
複合機のスキャン送信連携や会議室予約システムなど、Exchange Web Services(EWS、旧来のメール連携API)経由でメール機能を呼び出す社内システムを何年も運用してきた、数千人規模の企業の情報システム部門にとって、2026年8月末はひとつの分岐点になる。Microsoftは2026年10月1日、テナントのEWSEnabled設定が既定値のNullのままなら自動的にFalseへ変更し、そのテナントのEWSを遮断する[6]。8月末までにAppID許可リストを整えてEWSEnabledをTrueにしておけば、この自動変更の対象から外れる[6]。対象はExchange Online(クラウド版Exchange)向けのEWS APIで、完全廃止は2027年4月1日である[1][6]。
ここで押さえておきたいのは、8月末という日付をMicrosoftが「Optional(任意)」と明記している点である[6]。間に合わなくても復旧の道は残っており、10月以降に遮断されてから管理者が再有効化することもできる。ただしその場合はサービス中断を伴うとMicrosoft自身が但し書きを付けている[6]。つまり8月末は「間に合わなければ終わり」の締切ではなく、「無停止で10月を越えられるか、いったん止めてから復旧するか」の分かれ目にあたる。後継のMicrosoft Graph(Microsoft 365全体を横断するREST/OAuth 2.0ベースの統合API)には機能面での差分もあり、稟議や保守契約が絡む改修判断には時間がかかる。本稿では廃止のタイムラインと技術的な壁を整理し、レガシー連携アプリの棚卸しと移行計画の判断材料を示す。
予備知識
- EWS(Exchange Web Services): SOAP方式の旧来のメール連携API。複合機のスキャン送信や会議室予約システムなどが長年利用してきた
- Microsoft Graph: Microsoft 365全体を横断するREST/OAuth 2.0ベースの統合API。EWSの後継として位置付けられる
- AppID許可リスト(EwsAllowedAppIDs): テナント管理者が、EWSへのアクセスを許可するアプリケーションIDだけを指定する仕組み
- EWSEnabled: テナント単位でEWSの可否を持つプロパティ。True/False/Null(現在の既定値)の3値をとる
- EWS使用状況レポート: Microsoft 365管理センターで、直近7日・30日・90日のいずれかでEWSを呼び出したアプリを一覧できる機能
AppID許可リストの設定やEWS使用状況の確認など、PowerShellでのテナント設定変更を逆引きで確認できる
EWSは2026年10月1日から何が変わるのか
遮断はテナント単位のEWSEnabledプロパティで制御される。2026年10月1日の時点でこの値がNull(現在の既定値)のままのテナントは、展開の進行にあわせてFalseへ変更され、その時点で全アプリのEWSアクセスが止まる[6]。許可リストを設定してEWSEnabledをTrueにしておけば、リストに載せたアプリケーションIDに限って廃止直前まで延命できる[3][4][6]。ただしこの延命は恒久措置ではなく、2027年4月1日以降はEWSEnabledを制御する権限そのものがテナント管理者から取り上げられ、EWSは恒久的に無効になる[6]。対象はExchange Onlineのみで、オンプレミスのExchange ServerのEWSは今回の廃止対象に含まれない[1][6]。
| 時期 | EWSEnabledの扱い | 実際の挙動 |
|---|---|---|
| 〜2026年9月末 | True/False/Null(既定)を管理者が設定できる | Nullなら制限なく利用可能。8月末までにTrue+許可リストを設定したテナントは10月1日の自動変更から除外される |
| 2026年10月1日〜2027年3月末 | Nullのテナントは自動でFalseへ | Falseは全遮断。Trueなら許可リスト掲載アプリのみ稼働。遮断後にTrueへ戻して再有効化できるが、サービス中断を伴う。Nullへ戻せば無制限に復帰する(Exchange Online PowerShellが必要) |
| 2027年4月1日〜 | 管理者から制御権が外れる | EWSは恒久的に無効。再有効化の手段はない |
見落としやすいのは、許可リストを作っていないテナントについて、Microsoftが2026年9月までにテナント自身の利用実績をもとに許可リストを事前投入すると告知している点である[6]。8月末の設定が間に合わなくても白紙のまま遮断されるわけではない。ただし投入されるのは「観測された利用実績」であり、稼働頻度の低いバッチ連携などが漏れる可能性は残る。加えてMicrosoftは、隠れた依存関係を洗い出すための「scream test」(EWSを短時間だけ止めて戻す試験)を実施する可能性にも触れており、EWSEnabledをTrueにしているテナントはその対象外になるとしている[6]。

管理センターでのテナント設定確認や運用体制の全体像を、実機の画面ベースで棚卸し前に把握できる
なぜこのタイミングで廃止が急がれているのか
EWS廃止の背景には、2018年時点での機能更新停止と、2024年のセキュリティインシデントによる緊急性の高まりがある[5]。EWSは2018年以降新機能の追加が止まっており、Microsoftは2023年にExchange Online向けEWSの廃止方針を公表した[1][2]。2024年1月に発生した国家関与とされるサイバー攻撃「Midnight Blizzard」の事案を機に、廃止対象を第三者アプリだけでなくMicrosoft自身の一部アプリまで広げる判断がなされ、以降は明確な日付を区切ったセキュリティ対応として扱われるようになった[5]。管理者が自社のEWS依存状況を把握する手段として、Microsoft 365管理センターの「レポート」→「使用状況」→「Exchange」→「EWS使用状況」で、EWSを呼び出したアプリケーションIDとSOAPアクションの一覧をCSVで確認できる[7]。期間は直近7日・30日・90日から選べる[7]。ここで注意したいのは、このレポートの集計が日次ではなく週次で、利用が反映されるまで最大10日かかるとMicrosoftが明記している点である[7]。8月末を意識して今から棚卸しを始める場合、レポートに出ていないアプリが「使われていない」とは限らない。棚卸しの出発点はこのレポートだが、月末や四半期末にしか動かないバッチ連携はレポートだけでは拾えないため、システム台帳とベンダー照会を併走させる必要がある。
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レガシー連携アプリは何が壊れるのか
EWSに依存する周辺システムは、複合機のスキャン送信や会議室予約パネル、FAXゲートウェイなど、オンプレミス設置型の連携機器に集中しやすい。多機能プリンター製品はスキャンtoメール機能でEWSを含む旧来の認証方式を使っているものがあり、廃止に伴いファームウェア更新や設定変更が必要になるケースが指摘されている。FAXゲートウェイ製品では、OpenText RightFaxのようにExchangeとの通信を担う専用のコネクタをExchange側サーバーに配置する構成があり、こうした製品は個別に対応状況を確認する必要がある[8]。
| カテゴリ | 具体例 | 典型的な障害 |
|---|---|---|
| 複合機・スキャナー | スキャンtoメール送信機能 | メール送信不能 |
| 会議室予約パネル | 空き状況カレンダー連携 | 予約状況が表示されない |
| FAXゲートウェイ | EWS専用コネクタ経由の連携製品 | 送受信停止 |
| CRM/ERPメール連携 | 案件メールの自動取り込み | 同期停止 |
| バックアップ・アーカイブ | メールボックスのエクスポート処理 | ジョブ失敗 |
これらは情シスが直接開発したものではなく、ベンダー製品の内部実装としてEWSを呼んでいることが多い。自社で改修できない以上、ベンダーへの対応状況の確認そのものが棚卸し作業の一部になる。照会の結果は「Graph対応版が出ている」「対応予定だが時期未定」「対応予定なし」の3つに割れ、どこに落ちたかで次の打ち手が変わる。対応版があるならバージョンアップの稟議、時期未定なら許可リストでの延命と並行監視、対応予定なしなら代替製品の選定という具合に、8月末までに揃えるべき情報の粒度が変わってくる。

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Graph API移行はどこが技術的な壁になるのか
Microsoft Graphは大半のEWS操作をカバーするが、パブリックフォルダーやメールボックスの一括インポート/エクスポートなど一部機能はGraph側に直接の代替がまだ用意されていない[1][2]。認証方式もEWSのSOAP+レガシー認証から、GraphのREST+OAuth 2.0へと根本的に変わるため、単純なエンドポイント差し替えでは済まず、認証周りの実装をアプリごとに作り直す必要がある。ベンダー製品であれば、まずはGraph対応版が存在するかを確認し、存在しなければ許可リストでの一時延命と代替製品の検討を並行して進める判断になる。

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SIer保守契約と稟議フローが実働期間をさらに縮める
タイムラインそのものはグローバル共通の日付で、日本企業だけ猶予が延びるわけではない。違うのは、期限までに使える実働期間の長さである。複合機やFAXゲートウェイの改修は自社開発ではなくベンダー・SIerの保守契約範囲に含まれることが多く、対応がSIer側の見積りと契約変更を経由するため、社内判断だけでは動かせない。さらに改修予算の確保には稟議承認が必要で、監査対象システムであれば変更管理プロセスの申請・承認・テストというリードタイムも加わる。
| 観点 | 海外の単一テナント企業を想定した一般的なテンポ | 日本のSIer保守・多社構成企業 |
|---|---|---|
| ベンダー改修の実行主体 | 自社IT部門やベンダーが即応しやすい | SIerへの見積り依頼・契約変更を経る |
| 予算確保 | IT部門裁量で先行対応できる場合がある | 稟議承認に数週間〜数か月 |
| 変更の記録要件 | 運用ログ程度 | 変更管理・監査証跡としての説明責任 |
この記事で挙げた依存先のうち、複合機とFAXゲートウェイは日本のオフィスでいまも現役の設備で、かつ多くがリース契約で導入されている。ここが移行判断を縛る。Graph対応版への入れ替えが必要でも、リース期間の途中では機器そのものを更新できず、ファームウェア更新で対応できるかがベンダー回答しだいになる。対応版のファームウェアが出ない機種だと、リース満了までの期間を許可リストで延命し、次の更改でGraph対応機に切り替えるという二段構えになる。8月末の設定が「本命の対応」ではなく「時間を買う手段」として効いてくるのはこのケースである。
IT部門の判断としては、まずEWS使用状況レポートで対象システムを洗い出し、許可リストの暫定設定を8月末までに済ませておくべきである。決裁側の判断材料としては、複合機・FAXゲートウェイの改修予算を10月の遮断発生後ではなく、今の時点で稟議ルートに乗せるかどうかを決めておく必要がある。リース満了が2027年4月1日より後になる機器がある場合は、更改の前倒し費用も併せて見ておきたい。

まとめ
情シス担当者の次の一手は、Microsoft 365管理センターのEWS使用状況レポートで自社テナントの依存アプリを今週中に洗い出すことである。集計は週次で反映に最大10日かかるため、着手が遅れるほどレポート自体の精度も落ちる[7]。決裁側は、複合機・FAXゲートウェイ等の改修予算を稟議ルートに乗せるかどうかを、10月1日の遮断発生前に決めておくべきである。完全廃止の2027年4月1日までは7か月あまり残っているが、10月を無停止で越えられるかどうかは8月末の設定で決まる。
よくある質問(FAQ)
Q. 自社がEWSを使っているかどうかはどう確認すればよいか。
A. Microsoft 365管理センターの「レポート」→「使用状況」→「Exchange」→「EWS使用状況」で、直近7日・30日・90日のいずれかの期間にEWSを呼び出したアプリケーションIDを確認できる[7]。集計は週次で、反映まで最大10日かかる点に注意が必要である[7]。
Q. 8月末までに許可リストの設定が間に合わなかった場合はどうなるか。
A. 10月1日にEWSEnabledがFalseへ変更され、いったんEWSが止まる。ただし2026年9月までに許可リストを作っていないテナントには、Microsoftが利用実績をもとに許可リストを事前投入すると告知している[6]。また10月以降でも管理者がEWSEnabledをTrueに戻して再有効化でき、Nullへ戻せば制限なしの状態にも復帰できる(Exchange Online PowerShellが必要)[6]。いずれの経路でもサービス中断は避けられない[6]。
Q. 許可リストを設定すれば、当面は移行しなくてよいか。
A. 2027年4月1日までは延命できるが、それ以降はEWSEnabledを制御する権限自体が管理者から取り上げられる[6]。恒久対応にはならない。
Q. オンプレミスのExchange Serverを使っている場合も影響はあるか。
A. 今回の廃止対象はExchange Onlineのみで、オンプレミスのExchange ServerのEWSは対象に含まれない[1][6]。
出典
[1] Microsoft Learn, “Deprecation of Exchange Web Services in Exchange Online” https://learn.microsoft.com/en-us/exchange/clients-and-mobile-in-exchange-online/deprecation-of-ews-exchange-online[2] Microsoft Community Hub (Exchange Team Blog), “Retirement of Exchange Web Services in Exchange Online” https://techcommunity.microsoft.com/blog/exchange/retirement-of-exchange-web-services-in-exchange-online/3924440
[3] Microsoft Community Hub, “Introducing EWSAllowedAppIDs: Preparing for the Final Phase of EWS Retirement” https://techcommunity.microsoft.com/blog/exchange/introducing-ewsallowedappids-preparing-for-the-final-phase-of-ews-retirement/4529471
[4] MicrosoftDocs (GitHub), “How to control access to EWS in Exchange” https://github.com/MicrosoftDocs/office-developer-exchange-docs/blob/main/docs/exchange-web-services/how-to-control-access-to-ews-in-exchange.md
[5] BleepingComputer, “Microsoft to shut down Exchange Web Services in cloud in 2027” https://www.bleepingcomputer.com/news/microsoft/microsoft-to-shut-down-exchange-web-services-in-cloud-in-2027/
[6] Microsoft Community Hub (Exchange Team Blog), “Exchange Online EWS, Your Time is Almost Up” (2026-02-05) https://techcommunity.microsoft.com/blog/exchange/exchange-online-ews-your-time-is-almost-up/4492361
[7] Microsoft Learn, “Exchange Web Services (EWS) Usage Report – Microsoft 365 admin” https://learn.microsoft.com/en-us/microsoft-365/admin/activity-reports/ews-usage
[8] OpenText, “Configuring the Exchange Connector”(Email Gateways Guide) http://mimage.opentext.com/support/ecm/webhelp/fp/fp9/Content/Email%20Gateways%20Guide/MS%20Exchange%20Environments/Configuring%20the%20Exchange%20Connector.htm


