
オーストラリア・西オーストラリア州のパース近郊にある地方自治体、ワナルー市(City of Wanneroo)が、市が保有する2つの市営ゴルフ場「Carramarゴルフ場」「Marangarooゴルフ場」の近代化に2,600万豪ドル(約29億円、1豪ドル=約112円換算)を投じることを決めた。老朽化した練習場やクラブハウスを刷新する工事は、Carramarで2026年7月、Marangarooで8月に着工する[1][3]。世界各地で市街地に近い公営・自治体保有のゴルフ場が、住宅開発などのために売却・閉鎖される例が相次ぐ中、自治体があえて短期的な黒字化の保証がない公営コースに巨額の設備投資を決めたことが注目されている。
ゴルフをする側にとっては、これは公営コースの練習場やクラブハウスがどこまで快適になるかという施設品質の話であり、行きつけのコースが今後どう変わりうるかを考える材料になる。一方、ビジネス・IT分野の読者にとっては、「売却・閉鎖」ではなく「再投資」を選んだ自治体の資本配分の意思決定という、民間企業のROI判断とは異なる公共投資のロジックを見る好例になる。本稿では、投資の中身と資金調達構造、自治体がこの判断を正当化する論理、そして日本との構造の違いを順に見ていく。
なぜ世界の公営ゴルフ場は売却・閉鎖に向かいやすいのか、ワナルー市はなぜ再投資を選んだのか
結論から言えば、地価上昇と参加者数の伸び悩みが重なる都市近郊の公営コースほど、住宅・商業開発への転用による売却益の方が、赤字覚悟の改修投資よりも財政的に「合理的」に見えやすいためだ。
シンガポールでは同国唯一の完全公営コースであるMandai Executive Golf Courseが、2026年のリース満了とともに屋外アドベンチャー学習施設へ転換されることが決まっている[5]。英国でも2020年から2025年までの5年間で、イングランド・ウェールズの60のゴルフクラブが閉鎖し、その多くが住宅開発業者に売却された[6]。地価の高さと会員数減という圧力の下で、「土地としての価値」が「スポーツ施設としての価値」を上回ると判断される例が増えている。
こうした流れの中で、ワナルー市はCarramar・Marangarooの両コースについて、閉鎖や売却ではなく2,600万豪ドルの近代化投資を選んだ。背景には、西オーストラリア州のジュニア参加者が前年比34%増の3,022人に達するなど、豪州のゴルフ人口自体は必ずしも縮小していないという分析がある[2]。同市のリンダ・エイトケン市長は「ゴルフは変化しており、より現代的でアクセスしやすく、幅広い層を迎え入れる施設への需要が高まっている」と述べ、女性・家族・社交目的のプレーヤーを取り込む施設更新の方針を打ち出した[1][2]。

準備金と借入をどう組み合わせて予算を組むかという、ワナルー市の資金調達の背景にある自治体財政のロジックを実務目線で理解できる一冊。
2,600万豪ドルは何に使われ、どう調達されるのか
2,600万豪ドルの内訳は、Carramarゴルフ場に1,000万豪ドル(約11.2億円)、Marangarooゴルフ場に1,600万豪ドル(約17.9億円)で、後者の方が規模の大きい改修になる[1]。
Carramarでは、33打席の屋根付き・照明付き練習場(自動球出し機能付き)に加えて天然芝10打席、シミュレーターとレッスン室を備えたプロショップの改装、新設の厨房、18番グリーンを見渡すウッドデッキ、電動カート保管施設などが計画されている[1][2]。Marangarooではより規模が大きく、新設の2階建てクラブハウス、スマートゴルフ技術を備えた44打席の屋根付き練習場、屋内外のホスピタリティスペース拡張などが柱になる[1][2]。

資金調達は、市の長期財政計画(Long Term Financial Plan)に沿って準備金と借入を組み合わせる形で、予算採択を前提に進められる[1][2]。2026-27年度予算では、市全体で総額1億3,860万豪ドル(約155億円)の資本投資プログラムの一部として、このゴルフ場改修に600万豪ドル(約6.7億円)が計上された[4]。同市はこの年度の税率(レイト)を6%引き上げているが、住宅所有者の負担増は週2豪ドル未満にとどまるという説明がなされている[4]。着工はCarramarが2026年7月、Marangarooが8月の予定で、工事期間中も両コースは営業を継続する[3]。

民間のROI基準とは異なる物差しで公共投資の効果を測る考え方を学びたい読者向けの学術寄りの一冊。
自治体はなぜ「儲からない」ゴルフ場に投資を正当化できるのか
結論から言えば、自治体は民間企業のような単年度の投資回収率ではなく、コミュニティへの便益(参加機会、健康増進、地域経済への波及)を根拠に投資を正当化できる立場にあるためだ。
民間のゴルフ場運営会社であれば、2,600万豪ドルの改修投資は、来場者数増・単価上昇・稼働率改善による投資回収期間で評価されるのが通例だ。回収の見通しが立たなければ、それは「儲からない資産」として売却・撤退の対象になりやすい。シンガポールのMandaiコースや英国の60クラブが売却・閉鎖に向かったのは、この民間的なROI判断が土地の再開発価値を上回れなかった結果とも読める[5][6]。
一方、ワナルー市がCarramar・Marangarooを保有し続けているのは、両コースが単なる収益施設ではなく、市が策定した「ゴルフコース戦略計画2024-2039」に基づく地域のレクリエーション拠点と位置づけられているためだ[2][3]。市の説明では、投資の狙いは黒字化そのものより「参加機会・地域とのつながり・地域経済活動」の維持にある[3]。運営自体は民間事業者Belgravia Leisureに委託しつつ、施設という「資本」の更新責任は市が自ら負う――という役割分担が、公共インフラとしてのゴルフ場を存続させる仕組みになっている。
| 判断軸 | 民間事業者のROI判断 | ワナルー市の公共投資判断 |
|---|---|---|
| 投資の目的 | 来場者増・単価上昇による投資回収 | 参加機会・地域とのつながり・経済活動の維持[3] |
| 撤退の基準 | 回収見通しが立たなければ売却・撤退 | 戦略計画(2024-2039)に基づく長期保有が前提[2] |
| 資金源 | 自己資金・借入(採算ベース) | 準備金+借入(税収を背景にした信用力)[1][4] |
| 運営体制 | 自社運営が中心 | 施設は市保有、運営はBelgravia Leisureに委託[3] |

長野県木曽町で2026年8月7日、中部電力の完全子会社が旧ゴルフ場跡地に出力21,000kWのメガソーラーを着工した[1]。一方の北海道大空町では、外国資本の会社が取得した女満別ゴルフコースのメガソーラー転用計画に対し、2025年から町議[…]
日本の公営ゴルフ場でも同じような大規模な再投資は起きているのか
結論から言えば、日本にも自治体が土地を保有するゴルフ場は存在するが、ワナルー市のように自治体自身が数十億円規模の改修投資を直接主導する例は、確認できた範囲では見当たらない。
日本ゴルフ場経営者協会(NGK)によれば、国内には約2,317のゴルフ場があるが[9]、その大半は民間企業が保有・運営する。自治体が土地を持つ例としては、愛知県有地に立地する森林公園ゴルフ場(PFI方式を導入し、2005〜2007年にセンターハウス改修・グリーン改良を実施、費用は民間事業者側が負担)や、千葉市が保有し2008年から指定管理者制度で運営する千葉市民ゴルフ場(現在の指定期間は2018〜2028年の10年間)がある[7][8]。ただしこれらは、施設整備費を自治体自身が起債・準備金で直接負担するというより、PFI事業者や指定管理者が運営期間内の収入から費用を回収する設計が中心だ。
背景には、地方財政の制約から自治体が大規模な単独インフラ投資に慎重にならざるを得ない事情と、指定管理・PFIという数年〜十数年単位の契約が、ワナルー市の長期財政計画のような複数年にわたる自治体主導の資本投資計画とは前提を異にするという構造がある。ビジネスの観点では、日本で同種の投資が起きるとすれば、指定管理・PFIの枠組み自体の見直しが先に必要になるだろう。ゴルファーにとっては、公営コースの大規模な設備更新は当面まれな出来事であり続けるとみてよい。
| 項目 | 豪州ワナルー市 | 日本の公営ゴルフ場(例) |
|---|---|---|
| コース保有主体 | 市が土地・施設を保有 | 自治体保有の例はあるが少数派(愛知県有地の森林公園GC、千葉市有の市民GCなど)[7][8] |
| 運営主体 | 民間事業者(Belgravia Leisure)に運営委託 | 指定管理者・PFI事業者に運営委託(構造は類似)[7][8] |
| 大規模改修の資金負担 | 市が準備金+借入で26百万豪ドルを直接投資[1][2] | PFI/指定管理者側が施設整備費を負担する例が中心[7] |
| 投資・契約の計画期間 | 複数年の長期財政計画(Long Term Financial Plan)[4] | 指定管理は数年〜十数年で更新(千葉市民GCは10年)[8] |
英国サリー州で、名門ゴルフクラブの敷地を住宅に転用する構想が相次いで表面化している。ただし両者の性格は違う。サリーナショナルはクラブ自身が開発業者と合意して土地の住宅転用を進めているのに対し、チップステッドでは提案が外部から持ち込まれ、地[…]
若洲ゴルフリンクス——同じ「自治体保有・民間運営」でも資本を出す主体が違う
日本で最も条件が近いのが、東京都が保有する若洲ゴルフリンクスだ。江東区の埋立地に造られた18ホールのシーサイドコースで、都立若洲海浜公園の施設として港湾局が所管している[10]。土地も施設も自治体のもので、運営は民間に委ねる——ここまではワナルー市とまったく同じ構図になる。
違いは、施設を作り替える資本を誰がいつ出すかにある。
東京都は2025年11月25日、2026年度からの指定管理者候補に「若洲シーサイドパークグループ」(代表団体:東京港埠頭株式会社、構成団体:株式会社ティアンドケイ)を決定した。指定期間は2026年4月1日から2031年3月31日までの5年間である[10]。公募だったが、応募は1団体のみだった[10]。
選定の評価項目は「団体の能力等の検証」「海上公園の効用の発揮」「適正な維持管理」「管理運営の効率化」の4つで、配点600点に対し同グループの得点は489点[10]。項目名を並べれば分かるとおり、この選定で問われているのは運営と維持管理の質であって、施設に資本を投じる計画ではない。
提出された事業計画書の中身も、その枠組みに素直に沿っている。ゴルフ場に関する主な打ち手はこうだ[11]。
| 打ち手 | 狙い |
|---|---|
| GPS搭載無人芝刈り機による夜間作業 | 日中の維持管理を効率化し、1日の利用枠を拡大 |
| GPSナビ付乗用カートを全組に提供 | 全組の位置を把握してスタッフを適所に配置、進行を円滑化 |
| スマホ完結の「スマートラウンドEVO」 | 自動チェックイン・スコア保存・キャッシュレス決済 |
| 都民優待デーを週1回開催 | 料金割引で都民の利用機会を拡大 |
| 託児所の設置(東京都と協議) | 子育て世代の利用をサポート |
| 9ホール・薄暮・スループレーの設定 | プレースタイルの選択肢を増やす |
出典: 若洲シーサイドパークグループ事業計画書[11]
いずれも機材とオペレーションの工夫で、既存の器のまま回転数と満足度を上げにいく設計だ。ワナルー市が新しいクラブハウスと44打席の練習場を建てるのとは、投資の階層が違う。施設の修繕についても、計画書は「都民等から修繕の要望が発生した場合は、東京都と連携を図りながら」「東京都と協議の上、安全性や快適性に留意しつつ効果的かつ効率的に復旧修繕します」と記しており、資本の意思決定は都側に残る[11]。
分かれ目は契約の時間軸にある。5年で入れ替わりうる指定管理者に、数十億円を投じる動機は構造上ない。 回収期間が契約期間を超えるからだ。ワナルー市が2,600万豪ドルを出せたのは、市が施設を持ち続ける前提の長期財政計画に投資を載せたからで、運営委託先のBelgravia Leisureが出した金ではない[1][4]。日本で公営コースの大規模更新が起きにくいのは、ゴルフ人気の問題というより、資本を出す主体と契約期間が噛み合っていないことによる。
若洲固有の事情も付け加えておく。埋立地であるため地盤沈下が恒常的な課題で、事業計画書には園路の不陸解消、バンカーの排水不良、土壌固結への対処が繰り返し出てくる[11]。ワナルーが新しい建物を建てる話をしている横で、若洲は沈む地面を直し続けることが維持管理の主戦場になっている。同じ「公営コース」でも、投資の議題そのものが違う。
| 比較項目 | ワナルー市(豪) | 若洲ゴルフリンクス(東京都) |
|---|---|---|
| 施設の保有 | 市 | 東京都(港湾局所管の海上公園)[10] |
| 運営 | Belgravia Leisureに委託 | 指定管理者(若洲シーサイドパークグループ)[10] |
| 契約・計画の期間 | 長期財政計画に基づく複数年[4] | 5年(2026年4月〜2031年3月)[10] |
| 直近の資本投資 | 市が2,600万豪ドルを直接投資[1] | 都との協議事項。指定管理者側は機材・運営の更新が中心[11] |
| 選定時の競争 | — | 公募だが応募1団体[10] |
| 固有の課題 | 施設の老朽化 | 埋立地の地盤沈下[11] |
※「—」は本稿で確認していない項目。
mermaid.initialize({startOnLoad:true}); なぜ不正会計は起きるのか──W社に学ぶガバナンスの本質 なぜ不正会計は起きるのか──W社に学ぶガバナンスの本質 MBA アカウンティング 実践講義ノー[…]
まとめ
ワナルー市の2,600万豪ドル投資が示すのは、ゴルフ場という資産を「稼げるかどうか」だけでなく「地域に何を提供し続けるか」という物差しで評価する、公共セクターならではの意思決定ロジックだ。ゴルフをする読者にとっては、行きつけの公営コースの練習場やクラブハウスが今後どこまで更新されるかは、運営者だけでなく自治体の財政計画そのものに左右されるという見方ができる。ビジネス・IT分野の読者にとっては、民間のROI基準では「売却」に傾きやすい資産でも、公共の便益を根拠に長期保有・再投資を選ぶという意思決定パターンが存在することを押さえておく価値がある。世界各地で公営ゴルフ場の閉鎖と再投資が同時並行で進む中、ワナルー市の判断は今後の分岐点の一つとして注視する価値がある。
よくある質問(FAQ)
Q. なぜワナルー市は赤字覚悟でゴルフ場に投資するのか?
A. 市はCarramar・Marangarooの両コースを、収益施設としてだけでなく「ゴルフコース戦略計画2024-2039」に基づく地域のレクリエーション拠点と位置づけており、投資の目的を黒字化そのものより参加機会や地域とのつながりの維持に置いているためだ[2][3]。
Q. この投資でコースはどう変わるのか?
A. Carramarでは屋根付き練習場やプロショップ改装など1,000万豪ドル規模、Marangarooでは新クラブハウスや2階建て練習場など1,600万豪ドル規模の改修が計画されており、両コースとも工事期間中は営業を続ける[1][3]。
Q. 日本にも同じような公営ゴルフ場はあるのか?
A. 自治体が土地を保有するゴルフ場は存在するが(東京都の若洲ゴルフリンクス、愛知県森林公園ゴルフ場、千葉市民ゴルフ場など)、その多くはPFIや指定管理者制度により民間事業者が運営を担う設計で、自治体自身が数十億円規模の改修を直接主導する例は確認できていない[7][8][10]。
Q. 若洲ゴルフリンクスはワナルー市と何が違うのか?
A. 施設を自治体が持ち運営を民間に委ねる点は同じだが、資本を出す主体と時間軸が違う。若洲の指定管理は5年契約(2026年4月〜2031年3月)で、選定の評価項目も運営と維持管理の質に置かれており、施設の資本更新は東京都との協議事項として残る[10][11]。
出典
[1] https://www.golfindustrycentral.com.au/golf-industry-news/wanneroo-invests-26-million-to-modernize-carramar-and-marangaroo-golf-courses/[2] https://www.wanneroo.wa.gov.au/news/article/1829/course_revamps_to_drive_local_golf_revolution
[3] https://www.wanneroo.wa.gov.au/golfcourseupgrades
[4] https://www.wanneroo.wa.gov.au/news/article/1850/city_adopts_202627_budget_to_support_rapid_growth
[5] https://golfbusinessnews.com/news/property/singapore-faces-golf-course-closure-crisis-as-pressure-for-housing-grows/
[6] https://thegolfbusiness.co.uk/2026/04/60-golf-clubs-in-england-and-wales-have-closed-this-decade-mostly-sold-to-housing-developers/
[7] https://www.pref.aichi.jp/soshiki/rinmu/0000001742.html
[8] https://www.city.chiba.jp/shimin/seikatsubunka/sports/siteikanri-simin-golf.html
[9] https://www.golf-ngk.or.jp/news/
[10] 東京都港湾局「港湾局所管施設の指定管理者候補者の決定について(港湾施設・海上公園・漁港施設・空港)」(令和7年11月25日) https://www.kouwan.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kouwan/251125_1
[11] 若洲シーサイドパークグループ「若洲海浜公園 事業計画書」(東京都港湾局公開) https://www.kouwan.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kouwan/r7jigyokeikaku_wakasu
[12] 若洲ゴルフリンクス公式サイト https://wakasu.golftk.com/


