
2024年1月、Google Cloudは、自社のサービスをやめて他のクラウドやオンプレミスへ移る顧客について、移行時のデータ転送料を無料にすると発表し、全世界の顧客に適用するとした[1]。同じ1月の11日には、欧州でEUデータ法が発効した[2]。3月にはAWSが[3]、続いてAzureが[4]、撤退時の転送料を無料にする制度を始めている。
3社の制度はどれも出口手数料の無料化として報じられたが、無料になる条件は揃っていない。どこまでやめれば対象になるのか(アカウントか、サービスか、サブスクリプション全体か)、何日で移し終えるのか、どの地域の顧客が使えるのかが、それぞれ違う。EUデータ法が2027年1月12日から禁じるのも、すべての出口手数料ではなく、乗り換えに伴う手数料に限られる[2]。
予備知識
- 出口手数料(Egress Fee): クラウドから外部(インターネットや他のクラウド)へデータを送るときにかかる従量課金。
- 乗り換え: EUデータ法の用語で、あるクラウド事業者のサービスから、別の事業者のサービスやオンプレミスへ移ること。
- 並行利用: 同じ組織のワークロードを複数のクラウドで同時に動かす使い方。EUデータ法は乗り換えと分けて扱う。
出口手数料という一つの条件変化だけで移行を判断せず、組織全体の移行戦略として位置づける視点を補える
撤退時の無料化は、何をやめるかで対象が決まる
3社の撤退時の無料化は、いずれも移行を始める前の申請が要り、対象は原則としてインターネット経由の転送になる[5][6][7]。違いは、何をやめれば対象になるかと、移し終えるまでの期限にある。
Google Cloudは、移る対象のサービスの利用をすべて終え、そのサービスの契約を終了することを条件にしている。ほかのGoogle Cloudサービスは使い続けてよいが、同じサービスの一部のデータだけを移すことは認めていない[5]。手順は、移行前にExit Notice(撤退の通知)を出し、その14日後から30日の開始期間内に移行を始め、続く30日以上の移行期間で終える。完了を届け出ると、30日以上たった月末で対象サービスの契約が終わり、最終請求書にクレジットが入る[5]。
AWSは2024年3月5日の発表で、アカウントの解約やAWSとの関係の変更は求めないと明記した[3]。ただし対象になるのは、AWSから全データを移す場合か、特定のAWSサービスから全データを移す場合で、期間の終わりまでに移行元のサービスに残るデータとワークロードを削除するか、アカウントを閉じる必要がある[6]。申請できるのは有効で良好な状態のアカウントで、AWSサポートの承認前に移行を始めてはならない。承認されると、AWSが算定した時点の保存データ量をもとに一時的なクレジットが付与され、承認の通知から90日以内に移行を終える[6]。この90日は2025年9月30日の更新で告知に追記され、同じ更新で、移行中の転送量が月100GBを超えることという申請の要件は外れた[3]。
Azureは、移行後にアカウントに紐づく全サブスクリプションを解約することを条件にしている[7]。Azureサポートに撤退の意思を申請し、申告した転送開始日から60日以内にデータを移す。60日を超える場合は、最初の申請に移行計画の概要を添える。クレジットは解約を済ませてから申請し、請求書単位で差し引かれる[7]。英国に請求先住所があり、英国のデータセンターから移す顧客だけは、期間が180日になり、単一のAzureサービスだけをやめる場合も対象になる。経路もインターネットに加えてMicrosoftのグローバルネットワークが使える[7]。
専用線や配信系のサービスからの転送は対象外で、AWSはCloudFront、Direct Connect、Snow Family、Global Acceleratorを[6]、AzureはExpressRoute、VPN、Azure Front Door、Azure CDNを挙げている[7]。専用線で他のクラウドやデータセンターとつないでいる環境では、どの経路で移すかで費用が変わる。

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撤退しない並行利用には、欧州の顧客向けの別制度がある
撤退時の無料化は、クラウドを使い続けながら他社のクラウドとデータをやり取りする転送には使えない[5][6][7]。この用途に向けて、Google Cloudは2025年9月10日、EU・英国の顧客向けにData Transfer Essentials(DTE)の提供を始めた[8]。同じ組織のワークロードを2つ以上のクラウドで並行して処理する構成が対象で、条件を満たす転送は別に計量され、請求額はゼロになる。それ以外のトラフィックは従来のNetwork Service Tiersの料金のままだ[8]。対応リージョンは欧州の12リージョンに限られ、撤退時の無料化に登録済みのサービスはDTEの対象外になる[9]。
Azureも、欧州経済領域・欧州自由貿易連合の加盟国と英国に請求先住所がある組織を対象に、並行利用でインターネット経由で他のクラウド事業者へ送る転送を、サポートへの申請制で原価にしている[10]。同じ組織内の転送に限られ、CDN配信のような用途は対象外で、顧客データをこれらの地域の外に保存している場合も除かれる[10]。AWSは、EUの顧客がEUデータ法に基づき、対象となる用途で転送料金の減額を申請できるとしている[11]。
| 制度 | 対象 | 撤退の要否 | 期限 | 対象地域 |
|---|---|---|---|---|
| Google Cloud 撤退時の無料化 | 他クラウド・オンプレミスへの移行 | 対象サービスの契約を終了(他サービスは継続可) | 通知の14日後から30日以内に開始し、その後30日以上で完了 | 全世界 |
| AWS 撤退時の無料化 | AWS外への移行 | AWS全体か特定サービスから全データを移し、残りを削除(アカウント解約は不要) | 承認の通知から90日 | 全世界・全リージョン |
| Azure 撤退時の無料化 | 他クラウド・オンプレミスへの移行 | 全サブスクリプションを解約 | 転送開始日から60日 | 地域の限定なし(英国の請求先が英国のデータセンターから移す場合は180日・単一サービス単位も可) |
| Google Cloud DTE | 同じ組織の並行利用の転送(無料) | 不要 | 継続利用のため期限なし | EU・英国の顧客。欧州12リージョンのみで、東京・大阪は対象外 |
| Azure 並行利用の原価転送 | 同じ組織の並行利用の転送(原価) | 不要 | 継続利用のため期限なし | 欧州経済領域・欧州自由貿易連合・英国の請求先 |
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EUデータ法が2027年1月に禁じるのは乗り換え手数料
EUデータ法(規則(EU) 2023/2854)は2024年1月11日に発効し、2025年9月12日から適用されている[2]。出口手数料に関わるのは第29条と第34条だ。
第29条1項は、2027年1月12日以降、事業者が乗り換えの過程で顧客に乗り換え手数料を課すことを禁じる。それまでの2024年1月11日から2027年1月12日までは、乗り換えに直接かかった費用を上限に、減額した手数料を認めている(2項・3項)[2]。乗り換え手数料には出口転送料が含まれるが、標準のサービス料金と早期解約の違約金は含まれない(第2条36号)[2]。
第34条2項は、あるサービスを別のサービスと並行して使う場合に、事業者が出口転送料を課すことを、実際にかかった費用を転嫁する範囲で認めている[2]。2027年の禁止が及ぶのは乗り換え、つまり別の事業者のサービスやオンプレミスへ移る場面であり(第2条34号)、並行利用の転送はこの禁止の外にある。Azureの原価での転送はこの条文の上限と同じ水準で、DTEの告知は、同法が費用の転嫁を認めているのに対して無料で提供すると書いている[8][10]。
AWSは、EU加盟国をアカウントの国とする支払いアカウント向けに、同法に基づく乗り換えの手続きを付属契約で定めた。乗り換え開始の2か月前までに申請し、原則30日の移行期間内に移行を終える。技術的に難しい場合、移行期間は最長7か月になる[12]。第25条2項も、契約で定める通知期間を2か月以内、移行期間を30日以内としている[2]。

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日本の企業が使える制度は、EU拠点の有無で分かれる
撤退時の無料化は、日本の請求先でも使える。AWSは全世界の顧客と全リージョンを対象にしており[3]、Google Cloudも全世界の顧客に適用するとしている[1]。Azureの手順も地域を限っておらず、条件を変えているのは英国の請求先が英国のデータセンターから移す場合だけだ[7]。
並行利用の制度は、どれも欧州の顧客に限られる。DTEの対象はEU・英国の顧客で[8]、対応リージョンは欧州の12リージョンだけだ。東京(asia-northeast1)と大阪(asia-northeast2)は含まれない[9]。Azureの原価転送も、請求先住所が欧州経済領域・欧州自由貿易連合・英国にある組織に限られ、顧客データを域外に保存している場合は除かれる[10]。EU域内の子会社が契約していても、データを日本のリージョンに置く構成はどちらの制度にも当てはまらない。
EUデータ法も同じ線で区切られる。同法が適用されるのは、設立場所を問わず、EU域内の顧客にデータ処理サービスを提供する事業者だ(第1条3項(f))[2]。EUに拠点を持たない日本法人が日本で結んだ契約は、この文言からは対象に入らない。AWSが同法の乗り換え手続きを、EU加盟国をアカウントの国とする支払いアカウントに限っているのも同じ区切り方だ[12]。
したがって、2027年1月12日の禁止を待って移行するという選択肢は、EU域内に拠点と契約を持つ企業に限られる。EUに拠点のない企業が使えるのは各社が自主的に設けた撤退時の無料化で、AWSとAzureは制度を今後変更しうると明記している[6][7]。
申請の窓口は契約形態でも変わる。Azureは、パートナー経由で購入した顧客について、クレジットの申請、データの移行、サブスクリプションの解約、顧客へのクレジット付与をパートナーが担うと定めている[7]。AWSは、専任のアカウントチームがいる場合は先に計画を伝え、交渉済みのコミット契約があればアカウントチームと選択肢を相談するよう求めている[6]。

まとめ
3社の出口手数料の無料化は、撤退や移行のときの転送に限った制度で、使い続けながらの転送は対象外だ。並行利用の転送を安くする制度は欧州の顧客向けに限られ、EUデータ法の禁止がかかるのもEU域内の顧客との契約になる。日本の請求先の企業が使えるのは撤退時の無料化であり、やめる範囲(AWSとGoogle Cloudはサービス単位、Azureは全サブスクリプション)と期限(AWSは承認から90日、Azureは転送開始日から60日)に移行計画を合わせることになる。
移行を検討するときは、次の順に確かめる。
- 移行の範囲を、クラウド全体、特定サービスの全体、その一部のどれにするか決める。一部だけなら撤退時の無料化は使えない
- 移行経路をインターネット経由にできるか確かめる。Direct ConnectやExpressRouteからの転送は対象外になる
- 移行を始める前に申請する。AWSは承認前に移行を始めないよう求めている。リセラー経由の契約なら、窓口をパートナーに確かめる
- EU域内に拠点と契約があるかを確かめる。なければ、2027年1月12日の禁止は移行時期の判断材料にならない
- コミット契約の早期解約違約金を契約書で確かめる。撤退時の無料化が差し引くのは転送料だけで[6][7]、違約金はEUデータ法の乗り換え手数料にも含まれない(第2条36号)[2]
よくある質問(FAQ)
Q1. 出口手数料は今すぐ無料になるのか。
撤退や移行のための転送に限り、事前の申請を経てクレジットの形で無料になる[5][6][7]。平常時の出口転送は通常料金のままで、並行利用の転送が安くなるのは欧州の顧客向けの制度だけだ[8][10][11]。
Q2. 一部のワークロードだけ他クラウドへ移したい場合は使えるか。
特定のサービスから全データを移すなら、AWSとGoogle Cloudの制度の対象になり、AWSはアカウントの解約も求めていない[3][5][6]。同じサービスを使い続けて一部だけ移す場合は対象外だ[5][6]。Azureは全サブスクリプションの解約が条件で、単一サービス単位を認めるのは英国の請求先が英国のデータセンターから移す場合だけになる[7]。
Q3. 2027年1月に何が変わるのか。
EU域内の顧客に対し、乗り換えに伴う手数料が禁止される(第29条1項)。並行利用の出口転送料は、費用の範囲で課すことが引き続き認められる(第34条2項)。同法の対象はEU域内の顧客へのサービス提供で、条文の文言からは、EUに拠点のない日本法人が日本で結ぶ契約はこの範囲に入らないと読める[2]。

