
米国のワイヤレス給電企業WiTricity(ワイトリシティ、磁気共鳴方式で非接触の電力伝送を手がける企業)が2026年2月、電源プラグを一切使わないゴルフカート専用の充電パッド「MR/1」の新モデルを発表した[1][2]。カート側に受電ユニットを取り付ければ、あとは充電パッドの上に駐車するだけで自動的に充電が始まる仕組みだ。ほぼ同時期の2026年4月には、英国のEV充電インフラ事業者Green Turtle Energy(グリーン・タートル・エナジー)が、ゴルフクラブ向けに設置費用も月額費用もゼロで充電器を導入できるモデルを打ち出した[6]。プラグの抜き差しをなくす「ワイヤレス給電」(非接触で電力を送る技術)と、コース側の初期投資をゼロにする「EV充電インフラ」の資金調達モデルが、同じ年に別々の大陸から相次いで出てきた形だ。背景には、ゴルフカートの電動化とEV充電インフラ投資の広がりがある。
ゴルフをする側にとっての変化は分かりやすい。ラウンド中にカートの充電が切れる、充電ケーブルが足に引っかかる、といった小さなストレスが減り、コースは常に「充電済みのカート」を用意しやすくなる。ビジネス・IT側の読者にとっての論点はもう一段深い。18ホールのラウンドは一般に4時間前後かかる——この「滞在時間の長さ」そのものを充電インフラ投資の合理性の根拠にする発想が、両社の動きに共通している。本稿では技術の仕組み、投資ロジック、資金調達モデルの3点からこの動きを整理する。
ワイヤレス充電はプラグイン充電と何が違うのか
ワイヤレス充電とは、電磁誘導や磁気共鳴によって、ケーブルを接続せずに電力を伝送する技術のことだ。WiTricityのMR/1は、床に置く「パワーハブ」(送電パッド)とカート側に取り付ける「レシーバー」(受電ユニット)の間で、2〜5インチ(約5〜13cm)の空隙を挟んで電力を送る[4]。カートがパッドの真上に駐車すると送受電のコイルが磁気的に結合し、人の操作なしで充電が始まる。バッテリーが満充電になれば自動で停止し、電気料金が安い時間帯だけ充電するようスケジュール設定することもできる[1]。

ラインアップは2種類あり、900Wの業務用モデルに加え、2026年2月には価格を抑えた600Wモデルが追加された。600Wモデルの価格は1,625ドル(約25万2000円。1ドル=155円換算)で、900Wモデルの半額に設定されている[2][3]。レシーバーの後付け取り付けには約30分かかり、リチウムイオン・鉛蓄電池のどちらのカートにも対応する[1][3]。
充電時間はプラグ式より劇的に速いわけではないが遜色ない水準だ。WiTricity公式の充電時間計算ツールによれば、7kWhバッテリーを20%から80%まで充電する場合、標準的なOEM有線充電器(13A)は7〜8時間、上位モデル(17〜19A)でも5〜5.5時間かかるのに対し、MR/1 900Wは約4.6時間で完了する[5]。ケーブルの抜き差しという作業自体をなくしながら、速度でもリチウム対応の上位有線充電器に匹敵する、という位置付けになる。


充電インフラ投資の論理をモビリティ×エネルギーという広い枠組みで捉え直したい読者向け。
なぜゴルフ場は「滞在時間」を充電インフラの収益源にできるのか
滞在時間インフラ投資とは、利用者がその場に留まる時間の長さを、充電のように時間のかかるサービスを提供する機会として捉える投資の考え方のことだ。一般的なEV充電インフラの投資判断では、利用者の滞在時間の短さが制約になりやすい。ガソリンスタンドの給油は数分、コンビニや商業施設の駐車場でも数十分程度で、この短い時間内に充電を終えようとすると高出力・高コストの急速充電器が必要になる。
ゴルフ場はこの制約が逆転する稀な立地だ。ラウンド中の4時間前後、カートはコース上にあり、プレーヤーは充電状況を気にする必要がない。低出力で安価な充電器でも、時間さえかければ確実に満充電にできる。Green Turtle Energyが「ゴルフクラブは長い滞在時間と安定した会員基盤を持ち、EV充電に最適な立地」とコメントしているのは、まさにこの論理だ[6]。WiTricityが600Wという低出力モデルをあえて追加した判断も同じ発想で説明できる。滞在時間が長いゴルフ場や高齢者施設向けの市場では、充電速度より初期費用の低さと信頼性が優先される[2]。

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初期投資ゼロの充電インフラモデルはコース運営者の何を変えるのか
ゼロ初期投資モデルとは、充電器の設置・維持費用を事業者側が全額負担し、コース側は利用料収入や広告収入の一部を受け取る形で対価を得る仕組みのことだ。Green Turtle Energyの英国向けプランでは、ゴルフクラブは充電器の設置費も月額利用料も一切負担しない。同社が充電器本体の調達・設置・保守を担い、収益は利用者が支払う充電料金と、充電器に組み込んだデジタル広告画面の2系統から得る[6]。クラブ側にとっては、自己資金を投じずに「EV対応」という会員向けアメニティと収益源を同時に手に入れられる計算になる。
この設計は、コース運営者の資本配分の考え方を変える。自前で充電器を設置する従来型(capex、資本的支出によるインフラ投資)では、初期費用の回収年数や保守負担を運営者自身が見積もる必要があった。ゼロ初期投資モデルでは、その見積もりごと外部の充電インフラ事業者に移し、運営者はコースという「場所」と「滞在時間」だけを提供する側に回る。
| 項目 | 自己資金設置(capex型) | ゼロ初期投資モデル |
|---|---|---|
| 初期費用 | コース運営者が負担 | 事業者側が負担、運営者は0円 |
| 月額費用 | 保守費用など運営者負担 | 0円(Green Turtle Energyの場合)[6] |
| 収益の帰属 | 充電料金は運営者に帰属 | 充電料金+広告収入を事業者と分配 |
| 契約期間・分配率 | 運営者が自由に設定 | — |
※「—」は本稿で確認していない項目、「非公表」は公開されていない項目。

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日本のゴルフ場で電動カートのワイヤレス充電は導入されているのか
結論から言えば、日本のゴルフ場で電動カートのワイヤレス充電が商用導入された例は確認できない。ただし、EVのワイヤレス給電そのものへの取り組みは進んでおり、ゴルフ場のEV充電インフラでは「初期投資ゼロ」型のサービスがすでに存在する。
2024年6月、関西電力・ダイヘン・シナネン・三菱総合研究所・WiTricity Japanの5社が幹事会員となり「EVワイヤレス給電協議会」が発足した[7]。本田技研工業やマツダ、三菱自動車工業といった自動車メーカーを含む正会員には、ゴルフ場向けにEV充電器を展開するTerra Charge株式会社も名を連ねる[7]。ワイヤレス給電の当事者であるWiTricity Japanと、日本のゴルフ場に充電器を設置してきたTerra Chargeが、同じ協議会の中で顔を合わせている形だ。
Terra Chargeは2023年、国内最多の171コースを運営するアコーディア・ゴルフの151施設(ゴルフ場144・練習場7)にEV充電器の導入を決定しており、その際も「滞在時間が長い」ことを設置理由に挙げていた[10]。東急リゾーツ&ステイ運営の10施設への導入でも、利用者は1時間400円(税込)を支払う形で、施設側の設置・運営費は無料とされている[9]。ただしこれらは会員・来場者の自家用EV向けの有線充電器で、ゴルフカート自体をワイヤレス充電する用途ではない。ENECHANGEも「設置費用・月額利用料すべて0円」のプランをゴルフ場向けに展開しているが、対象はやはり自家用EVだ[8]。
日本と欧米の違いは、電力インフラや料金体系よりもカートの動力方式にある。日本のゴルフ場では乗用カートが主流だが、その多くはヤマハ発動機などによる電磁誘導式・自走式カートで、床に置くだけで充電できるワイヤレス方式を前提にした設計にはなっていない。ビジネス的には、EVワイヤレス給電協議会にWiTricity Japanが加わっている以上、技術・制度面の土壌はすでにあり、カート向けワイヤレス充電への応用は「参入待ち」の空白領域と見ることができる。ゴルファーにとっては、当面はカートの充電方式が変わる予定はなく、変化があるとすれば自家用EV向けの充電器の方が先になりそうだ。
| 項目 | 米国・英国 | 日本 |
|---|---|---|
| カート向けワイヤレス充電 | 商用モデルあり(WiTricity MR/1)[1][2] | 商用導入例なし |
| ゴルフ場のEV充電ゼロ初期投資モデル | あり(Green Turtle Energy、英)[6] | あり(ENECHANGE等、自家用EV向け)[8] |
| ワイヤレス給電の産学官連携 | — | あり(EVワイヤレス給電協議会、2024年発足)[7] |
| 主流カートの動力方式 | ガソリン・電動(各種) | 電磁誘導式・自走式が中心 |
※「—」は本稿で確認していない項目、「非公表」は公開されていない項目。
そもそも日本に「対応する車」は何台走っているのか
ここまでの話は、対応する車両が一定数あることを前提にしている。日本の実数を見ると、その前提はまだ薄い。
まず乗用車側から。日本で市販される乗用EVに、ワイヤレス給電を標準搭載した例は公開情報では確認できない。 EVワイヤレス給電協議会が発足したのは2024年6月で[7]、同協議会は停車中給電(SWPT)の社会実装を「必要な通過点」と位置づけている段階にある[11]。つまり現時点で日本の道を走っている乗用車のうち、パッドの上に停めるだけで充電できる車は事実上ゼロである。
では、プラグ式でよいので充電器を使えるEVそのものは何台あるのか。
| 指標 | 実数 | 全体に占める割合 |
|---|---|---|
| BEV新車販売(2025年) | 60,677台 | 乗用車販売の1.58%[12] |
| BEV保有(2024年度末) | 358,262台 | — |
| PHEV保有(同) | 287,352台 | — |
| FCV保有(同) | 8,289台 | — |
| 参考: 日本の自動車保有台数(2026年5月末) | 83,001,877台 | — |
出典: BEV等の保有は次世代自動車振興センター[13]、販売はJADA・全軽自動車協会連合会集計[12]、保有総数は自動車検査登録情報協会[14]。「—」は本稿で計算していない項目。
BEVの保有358,262台は、日本の自動車保有台数8,300万台に対して0.4%程度にとどまる。PHEVとFCVを足しても65万台で1%に届かない。ゴルフ場の駐車場に充電器を置いても、来場者の車の100台に1台も対象にならない計算になる。
この数字は、日本で「ゼロ初期投資モデル」が先に広がっている理由を説明する。0.4%の車のために自己資金で充電器を置く判断は、コース運営者にとって合理的にならない。だからENECHANGEやTerra Chargeのように、費用を事業者側が全額負担して場所だけを先に押さえるモデルが入り口になる[8][10]。逆に言えば、コース側が自腹で設置する段階に入ったかどうかが、日本のEV普及が実需に変わったかを測る目安になる。
カート側の数字も付け加えておく。ヤマハ発動機が1996年に投入した電磁誘導モデルは、地中に埋めた誘導線の磁力線をセンサーが感知して設定ルートを走る仕組みで、累計生産は100万台を超える[15]。ただしこの「電磁誘導」は走行の案内方式であって、給電方式ではない。 ワイヤレス給電にも電磁誘導方式があるため紛らわしいが、日本の主流カートは自動走行が電磁誘導、充電はプラグ式という組み合わせになっている。カートを非接触充電に置き換えるには、走行案内とは別に受電ユニットの後付けが要る。
まとめ
ワイヤレス充電パッドとゼロ初期投資モデルは、それぞれ別の課題(充電の手間、設置費用)を解決する技術だが、根っこにある発想は同じだ。ゴルフ場が持つ「4時間の滞在」という当たり前の事実を、充電というサービスを届けるための資産として捉え直している。ゴルファーにとっては、カートの充電を気にせずラウンドに集中できる環境が少しずつ整っていく話であり、ビジネス・IT側の読者にとっては、顧客の滞在時間そのものをインフラ投資の根拠にできないか、という視点を自分の業界に持ち帰る材料になる。日本ではまだカート向けワイヤレス充電の実例はないが、協議会や充電インフラ事業者の顔ぶれを見る限り、技術と資本の土台はすでに用意されつつある。
よくある質問(FAQ)
Q. ワイヤレス充電は普通のプラグイン充電と何が違うのか。
A. ケーブルを接続する代わりに、床に置いた充電パッドの上にカートを駐車するだけで、磁気的な結合により自動的に充電が始まる点が異なる[1][4]。
Q. 導入コストはどれくらいかかるのか。
A. WiTricityのMR/1は600Wモデルが1,625ドル(約25万2000円)で、900Wモデルはその倍額程度とされる[2][3]。設置費用そのものを事業者が負担するGreen Turtle Energyのようなゼロ初期投資モデルも登場している[6]。
Q. 日本のゴルフ場に導入される見込みはあるのか。
A. 現時点で商用導入の発表はないが、WiTricity Japanが参加する「EVワイヤレス給電協議会」や、ゴルフ場向けEV充電器の実績を持つ事業者はすでに存在しており、技術・制度の土台はある[7][10]。
Q. 日本にワイヤレス充電できる車は何台あるのか。
A. 市販の乗用EVでワイヤレス給電を標準搭載した例は公開情報では確認できない。プラグ式を含むBEVの保有台数でも358,262台(2024年度末)で、日本の自動車保有8,300万台の0.4%程度にとどまる[13][14]。
出典
[1] https://electrek.co/2026/02/14/witricity-brings-wireless-ev-charging-to-the-golf-course/[2] https://www.witricity.com/blogs/mr1-600-feb-26.php
[3] https://chargedevs.com/newswire/witricity-launches-600-w-wireless-charger-for-golf-carts/
[4] https://witricity.com/golfcarts/solutions
[5] https://www.witricity.com/charge-time-calculator.php
[6] https://golfbusinessnews.com/news/environment-and-sustainainability/green-turtle-energy-launches-ev-charging-solution-tailored-for-uk-golf-clubs/
[7] https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2024/pdf/20240610_1j.pdf
[8] https://ev-charge-enechange.jp/service/golf/
[9] https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000225.000075648.html
[10] https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000093.000075648.html
[11] EVワイヤレス給電協議会「EVワイヤレス給電とは」 https://wireless-ev.org/ev-wireless/
[12] EVsmartブログ「日本国内における電気自動車販売シェア」(JADA・全国軽自動車協会連合会の燃料別販売台数を集計) https://blog.evsmart.net/t/electric-vehicle-sales-in-japan/690
[13] 次世代自動車振興センター「EV等 保有台数統計」 https://www.cev-pc.or.jp/tokei/hoyuudaisu.html
[14] 自動車検査登録情報協会「自動車保有台数」 https://www.airia.or.jp/publish/statistics/number.html
[15] ヤマハ発動機「電磁誘導式とは」 https://www.yamaha-motor.co.jp/golfcar/technology/self-driving.html

