益は安定しない
⇒ 景気変動も踏まえた経営=低コスト構造化、路線のグローバル化(リスクヘッジ)、平均客単価のアップ(利幅増)も重要

4-7. 収益の構造式

航空業界の収益構造式と、平均客単価と座席稼働率のトレードオフを示す2軸マトリクス。供給側の理想は右上だが競争により右下へ流される
航空業界はコストで差がつかない。だから平均客単価と座席稼働率という、互いに相反する2つを同時に上げるしかない。

航空業界の収益性のキモは、売上サイドの「平均客単価」と「座席稼働率」をいかに高められるか
※コストサイドは一般的には各社差がつかない(コントロールが難しい)
航空業界は、路線バスとは異なり、客層や需給によって客単価の上げ下げが可能。価格の調整で座席稼働率(客数)も調整するビジネス!

4-8. そして、ジレンマ

平均客単価(縦軸)× 座席稼働率(横軸)の平面で、路線をプロットする。

各社競争環境の中、価格を下げ座席稼働率のみに注力すると、固定費の割合が高いため利益が出ない。したがって、稼げる路線/稼げる顧客(客層)を獲得し、ある程度平均客単価を高め、かつ全体的な座席稼働率を高く維持することが重要

だが、実現するのは容易ではない……
座席稼働率を上げようとすると平均客単価を下げる必要があり、平均客単価を上げると座席稼働率は下がるというジレンマ
実は平均客単価と座席稼働率は強いトレードオフがある

Day2で学んだポーターの「トレード・オフを受け入れること」が、ここで数字として立ち上がる。普通の企業は、どちらかを選ぶ。エミレーツは両方取った。 その方法を解くのが問い2である。

4-9. 顧客分析

ビジネスパーソンセレブ旅行客
利用シーン海外出張(費用は会社持ち)個人旅行(完全なプライベート旅行)ツアー/個人旅行(セミカスタマイズツアーなど)
ニーズ少しでも早く/機内で仕事/頻繁な予定変更への対応高級感/丁重な対応やサービス少しでも安く/計画変更は稀
顧客KBF空港の利便性/便数サービスの質・内容(セレブとしての扱いを受ける)/豪華な雰囲気ノーフリル(飾りはいらない)/とにかく低価格

「平均客単価」と「座席稼働率」を高め利益を出すために、豪華な雰囲気/利便性/低コストといったKBFが混在する顧客のベストミックスを、路線単位で考える必要がある

顧客セグメント分析(実データ) ―― エミレーツ航空 ドバイ発ニューヨーク行き、座席数358

顧客タイプクラス座席数座席数比率収益収益比率単価
セレブファースト12席3%126,768ドル14%10,564ドル
ビジネス客ビジネス42席12%261,408ドル29%6,224ドル
一般旅行客エコノミー304席85%522,272ドル57%1,718ドル
合計358席100%910,448ドル100%

座席の85%を占めるエコノミーが収益の57%、座席の15%のファースト+ビジネスが収益の43%。 単価はファーストとエコノミーで6倍の差。

エミレーツ航空ドバイ発ニューヨーク便の座席数比率と収益比率の対比。ファースト3%が収益14%、ビジネス12%が29%、エコノミー85%が57%
1便の中でも単価は6倍違う。エミレーツはセレブ・ビジネス・一般旅行客の全てをターゲットにし、それぞれで収益を上げている。

エミレーツは、セレブ、ビジネス客、一般旅行客の全てをターゲットとしており、それぞれでしっかりと収益を上げられている

4-10. 航空業界の業界KSF

景気変動を踏まえ、稼げる路線/稼げる顧客(客層)で平均客単価を高め、かつ、全体的な座席稼働率を高く維持すること


5. 問い2|エミレーツはなぜ勝てているのか

5-1. 顧客分析 ― 誰を運んでいるか

添付資料9から、エミレーツと「新興国へ就航する主要航空会社」の重なりを見る。

エミレーツは、大手航空会社が取り扱わない成長中のBRICS(特にインド)の顧客を積極的に狙うことにより、大手航空会社とは戦うことなく、かつ先進諸国における景気変動の影響をあまり受けずに、安定した乗客数を獲得していたと考えられる
先進国の景気変動を大きく受けず、安定的な客数(高めの座席稼働率)の維持を実現

5-2. 路線分析 ― どこを飛んでいないか

添付資料10から、エミレーツのシェアが高い路線と低い(0%の)路線を対比する。

エミレーツのシェアが高い路線(対大手アライアンス比)エミレーツのシェアが低いか0%の路線
中東−アメリカ間/中東−ヨーロッパ間/アジア−ヨーロッパ間/アジア−アフリカ間/中東圏内アメリカ−ヨーロッパ間/アジア−アメリカ間/ヨーロッパ−アフリカ間/各大陸圏内(中東を除く)

エミレーツは、大手航空アライアンスのカバーが低い路線を重視し、逆に大手が重視している路線には進出していないことがわかる
各社競争が激しく、儲からない路線は捨て、儲かる路線のみ提供している
平均客単価のアップを実現

これがDay1で学んだ戦略オプションの「②業界内で棲み分け、競争回避」そのものである。QBハウスが「価格感度の高い顧客」という誰も見ていなかったセグメントを取ったのと、構造は同じだ。

5-3. コスト構造 ― 人件費という例外的な差

他社に比べて、人件費率が低く抑えられている。結果、景気変動により座席稼働率が変動しても、収益を確保できるコスト構造になっていると推測できる

なぜ人件費を抑えられるのか。ケース本文から:

  • 客室乗務員は、その多くが年齢の若い女性であり、75%が女性、平均年齢は29歳
  • パイロットも客室乗務員も非労働組合員

一般的に航空業界では人件費のコントロールは難しいが、可能な限り努力をしている(後発であることも優位に働いた?

「後発であること」を優位に変えている点が重要だ。歴史の長い航空会社は、労使関係も年功構成も動かせない。Day2でIKEAのグローバルVCがローカル対応の足枷になったのと同じ、「持っているものが重荷になる」構造の裏返しである。

5-4. エミレーツのVC分析

VC施策意味合い
調達・メンテナンス航空機はA380、B777を集中購買/乗務員:多国籍、言語能力の高い若手乗務員を採用。7週間にわたるトレーニングの実施固定費の削減/機器メンテも低コストで一定品質を確保/パイロット訓練費・調達費も低コスト化/人件費の抑制
顧客サービス豪華な設備、バーを含むフルサービス/多言語に対応した客室乗務員のサービス/CRMツール「パラダイス」の活用多様性を含む、優れたカスタマーサービスの実現/特別感の提供/顧客ロイヤルティーの醸成
マーケティング・販売スポーツのスポンサーになることで、世界的な知名度を向上グローバルなレベルでの顧客認知度の向上、ブランドの確立
運航ドバイを唯一のハブ空港とする、ハブ・スポーク型ネットワーク/国際路線中心/各国のローカル路線展開はアライアンスを活用ドバイを中心に各国への路線を集中することで、高稼働率運航を実現/国内路線のLCCとの価格競争を回避

エミレーツ航空のVC施策は、業界KSFと整合している

「航空機をA380とB777に絞る(集中購買)」という一点が、調達コスト・整備コスト・パイロット訓練費のすべてに効いている。Day2で見たIKEAの「フラットパック」と同じ、結節点となる意思決定である。


限られた予算で認知をどう作るか。エミレーツのスポーツスポンサーシップを、現代の費用対効果の文脈に置き換えて読める。

6. 当日の問い|マーケティング ― なぜスポーツなのか

考える手がかりとして、そもそもエミレーツは各種スポーツへのスポンサーを通じて自社のブランド認知を高めているが、なぜスポーツを選んだのか?
エミレーツのマーケティング課題は何か?(特にプロモーションの観点から)その課題をどう解決していったのだろうか?(ステップやストーリーとして)

6-1. 目標とした状態(仮説)

・エミレーツ航空の存在が、ターゲットとする市場から認知されている
・かつ、エミレーツ航空の存在が、他の航空会社とは違う価値を提供していると認識されている
・よって、海外渡航が必要な時は、他社を選ばず、エミレーツ航空を選んでもらう
ただし、マーケティングにかかる費用はなるべく抑えたい

最後の一行が制約条件である。世界中の人に、安く、一気に知ってもらう手段は何か。 その答えがスポーツだった。

6-2. AISASでプロモーションを設計する

段階顧客への働きかけ顧客の心理・行動仮説
Awareness(認知)スポーツのスポンサーになることで世界的な知名度を向上
Interest(興味)『エコノミスト』などの洗練された媒体を通じた「プレミアムな機内体験を」という独自のメッセージを発信「プレミアムな体験」から連想される高級サービスを期待
Search(検索・検討)ドバイのイメージアップ(カリブ海の代替地比較サイト、情報誌で調べる
Action(行動)CRMツール(パラダイス)による顧客への個別サービス提供/ラグジュアリーな機内体験空港の利用、機内でのサービス体験
Share(共有)SNS、Web上での情報共有

エコノミーでも、他社に比べてよりプレミアムな体験ができるかも…… ⇒ 他社をやや超えるサービスでも”やはりそうか!”と顧客は認識するのでは?

これは巧妙な設計である。先に「プレミアム」という期待値の枠を作っておけば、実際のサービスは”やや上”で足りる。 期待値のマネジメントそのものだ。

6-3. 「プレミアムな体験」は機内にとどまらない

フェーズ施策意味合い
機内サービス豪華な設備、バーを含むフルサービス/多言語対応の客室乗務員/CRMツール「パラダイス」特別感の提供/顧客ロイヤルティーの醸成
通関ドバイ空港における通関手続きの簡素化「プレミアムな地上体験」
現地での行動空港内におけるサービスの向上/ドバイの観光都市化(特にセレブを狙った豪華な街づくり)ドバイ自体を目的地とするセレブ顧客層の獲得

機内体験だけでなく、旅全体の印象を良くすることに繋がっている
この結果、乗客はさらに、体験を「Share」したくなっているのでは(仮説)

そしてDay5で学んだZMOTが再掲される。

人物Aの購買・使用体験が、別の人物B・C・D…にとっての情報=ZMOTになる

エミレーツにとって、ドバイという都市そのものがマーケティング資産になっている。「乗り継ぎ地」を「目的地」に変えることで、ハブ・スポーク型の弱点(乗り継ぎの面倒さ)を強みに転換した。 ハブ空港戦略とマーケティング戦略が同じ方向を向いている。

6-4. マーケティング施策(まとめ)

目標とした状態実施した施策
ターゲット市場から認知されている/マーケティング費用は抑えたいスポーツマーケティング ―「簡単でありながら費用効果が高く極めて目立つ解決策が、スポーツチームのスポンサーになることだった」(ケース本文)
他社とは違う価値を提供していると認識されているプレミアムな機内体験を伝える ―「高級な客室での豪華な設備を強調した」「洗練された読者層を対象とする雑誌に掲載された」(ケース本文)
他社を選ばずエミレーツを選んでもらうドバイへの観光誘致 ― 世界一の○○のある唯一無二の都市(他社が真似しづらい)

6-5. エミレーツの戦い方(まとめ)

平均客単価 × 座席稼働率の平面で、エミレーツは右上(供給側の理想)に位置する。

【方針1】 機内体験を含め旅全体の満足度を高める、または、競争の少ない新規路線拡大により価格競争を防ぐ
【方針2】 「プレミアムな体験」から連想される高級サービスを期待させ顧客を呼び込む

機内体験を含めた旅全体の満足度維持、プレミアムなイメージによるマーケティング、新興国への路線拡大により、平均客単価と座席稼働率を同時に高めることによる収益の最大化を実現

トレードオフを、セグメントを分けることで解いている。 一つの路線の中にファースト/ビジネス/エコノミーを共存させ、路線ポートフォリオでは競争の少ない新興国路線を押さえる。単価を上げる打ち手と稼働率を上げる打ち手を、別々のレイヤーに分離した。


7. 問い3|機材拡張投資の是非

7-1. 賛成・反対、どちらもありうる

賛成の立場反対の立場
新機種開発に加担することで、自社の意向を汲んでもらえる/優先的に機材を納品させる収益悪化のリスク要因が増大する
常に新規機種に入れ替えていくことで、設備の効率性(燃費、整備コスト低減)を高めていくことができる市場の需要が、見込みに届かない/予定している新規路線の参入が予定通りに進まない
ニュース性も含めて注目度が高くなり、市場での認知が高まる予想外の事件発生(テロ等)

そもそも、市場開拓が進めば進むほど、環境は厳しくなるのでは? 過去の経験に基づく判断が、通用しなくなるのでは?

リーダーの資産をそのまま負債に変える ―― エミレーツがアライアンスという大手の強みを無効化した構図を、類型として整理できる。

7-2. なぜ他社は真似しないのか

ちなみに、なぜ他社はエミレーツ航空と同じように新規路線拡大を目指し、機材拡張投資を行わないのか? 真似しても良いはず……

大手航空会社の戦略=アライアンス

スターアライアンス加盟航空会社には、小規模なリージョナル航空会社のみならず、世界トップの航空会社が多く含まれます。これらの航空会社を併せることで、世界中のほとんどすべての目的地へ簡単に結ぶことができます。(公式HP)
航空会社は自社の運送能力を増強することなく、経費と収益を分担して、互いのハブ空港に乗り入れすることが可能になった。(ケース本文)

大手航空会社は、他社と運送能力を「貸し借り」することで路線拡大を行っていると言える

ドバイ国際空港。唯一のハブとしてここに路線を集中させ、乗り継ぎ地そのものを目的地に変えることで、ハブ・スポーク型の弱点を強みに転換した。
ドバイ国際空港。唯一のハブとしてここに路線を集中させ、乗り継ぎ地そのものを目的地に変えることで、ハブ・スポーク型の弱点を強みに転換した。
写真:Pulkit Sangal/CC BY 3.0(Wikimedia Commons)

エミレーツの戦略=独自路線

『これはできない、あれはできない、この新型機を買わなければならない、この路線を飛ばなければならない』と言うスター・アライアンスのような、形の無い組織の気まぐれに従うことはできません。(ケース本文)

大手航空会社のアライアンス型路線拡大とエミレーツの独自路線型の比較図。前者は提携先ハブへの相互乗り入れ、後者はドバイから自社で各地へ直接就航
同じ「路線拡大」でもやり方が正反対。アライアンスは他社の能力を借りる代わりに意思決定を縛られ、独自路線はリスクを負う代わりに機動力を得る。

エミレーツは、自社で世界中の目的地をカバーしようとしている。自社自身による運送能力拡大というリスクを背負いながらも、独自路線戦略を貫いている

グローバル規模での市場の動向を先読みし、独自に路線拡大を行うことのできる組織能力が無ければ、このリスクを負いきれない(だからこそ、他の航空会社には真似されにくい戦略となっている)

そして重要な補足 ――「サービスは真似される(既に真似されている)」。豪華な機内も、多言語対応も、後発が模倣できる。模倣困難なのは、意思決定の速度と、リスクを負える構造そのもの。

7-3. Day2の「逆転の競争戦略」が回収される

エミレーツの戦略を、Day2で学んだ4類型に当てはめる。

企業資産の負債化:リーダーの経営資源が即座に組み替え不可能な場合、その資源に基づく優位性が意味をもたなくなる製品・経営システムを導入する

既存の大手航空会社が持っている資産・戦略(飛行機材・アライアンスなど)が不利になるような戦略(路線や機材購入を自由かつ迅速に意思決定できる)

アライアンスは大手にとって最大の資産である。しかし同時に、意思決定の自由度を奪う負債でもある。 エミレーツは、その資産が機能しない土俵(アライアンスがカバーしていない新興国路線)を主戦場に選んだ。

Day2で学んだ「ライフネット生命」「テイクアンドギヴ・ニーズ」の話が、グローバルな航空業界でそのまま起きている。

7-4. 経営者として、何を見落としているか

Day6の白眉は、ここである。

では、「経営者」として意思決定するならば、(戦略の柱である)大型の機材拡張投資の是非を考える前に、どんな論点を検討すべきでしょうか? 何か見落としている点はないでしょうか?

戦略策定プロセスの図の周りに、こんな問いが並べられる。

  • 各国が保護主義的になったとしたら?
  • 中東情勢の変化で、ドバイが安全でなくなったら?
  • VR技術の発展等で、移動しなくても観光できるようになったら?
  • ファースト・ビジネスクラスの顧客が激減したら?
  • そもそも、航空機を使わなくなったとしたら?
  • 中東をベースとする競合が競争力を持つようになったら?
  • 空港のキャパシティが不足したら?
  • 人材の登用が難しくなってきたら?

「見えていない不確実な事象」にも視野を広げ、「考えるべき論点」を考え抜くのがリーダーである
(その際には、FW【戦略策定プロセスなど】の知識を最大限活用する)

そして孫正義の言葉が引かれる。

「5割の確率でやるのは愚か。9割の成功率が見込めるようなものはもう手遅れだ。7割の成功率が予見できれば投資すべきだ

フレームワークは「答えを出す道具」ではなく「問いを漏らさないための道具」である。 3ヶ月かけて学んだ戦略策定プロセスの、最終的な用途がここで明かされる。

7-5. その後

  • 30年連続黒字達成(2018年3月期決算):売上高は前年度比9%増の252億米ドル、利益は前年度比24%増の7.6億米ドル、旅客数は4%増の5,850万人、座席利用率は75.1%→77.5%に上昇
  • 300機以上の航空機保有(2012年度230機 → 2017年度268機)
  • 年間7,000万人の乗客を運ぶことを目標(2012年度3,800万人 → 2017年度5,850万人)
  • そして2020年3月期決算も増益。32年連続黒字達成


8. 3ヶ月間のまとめ

この3ヶ月で身につけようとしていたこと

戦略思考を駆使し、経営・マーケ戦略の成功確率を上げる能力
まず、何を考えるべきかを考え、分析、判断のステップを明確にする。情報を目的に合わせて、もれなく、無駄なく、(必要に応じてフレームワークを使いながら)分りやすく整理する。その上で、解釈の精度を上げ、意味のあるメッセージを紡ぎだす。

与えられた状況から的確で迅速な判断を下す能力
事業環境、経営戦略、マーケティング戦略、マーケティング施策の一貫性、整合性が重要であることを理解する。

学習したことを自分のビジネスに役立てる実践練習

最終回で確かめられた3段構え

内容
戦う環境を知る何よりまず、戦う場所の掟を知るところから始まった。外部環境を分析し、業界特性と顧客特性から業界KSFを出す
競争優位性を考えぬくVCにて、各機能での施策が業界KSFを満たすものになっているのか、またそれぞれの施策がしっかりとチェーン(連鎖)となって顧客への独自の価値創造を実現しているかを分析し、競争優位性構築の方向性を探る
考えるべきことを考える目の前の論点だけで決めない。本来考えるべき論点の全体を並べてから決める。フレームワークはそのために使う

自分に問い直したいこと

  • 個別のフレームワークの結論で止まっていないか。それらを総合して何が言えるか
  • 稼働率を上げる話だけになっていないか。単価とのミックスまで踏み込めているか
  • 差別化は製品・サービスだけの話ではない。どの市場を選ぶか自体が優位性になっていないか
  • その優位性を支えている組織能力は何か。それは他社が持てないものか
  • 目の前の一つの意思決定に閉じていないか。将来像を揺るがす環境要因を並べたか

最後に ― 変化対応と、行動

「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」
―― IBM 元CEO ガースナー氏

変化対応をしていくには、学び続けるしかありません

そして、Day2で学んだ認知不協和が最終ページで再掲される。

人間の脳は、「考えていること=考え方」と「実際にやっていること=行動」がずれている状態に耐えられない。
「行動」を変え続けていると、「考え方」が変わる。
逆に、「考え方」が一時的に変わっても「行動」が伴っていないと、それも不協和になり、「考え方」はもとに戻ってしまう。
クラスで学んだことを「新しい行動」につなげましょう

皆さんは基本的な考え方は身につけました。あとは実践のみ!
自分の事業に、自分自身に、ぜひ使い続けてください!

そして冒頭(Day3)に置かれたリーダーシップの階梯が、再び示される。

Lead the Self(自らをリードする)→ Lead the People(人々をリードする)→ Lead the Society(社会をリードする)


9. さらに学びを深めたい方のために(推薦図書)

授業の最後に紹介された本を、自分なりの一言を添えて並べておく。どれも6回のどこかで出てきた考え方の出どころにあたる。

経営戦略

  • 〔エッセンシャル版〕マイケル・ポーターの競争戦略 ― ジョアン・マグレッタ/早川書房
    Day2で使った3つの基本戦略とトレードオフを、原典より短く正確に追える。ポーターの誤読されがちな点も潰してくれる。
  • IGPI流 経営分析のリアル・ノウハウ ― 冨山 和彦/PHPビジネス新書
    フレームワークを鵜呑みにせず、数字の裏側にある事業の実態を読む姿勢が学べる。Day3のPPMの限界の話と地続き。
  • ストーリーとしての競争戦略 ― 楠木 建/東洋経済新報社
    施策の羅列ではなく因果の連なりとして戦略を読む本。Day6の「模倣困難なのは意思決定の構造そのもの」に理屈をくれる。
  • 戦略プロフェッショナル ― 三枝 匡/日経ビジネス人文庫
    あるべき姿と現在の差を課題と呼ぶ ―― Day3で教わったことを、事業再生の物語として追体験できる。

マーケティング

※ 書籍リンクはアフィリエイトリンクです。

この先に学びたいこと(授業中の言及より)

  • 顧客体験の設計 → カスタマージャーニーとブランディング(Day5より)
  • 統合後の7S、組織と人 → 組織行動とリーダーシップ/人材マネジメント(Day3より)
  • 戦略とマーケティングそれぞれの応用科目

この連載の他の回

前回

本記事はアフィリエイト広告(PR)を含みます。 MBAの基礎科目「マーケティング・経営戦略基礎」で扱ったケースを、講義で使ったフレームワークに沿って解説します。 1. 冒頭のフィードバック ―「結論に至るまでのプロセス」 Day5は[…]

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第1回

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よくある質問(FAQ)

航空業界の業界KSFは何ですか?

景気変動を踏まえたうえで、稼げる路線・稼げる顧客で平均客単価を高め、かつ全体の座席稼働率を高く維持することです。燃料費・人件費・機材費といったコスト側は市場価格で決まり各社で差がつかないため、勝負は売上サイドに絞られます。

なぜエミレーツは黒字を続けられるのですか?

平均客単価と座席稼働率は本来トレードオフの関係にありますが、これをレイヤーを分けて解いているためです。路線では大手アライアンスのカバーが薄い新興国路線を押さえて価格競争を避け、機内ではファースト・ビジネス・エコノミーを共存させて単価差6倍の顧客を同じ便に乗せています。

なぜ他社はエミレーツの戦略を真似しないのですか?

大手航空会社はアライアンスで運送能力を貸し借りしており、自社でリスクを負わずに路線を広げられる代わりに、機材や路線の意思決定を他社に縛られるためです。エミレーツの模倣困難性はサービスの豪華さではなく、市場を先読みして独自に路線を広げられる組織能力そのものにあります。


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