組織行動とリーダーシップ Day3|キリンビールV10推進プロジェクト──「評価に結びつける」と答えた事前課題を講義で見直す

組織行動とリーダーシップ Day3|キリンビールV10推進プロジェクト──「評価に結びつける」と答えた事前課題を講義で見直す

本記事は「MBAで学んだ組織行動とリーダーシップ」シリーズのDay3です。

この記事でわかること

  • キリンビールがV10推進プロジェクト(組織風土改革)を始めた理由を、7Sモデルのハードとソフトのずれで整理する方法
  • 専任2名のチームが、ダーウィン・フォーラムからコーチングまで、どの順で社員を巻き込んでいったか
  • 「全社員の6割」「3年で社員の1割をコーチに」という数字が何を基準に置かれていたか
  • 事前課題で私が書いた5つの行動と、実際に行われた打ち手の違い(評価制度の扱いが逆だった)

1. 事前課題で「評価に結びつける」「KPIが足りない」と書いた

Day3のケースは、キリンビールの「V10推進プロジェクト」でした。2005年9月に発足した組織風土改革のプロジェクトで、社長直轄ではあるものの予算は限られ、専任メンバーは2名です。

事前課題では3つの問いに答えました。V10を始める必要があった理由、推進チームの活動の評価、そして「2007年9月以降、あなたがリーダーならどう動くか」です。読み返すと、私の答えには2つの特徴がありました。

1つは、活動の評価で「KPI設定やその後の方向性の提示が不十分」と書いたこと。もう1つは、リーダーとしての行動の1つに「V10推進プロジェクトの取り組みを、社員の評価に直接結びつける」を挙げたことです。

講義では、このどちらにも別の答えが示されました。この記事では、ケースの事実と講義の枠組みを整理したうえで、自分の答えのどこが合っていて、どこがずれていたのかを確かめます。


2. ハードSは変わったのに社風が追いつかない――7Sとコッターの8段階で整理する

独占時代と競争時代で、勝ち方が変わった

キリンビール横浜工場の正門付近の様子
写真:キリンビール横浜工場(2009年。ビール類シェア首位を取り戻した年)。撮影 Kamemaru2000/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

講義ではまず、キリンを取り巻く環境を時代ごとに分けて整理しました。

時代勝つための鍵(KSF)組織の形
独占時代(1960〜1980年代)チャネル支配力(特約店との関係構築)少品種大量生産、リベート営業、機能別組織、年功序列、トップダウン
競争時代(2005年頃)商品開発力と、幅広いチャネルにスピーディに投入する力部門をまたぐ連携と、自分で考えて動く社員が必要

ビール市場は縮小し、嗜好は多様化し、スーパードライとの競争は激しくなっていました。キリンは2001年、48年間守ってきたビール市場の首位をアサヒに明け渡しています。ただし黒字は続いていたため、社内に決定的な危機感は生まれていませんでした。講義が「平時の変革」と呼んだ状況です。

7Sモデル:ハードSは改革済み、ソフトSは旧来のまま

マッキンゼーの7Sモデルは、組織を7つの要素で見る枠組みです。戦略(Strategy)、組織構造(Structure)、制度(System)の3つが「ハードS」で、短期間で変えられます。共通価値観(Shared Value)、スキル(Skills)、人材(Staff)、スタイル(Style)の4つが「ソフトS」で、慣性が強く短期間では変わりません。

2005年時点のキリンビールを7Sモデルで整理した図。左のハードSは、戦略がマルチブランド戦略と価値営業、組織構造が事業部制・マーケティング部・工場の削減・KCS設立、制度がKISMAPとMBO・経営職の導入で、いずれも改革済み。右のソフトSは、価値観が品質本位・堅実経営、スタイルがトップダウンと内向き、スキルが特約店との関係構築力と価格営業、人材が優秀で真面目な社員で、旧来のまま。下段に現場の症状として、やらされ感・疲弊感、希薄な横連携、内向き・上向き・箱文化
図1:2005年時点のキリンの7S。ハードSとソフトSが整合していなかった

V10が始まった時点で、キリンのハードSは大きく変わっていました。マルチブランド戦略、リベートを廃止した「価値営業」、事業部制、バランスト・スコアカードに基づく管理ツール「KISMAP」とMBO、そして全社員の意識改革を促した「新キリン宣言」です。

一方でソフトSは、トップダウン・内向き・「箱文化」(部門ごとの縦割り)のままでした。リベート廃止の後もシェアは下がり続け、頑張っても成果が出ない疲弊感と、指示命令型の改革による「やらされ感」が広がっていました。講義では、価値営業とV10を、ハードSとソフトSを合わせるための「対」の改革として位置づけています。戦略は短期で変え、組織文化は時間をかけて変える、という2段階の打ち手です。

コッターの8段階とレビンの3段階

変革の進め方としては、コッターの8段階をキリンに当てはめました。

段階キリンでの対応
1. 危機意識を醸成する新キリン宣言
2. 変革推進チームを組織するV10推進プロジェクト
3. ビジョンと戦略を生み出す事業理念の策定、価値営業
4. ビジョンを周知徹底するフォーラムの継続
5. 従業員の自発的行動を促すコーチング
6. 短期的成果を実現するパレットのコスト削減、出入り禁止だった取引先との関係回復
7. さらなる変革を推進するBケース時点では道半ば
8. 新しい方法を企業文化に定着させるBケース時点では道半ば

ケースは「キリンの変革は、いまだ道半ばにある」という一文で終わっています。レビンの「解凍→変革→再凍結」で言えば、V10は解凍から変革の途中にあり、再凍結はまだ先の課題でした。


3. 専任2名が全社に広げた手順と、IT現場への当てはめ

理念づくりから業務改革へ

V10が5年間で行った主な取り組みを、時期と参加人数で並べると次のようになります。

V10推進プロジェクトの年表。ステージ1では、2005年のダーウィン・フォーラム110人、2006年の第2期ダーウィン・フォーラム119人、ケネディ・フォーラム63人、2007年のアポロ・フォーラム119人、シーザー・フォーラム62人、2008年のコペルニクス・フォーラム650人が並び、2006年から2年半続いたコンバット・フォーラムは40回で延べ約2,200人。2008年8月からのステージ2では、社内コーチ育成、質問会議、カイゼン道場が始まり、2009年にビール類シェアで9年ぶりに首位を奪還した
図2:V10推進プロジェクトの主な取り組みと参加人数

最初の仕事は事業理念の策定でした。推進チームは中心メンバーだけで作るのではなく、現場の声を集める「ダーウィン・フォーラム」を開きました。40人の予定に110人の応募があり、全員に参加してもらっています。新入社員から50代、沖縄から北海道まで、部門も役職もばらばらな6人1組で議論し、出てきた言葉から原案を作りました。原案は役員会に出す前に参加者に見せ直し、「自分たちが議論した内容に合っているか」を確かめています。

その後は対象を変えながらフォーラムを重ねました。経営職の中堅63人が「自分は会社のために何ができるか」を議論したケネディ・フォーラム、全社員を対象に中計の理解を深めたコンバット・フォーラム、支社長・工場部長クラス62人のシーザー・フォーラム、営業650人のコペルニクス・フォーラムです。2008年8月からは「ステージ2」として、V10で育った部門間のつながりを土台に、現場の業務改革へ軸足を移しました。

人を動かす4つの工夫

講義では、V10の手法を次の4つに整理していました。

工夫ケースでの具体例
社員のプロファイルに合わせる経営層への憧れが強い社風に対し、社長が全フォーラムに参加し、懇親会でも社員と直接話した
個と個のつながりで広げる「人望・人徳があり、仕事ができ、連携の精神に富んだ」人を名指しで誘い、同時に公募も続けた
数で場の空気を変えるコンバット・フォーラムは全社員の6割を目標に続けた
腑に落ちるまで咀嚼させる中計の文言から主語を抜いたカードを配り、どの部署の仕事かを当て合った

最後の工夫は、理念浸透の4段階(認知→理解→納得→行動)の「納得」にあたります。キリンでは「腑に落ちる」という言い方が定着していました。工場の社員が「価値営業って何ですか」と尋ね、営業が驚きながら説明する。こうしたやり取りで、他部門の仕事が自分の仕事とつながっていきます。

IT現場の場面に当てはめると

この手順を、ITサービスの運用チームを率いて顧客企業とのあいだに立つマネージャーの場面に当てはめると、いくつか確かめる問いが出てきます。

1つ目は7Sの点検です。新しい運用ツールや手順書、報告の様式を入れたとき、変わったのはハードSだけではないか。障害対応で誰が判断するか、顧客にどこまで提案してよいかといったスタイルや価値観が、以前のままになっていないかを確かめる問いになります。

2つ目は人数の基準です。5人ほどの常駐チームで新しいやり方を広げたいとき、研修や勉強会に1人だけを送っていないか。キリンの「5人中3人」の考え方に当てはめると、1人だけが熱を持ち帰っても、残りの4人が冷めていれば元に戻ります。

3つ目は誰から巻き込むかです。キリンでは、上司が無関心な職場では、部下がどれだけ前向きでも一歩も進まないことが分かっていました。顧客企業と一緒に何かを変える場面なら、顧客側で誰の関心がないと止まるのかを先に確かめることになります。


4. 事前課題に書いた答えと、講義で知ったこと

問い1:なぜV10が必要だったか

事前課題では、V10を始めた理由として5つを挙げていました。市場の縮小とシェア低下への対応、価格競争からの脱却、ブランド価値の再構築、組織文化の変革、新しい事業モデルの確立です。

講義の整理と比べると、私の答えは市場側の理由が中心でした。講義は、こうした市場の変化には価値営業などのハードSですでに手を打っていた、と整理します。そのうえで、残っていたのがソフトSとのずれであり、V10はそこを担うプロジェクトだった、という位置づけです。私の答えにも「組織文化の変革」は入っていましたが、5つのうちの1つとして並べただけで、なぜ戦略を変えた後に文化の改革が別に必要になるのか、という構造までは書けていませんでした。

問い2:活動の評価と、KPIへの指摘

活動の評価では、3つの取り組みを挙げています。

取り組み私の評価理由として書いたこと
ダーウィン・フォーラムによる事業理念の策定参加者の選定・募集から取りまとめまでのプロセスを高く評価部署・役職の違う110人が参加し、トップダウンではなく社員の意見が反映された
ケネディ・フォーラム、コンバット・フォーラムなどの浸透策効果はあったが、KPIの設定が必要だった目標値があれば、次のステップに進む時期や、続けるかどうかを判断できた
「ありがとうの手紙」、アポロ・フォーラムなどの風土づくり組織文化の強化に役立ったが、その先の方向性が欲しい活動の先に何が変わるのかを示さなかったため、参加しない社員も多かったと考えた

KPIへの指摘は、半分は当たっていたと考えています。Aケースで推進チームのリーダーは、計画を最初から立てていたわけではなく「丘を1つ登ると次の丘が見える」ように手探りで施策を打っていたと振り返っています。コンバット・フォーラムも、当初は半年で終える予定だったのを、手応えを見て続けています。

ただ、Bケースで推進チームのリーダーが置いた目標は、私が想定していた種類のKPIとは違いました。

問い3:リーダーとして何をするか

3つ目の問いには、5つの行動を挙げました。Bケースで実際に行われたことと並べると、次のようになります。

事前課題で著者が挙げた5つの行動と、Bケースで実際に行われたことの比較。1のトップマネジメントのサポートは一致、2の業務への統合と管理職・現場リーダーの重視は方向が一致、3のV10への貢献を評価に直接結びつけるは逆で、実際は人事考課に組み込まずキリン・スピリットで間接的に評価した。4の場づくりの教育は方向が一致、5の進捗と成功事例の共有は一致
図3:事前課題での回答と、実際に行われたことの比較

トップのサポートは、社長が全フォーラムに参加し、「V10は経営そのもの」と言い続けた形で実現していました。業務への統合も、ステージ2の業務改革として進んでいます。

逆だったのは評価制度です。私は無関心な社員が3割ほど残る状況を前に、評価に直接結びつければ参加が増えると考えました。リーダー層の評価に、部下の参加度や成果を含めることも書いています。実際のキリンでは、V10への参加はボランティアで、人事評価には直接つながっていませんでした。

もう1つ、方向は同じでも手段が違ったのが現場リーダーへの働きかけです。私は「管理職や現場リーダーに具体的なガイダンスとサポートを提供する」と書きました。推進チームのリーダーは、現場リーダーに直接働きかけても動かないと考え、現場リーダーに影響力のある上位の経営職を社内コーチとして巻き込みました。「え、あの人もやっているんですか」と周りの見方を変える、触媒の役割です。


5. 学びと示唆:目標の置き方と、仕組みにする方法

目標は「何人巻き込めば空気が変わるか」で置かれていた

左は、職場の5人のうちフォーラム経験者が1人だけだと冷めた反応で元に戻り、半々だと拮抗し、3人になると知らない側が少数派になることを示す図。右は、全社員約3,500人に対して、コンバット・フォーラムの延べ約2,200人(約6割強)、コーチングを受ける社員1,500人、社内コーチ3年で300人(約1割)を横棒で示し、6割の目標線を引いた図
図4:V10の数値目標は、職場の多数派をつくる人数で置かれていた

推進チームのリーダーがコンバット・フォーラムに置いた目標は「全社員の6割が参加するまで」でした。理由は職場の力学です。同僚5人のうち1人だけがフォーラムの話を熱く語っても、残りの4人が知らなければ冷めた反応で終わる。3人が参加していれば、知らない側が少数派になる。5割では拮抗して場が変わらないので、6割が必要だと説明しています。

社内コーチも同じ考え方です。毎年100人を育成すれば3年で300人、社員の約1割になる。コーチ1人が年に5人をコーチングするので、クライアントは1,500人になり、講義の試算では社員の約5割がコーチングに関わる設計でした(全社員約3,500人で割ると約4割強)。

私が事前課題で求めたKPIは、次のステップに進むか、続けるかを判断するための成果の指標でした。V10の数字は、職場ごとに多数派をつくるための関与の人数です。組織文化の変革は成果が測りにくいと講義でも言われていました。だから成果ではなく、変化が起きる条件のほうを数字にしたのだと考えています。

評価に組み込まずに仕組みにする

講義では、ステージ2で評価制度とV10を結びつけるべきかが議論になりました。結論は、組み込むべきではない、です。V10を考課項目に入れれば、V10で目指す行動や価値観が義務になり、「やらされ感」の払拭という基本方針と正面からぶつかる、という理由でした。キリンの人事考課には「人間軸」として「キリン・スピリット」(考え抜く・やり切る・自由闊達にやる・誠実で倫理観が高い)があり、V10が目指す行動はここで間接的に評価されていました。

一方で講義は、個人的な関係だけで永続できるプロジェクトはなく、いずれ仕組みにする必要がある、とも指摘していました。その答えとして示されたのが、ティシーの「リーダーシップ・エンジン」です。組織の全階層にリーダーがいて、リーダーが次のリーダーを育てる仕組みを指します。V10の参加者はリーダー候補にあたる人たちで、実際に昇進し、コーチングで後進を育てていました。V10は評価制度の外で、事実上のリーダーシップパイプラインになっていたわけです。

私の答えは「仕組みにする=評価制度に入れる」と短絡していました。仕組みには、人を育てて昇進させる流れのような別の形もあることが、Day3でいちばん大きな発見でした。

プロジェクトチームの難所

講義では、プロジェクトチームという形の難しさも整理されました。既存組織を否定する面があるので周りと摩擦が起きやすい。メンバーが出身部署の利益代表になりやすい。一時的な仕事なのでコミットメントに限界がある。V10でも、兼任メンバーは勤務時間の30%をあてる予定が、実際は5%程度だったとされています。こうした制約があったからこそ、推進チームは人数や権限ではなく、誰をどの順で巻き込むかに力を注いだのだと考えています。


6. まとめ

  • キリンは戦略・組織・制度(ハードS)を先に変えたが、価値観や社風(ソフトS)が追いついていなかった。V10はソフトS側を担うプロジェクトだった
  • 専任2名の推進チームは、名指しと公募を併用し、フォーラムの対象を変えながら関与者を増やした。コンバット・フォーラムは2年半で延べ約2,200人に及んだ
  • 数値目標は成果のKPIではなく、「5人中3人」の考え方で職場の多数派をつくる人数として置かれていた
  • V10への貢献は評価に直接組み込まれなかった。代わりに、V10は次のリーダーを育てる流れとして仕組みになっていた
  • 事前課題で私は「評価に結びつける」と書いた。講義を通じて、仕組みにする方法は評価制度だけではないと知った

よくある質問(FAQ)

Q1. V10推進プロジェクトとは何ですか?
キリンビールが2005年9月に始めた組織風土改革のプロジェクトです。V10はVision・Value・Victoryの頭文字と、10年後も顧客に支持される会社であり続けるという意味を合わせた名前です。社長直轄ですが予算は限られ、専任メンバーは2名でした。

Q2. キリンはなぜV10への貢献を人事評価に組み込まなかったのですか?
V10は「やらされ感」の払拭を基本方針にしていました。評価に組み込めば、V10で目指す行動が義務になり、この方針とぶつかります。代わりに人事考課の「キリン・スピリット」で、目指す行動を間接的に評価していました。

Q3. コンバット・フォーラムはなぜ全社員の6割を目標にしたのですか?
職場の5人のうち1人だけが参加しても、残りの4人が冷めていれば元に戻ります。3人が参加していれば、知らない側が少数派になります。5割では拮抗して場が変わらないため、過半を超える6割を目標にしました。

Q4. 7SモデルのハードSとソフトSは何が違いますか?
ハードSは戦略・組織構造・制度で、経営判断で短期間に変えられます。ソフトSは共通価値観・スキル・人材・スタイルで、慣性が強く短期間では変わりません。戦略を変えたら、ハードSだけでなくソフトSも合わせないと組織は変わらない、というのがDay3の結論でした。


参考書籍

次の2冊は、Day3の講義で推薦図書として紹介されたものです。キーガンの本は、Day5で扱う「弱さを見せあえる組織」の考え方にもつながります。


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