デメリットを自ら開示する企業は正しいか──顧客の「正しい意思決定」を支援する【サービス・マネジメント Day5 後半】

デメリットを自ら開示する企業は正しいか──顧客の「正しい意思決定」を支援する【サービス・マネジメント⑩】

サービス・マネジメントの学び、10本目。前回はサービス・ドミナント・ロジック(SDL)と価値共創の話を書いた。今回は、顧客のために「あえて不都合な情報を見せる」という逆説的なサービス設計について考える。

自社商品のデメリットをWebサイトに載せる

講義で取り上げたのは、ある国の最大手銀行の事例だ。

この銀行は、クレジットカードの申込ページに商品のデメリットを併記する実験を検討していた。通常、利用規約の奥深くに隠されているような「高金利」「遅延損害金」といった情報を、メリットと並べて目立つ形で表示する。

常識的に考えれば、デメリットを見せればコンバージョン率は下がる。短期的な売上は減る可能性が高い。それでもなぜ、この実験を検討したのか。

背景にある「信頼の危機」

背景には、金融業界全体への国民の根深い不信感があった。度重なる不祥事、顧客の利益より自社の収益を優先するビジネスモデル──銀行への信頼は地に落ちていた。

同時に、フィンテック企業が透明性の高い金融サービスで顧客の支持を獲得していた。情報の非対称性に依存した旧来型モデルでは、もはや競争できない時代になりつつあった。

この銀行が掲げていたビジョンは「顧客の経済的幸福の向上」。しかし、クレジットカードの収益構造は「顧客が楽観バイアスで高金利カードを選び、不要な利息を支払うこと」に依存していた。ビジョンとビジネスモデルの間に、構造的な矛盾があったのだ。

この矛盾は、金融業界に限った話ではない。「顧客第一」を掲げながら、収益構造が顧客の無知や非合理性に依存しているビジネスは、あらゆる業種に存在する。そしてデジタル時代には、この矛盾が消費者の目に見える形で露呈する。

4つのシナリオで考える

講義では、デメリット開示の影響を4つのシナリオで分析した。

シナリオ1:コンバージョン率↓ × 解約率↑

最悪のシナリオ。デメリットを見て申込を躊躇する人が増え、既存顧客も「今まで隠していたのか」と不信感を強めて離脱する。短期的にも長期的にもマイナスだ。このシナリオが経営陣の最大の懸念であり、実験に踏み切れない理由でもあった。

シナリオ2:コンバージョン率↓ × 解約率↓

申込数は減るが、正しい判断をした顧客は長く使い続ける。デメリットを理解したうえで申し込んだ顧客は、後から「聞いていなかった」と不満を感じることがない。結果としてLTV(顧客生涯価値)が向上し、カスタマーサポートへのクレームも減少する。短期的な痛みと引き換えに、長期的な収益基盤が強化されるシナリオだ。

シナリオ3:コンバージョン率↑ × 解約率変化なし

透明性への信頼がブランド価値を高め、むしろ申込が増える。「デメリットまで正直に開示する企業だから、信頼できる」という逆説的な効果だ。フィンテック企業がまさにこのポジショニングで既存銀行から顧客を奪っている。

シナリオ4:コンバージョン率↑ × 解約率↓

最良のシナリオ。信頼と収益が両立する。透明性がブランドの差別化要因となり、新規獲得と既存顧客の維持の両方にプラスに作用する。理想的だが、実現には透明性だけでなく、商品設計そのものの改善が必要かもしれない。

講義での議論を通じて見えてきたのは、どのシナリオが実現するかは、開示の「やり方」に大きく依存するということだ。単にデメリットを羅列するだけでは顧客を混乱させるだけだが、「このカードはこんな人に向いていて、こんな人には向いていません」という文脈付きの情報提供なら、顧客の正しい意思決定を支援できる。

行動バイアスが意思決定を歪める

この事例の根底にあるのは、顧客は必ずしも合理的な判断をしないという行動経済学の知見だ。講義では、顧客の意思決定を歪める3つの代表的なバイアスが議論された。

楽観バイアス──人は「悪いことは自分には起こらない」と信じる傾向がある。クレジットカードの高金利を見ても、「自分は返済が遅れることはない」と思い込む。実際には多くの人が想定外の出費で返済が遅れ、高額の利息を払うことになる。保険の加入率が低いのも、IT投資でセキュリティ対策が後回しにされるのも、同じ楽観バイアスの表れだ。

現在バイアス──将来の大きな利益よりも、目の前の小さな利益を優先する傾向だ。「今すぐポイントが貰えるカード」と「長期的に手数料が安いカード」を比較すると、多くの人が前者を選ぶ。これは退職金の運用でも、健康投資でも、学習投資でも同じ構造で発生する。人間は「未来の自分」を他人のように感じる生き物なのだ。

情報過多による判断停止──選択肢や情報が多すぎると、人は判断すること自体を放棄する。金融商品の比較表が細かすぎて、結局「よくわからないから一番人気のやつで」と選んでしまう。これは合理的な選択ではなく、認知負荷からの逃避だ。

企業がこうしたバイアスを利用して売上を伸ばすのは簡単だ。しかし、それは顧客の非合理性に付け込むビジネスモデルであり、SDLが前提とする「顧客はパートナーである」という価値観とは相容れない。

「顧客の期待に反する提案」もサービスである

この事例から得た最大の気づきは、顧客の短期的な要望に盲従することだけがサービスではないということだ。

そんなとき、「お客様のために、お客様の期待に反する提案をする」ことが、本当の意味でのサービスになりうる。短期的には売上が減っても、長期的な信頼とLTVの向上につながる。

これはSDLの延長線上にある。顧客を「消費者」ではなく「パートナー」と捉えるなら、パートナーに不利な選択をさせることは矛盾だ。真のパートナーシップとは、ときに耳の痛いことを伝える関係でもある。

従業員にとっての意味──SPC起点で考える

講義で議論して興味深かったのは、この実験が従業員にも影響を与えるという視点だ。

顧客にとって最適でない商品を売り続けることは、従業員の仕事への誇りを蝕む。「本当にお客様のためになっているのか」という疑問を抱えながら働くのは、エンゲージメントを確実に下げる。

逆に、顧客に正直に向き合える企業で働くことは、従業員の誇りとエンゲージメントを高める。SPCの起点である従業員満足にも、この透明性の方針は効く。

SPCの連鎖を思い出してほしい。社内サービスの質→従業員満足→従業員ロイヤルティ→生産性→サービスの価値→顧客満足→顧客ロイヤルティ→収益。「顧客に正直であれる」という社内方針は、SPCの起点である従業員満足を直接高めるのだ。

金融業界の離職率の高さや、従業員のメンタルヘルス問題の背景にも、この構造がある。「売らなければならないが、売りたくない」というジレンマは、従業員を確実に消耗させる。透明性の方針は、このジレンマを解消し、従業員が誇りを持って働ける環境を作る。

透明性は顧客のためだけでなく、従業員のためでもある──この点は、見落とされがちだが重要だ。

「経済的幸福の向上」というビジョンの力

この銀行が掲げていた「顧客の経済的幸福の向上」というビジョンは、単なるスローガンではなく、戦略的な意味を持っていた。

「経済的幸福」を本気で追求するなら、顧客に不利な商品を売ることはビジョンとの矛盾になる。逆に、顧客の経済的リテラシーを高め、最適な金融商品の選択を支援することは、ビジョンの具現化そのものだ。

短期的には収益が減るかもしれない。だが、「この銀行に相談すれば、自分にとって最適な答えが得られる」という信頼が確立すれば、顧客はあらゆる金融ニーズをこの銀行に集約するようになる。一つのクレジットカードの売上は減っても、住宅ローン、投資信託、保険──顧客のウォレットシェア全体で見ればプラスになりうる。

これは、前回学んだバリューラインの考え方にも通じる。「すべての商品で短期的な売上を最大化する」のではなく、「信頼」という軸で突き抜けることで、長期的な競争優位を構築する戦略だ。

ITコンサルティングにおける「正直な提案」

IT業界でも同じ構造がある。

顧客が「最新のAIを導入したい」と言ったとき、本当にそれが最適なのか。もしかしたら既存のシステムの改修で十分かもしれない。もしかしたら、そもそもシステム投資ではなく業務プロセスの見直しが先かもしれない。

短期的な受注額を優先すれば、顧客の要望通りに提案するのが合理的だ。だが長期的な信頼関係を築くなら、「今はこの投資をすべきではない」と正直に伝えることが、最高のサービスになることもある。

ITデリバリーマネージャーとして、この判断を迫られる場面は少なくない。追加開発の要望があったとき、「やりましょう」と即答するのは簡単だ。だが、その追加開発が本当に顧客のビジネスに価値をもたらすのか、冷静に問い直す責任がある。「御社の状況であれば、この機能は半年後に検討するのが適切だと思います」──こういう提案ができるITベンダーは、短期的には売上機会を逃すかもしれないが、長期的には「信頼できるパートナー」として選ばれ続ける。

目の前の売上か、長期の信頼か。この判断の難しさは業種を問わない。だが講義を通じて確信したのは、長期的には信頼がすべてを駆動するということだ。信頼は、SPCの好循環を回す最も強力な燃料だと思う。

この回の学びを深める書籍

「予想どおりに不合理」(ダン・アリエリー著、早川書房)──人間の非合理的な意思決定パターンを理解するための行動経済学の名著。楽観バイアスや現在バイアスなど、顧客が「なぜ最適でない選択をしてしまうのか」を体系的に理解できる。顧客の意思決定支援を考えるうえで必読の一冊だ。

次回予告

ここまで10回にわたって、サービスの4特徴、SPC、オペレーション設計、人づくり、SDL、透明性と学んできた。次回は最終セッションのテーマ──「何を捨てるか」で勝つ戦略と、バリューラインの考え方を、ある航空会社の事例から学ぶ。