
2026年4月、アイルランドの首都ダブリン近郊にあるダンレアリー・ラスダウン(Dún Laoghaire-Rathdown)自治体議会が、与野党を問わず全会派一致である提案を否決した。対象はステップサイド・ゴルフセンター(練習場と18ホールのパー3コース)と、隣接するジェームズタウン・ピッチ&パットコースの2施設。議会執行部が示していたのは、この土地を将来の住宅供給候補地として「用途地域(ゾーニング。土地の使い道をあらかじめ地域ごとに定める制度)」に位置づける提案だった。隣国イギリスでは近年、財政難のゴルフクラブが自治体の審査を経て住宅地に「再開発(既存の施設を壊して別用途に建て替えること)」される事例が相次いでいる。地理的に近く英語圏という共通点を持ちながらも、アイルランドとイギリスは別の国・別の制度であり、今回アイルランド側は逆方向の判断を下した。この施設を使う会員・利用者にとっては、通い慣れたコースが再開発を免れて存続する話になる。一方でビジネス・自治体運営に関心がある読者にとっては、再開発による増収機会よりも緑地としての価値を選ぶ自治体判断がどんな条件で生まれるのかという、土地利用の意思決定の分かれ目を考える材料になる。本稿では英国で進む転用の流れと対比しながら、この否決を分けた要因を整理する。
英国で加速するゴルフ場の住宅転用、なぜ止まらないのか
英国のゴルフクラブは今、住宅需要の圧力に直面している。イングランドとウェールズのゴルフクラブ数は2020年3月の1,870から2025年3月には1,810まで減り、この5年で60クラブが姿を消した。多くは住宅開発業者への売却が理由とされる[4]。ゴルフ経営コンサルティングのカスタディアン・ゴルフによると、現存クラブのおよそ5分の1にあたる約433クラブが「財務的に脆弱」とされ、追加投資の余力を欠いたまま閉鎖・売却のリスクにさらされている[4]。
背景には英国政府が掲げる5年で150万戸という住宅供給目標がある。自治体は地域ごとに供給戸数を割り当てられ、宅地に転用できる土地を探す圧力に常時さらされている。サリー州では、外部の開発業者が持ち込んだチップステッドゴルフクラブの転用案(最大300戸、敷地25ヘクタール=東京ドーム約5個分)と、クラブ自身が開発業者と合意したサリーナショナルゴルフクラブの案(最大1,200戸、敷地200エーカー超)が同時に進行中だ[3]。チップステッドでは事前協議に寄せられた約150件の意見のうち147件が反対だったが、それでも計画は止まっていない[3]。コース側の経営環境も厳しさを増している。芝の維持費・保険料・人件費は右肩上がりで推移する一方、会員数は増減を繰り返す。収益性が落ちた資産ほど、住宅需要が旺盛な開発業者にとって魅力的な買収対象に映る[3]。こうした圧力の中で自治体が土地を差し出す判断をするのか、それとも食い止めるのかが、次章で見るアイルランドの事例の争点になる。

本稿で扱う用途変更や開発許可の仕組みを一般読者向けに整理しており、地方議会の土地利用判断を理解する土台になる。
ダンレアリー・ラスダウン議会は何を、なぜ否決したのか
今回否決されたのは、ステップサイド・ゴルフセンターとジェームズタウン・ピッチ&パットを「長期的な戦略的居住候補地」として次期都市計画に位置づける提案だった[1]。これは即時の用途変更ではなく、将来の開発候補地リストに加えるかどうかの判断にとどまる。それでも議会は与野党を問わずこれに反対した。
提案の出どころは議会自身の執行部だった。チーフ・エグゼクティブのフランク・カラン氏は、住宅相ジェームズ・ブラウン氏からの指示(住宅危機に対応するため自治体に追加の宅地候補を求める指示)を受け、この2施設を候補地に加えるよう議員に勧告していた[2]。ダンレアリー・ラスダウンは2030年までに23,112戸の新規住宅を供給する目標を掲げており、既存の造成済み用地だけでは2,043戸分が不足すると見積もられていた[2]。
この勧告に対しては700件を超える意見が寄せられ、うち約6割が反対だった[2]。フィンゲール(Fine Gael)所属のピアース・ダーガン議員は「この素晴らしい公共のアメニティ(住民が利用できる公共施設・環境)を守るべきだ」と述べ、施設所有者が家族経営を続けたいとしている意向が損なわれると訴えた[1]。労働党のレティ・マッカーシー議員は「ダブリン山地の手つかずの土地への侵入を許さないでほしい」とし、学校・保育施設・下水・上水・自転車道・公共交通・公園がいずれも不足した地域での大規模開発に懸念を示した[1]。最終的に与野党すべての会派が反対に回り、提案は否決された[1]。

長野県木曽町で2026年8月7日、中部電力の完全子会社が旧ゴルフ場跡地に出力21,000kWのメガソーラーを着工した[1]。一方の北海道大空町では、外国資本の会社が取得した女満別ゴルフコースのメガソーラー転用計画に対し、2025年から町議[…]
住宅化が通る自治体と通らない自治体、何が分かれ目か
同じように地元の反対が強くても、結果が分かれるのはなぜか。サリー州のチップステッドでは147件の反対意見があっても計画は事前協議の段階を通過した。ダンレアリー・ラスダウンでは、6割の反対意見に加えて、選挙で選ばれた与野党の議員自身が反対に回ったことが分かれ目になった。英国の事例では最終的な可否判断がまだ自治体職員による技術的審査の段階にあるのに対し、今回のアイルランドの案件は議員本人が票を投じる議案だった点が大きい[1][3]。
もう一つの違いは提案の出どころだ。サリー州の2件はいずれも開発業者またはクラブ自身が起点になっている。ダンレアリー・ラスダウンは自治体の執行部が住宅相の指示を受けて用意した「官製」の候補地案だった。官製の提案は住民代表である議員の直接審査を早い段階で経るため、政治的な逆風をまとめて受けやすいとも言える。
| 項目 | ダンレアリー・ラスダウン | チップステッドGC(英サリー州) |
|---|---|---|
| 結果 | 用途変更を否決(全会派) | 事前協議を通過、審査継続中 |
| 提案の起点 | 自治体執行部(住宅相の指示) | 外部の開発業者(Taylor Wimpey) |
| 計画戸数 | — | 最大300戸 |
| 敷地面積 | — | 25ヘクタール(東京ドーム約5個分) |
| 反対意見 | 提出意見の約6割(700件超中) | 150件中147件 |
※「—」は本稿で確認していない項目、「非公表」は公開されていない項目。
戸数や敷地面積を早い段階で開示するかどうかも、案件ごとに差がある。ダンレアリー・ラスダウンの案は具体的な戸数を示さない「将来候補地」の位置づけにとどまっていたため、反対する側も抽象的な「宅地化への一歩」という論点で争うしかなかった。それでも議員たちは、具体的な戸数が示される前の段階で反対の意思をまとめた。

英国サリー州で、名門ゴルフクラブの敷地を住宅に転用する構想が相次いで表面化している。ただし両者の性格は違う。サリーナショナルはクラブ自身が開発業者と合意して土地の住宅転用を進めているのに対し、チップステッドでは提案が外部から持ち込まれ、地[…]
日本でゴルフ場が住宅地に転用されることはあるのか
結論から言えば、日本でゴルフ場用地がそのまま住宅地に転用される例はほとんどない。閉鎖・売却されたゴルフ場の多くは、太陽光発電用地や物流施設に姿を変えている。栃木県の矢板カントリークラブは2027年12月の閉鎖後、太陽光発電事業者への譲渡が決まっている[7]。東京都昭島市の「昭和の森ゴルフコース」(約56万平方メートル)も2021年に売却されたが、報じられている転用先は住宅地ではなく物流施設だ[6]。
背景には規制の非対称性がある。日本のゴルフ場の多くは市街化調整区域(都市の無秩序な拡大を防ぐため、住宅など一般建築物の新築が原則認められない区域)に立地する[5]。この区域では住宅を新築すること自体が原則できないため、ゴルフ場を住宅地に変えるには市街化区域への編入という高いハードルを越えなければならない。一方、太陽光発電設備は建築物や特定工作物に該当しない場合、同じ区域内でも開発許可を必要とせず設置できる[8]。そのため閉鎖後の土地は、住宅地化より太陽光への転用のほうが現実的な選択肢になりやすい。
| 項目 | 英国・アイルランド | 日本 |
|---|---|---|
| 転用の主な行き先 | 住宅地 | 太陽光発電・物流施設 |
| 決定の主体 | 自治体議会・クラブ理事会 | 土地所有者(事業者)+各種許可 |
| 立地する区域の性格 | 用途地域は住宅転用に開かれている | 市街化調整区域は住宅新築を原則制限 |
ビジネス側にとっては、日本の遊休ゴルフ場資産は住宅地より太陽光・物流で現金化される可能性が高いという含意がある。ゴルファー側にとっては、コースが消える主因が英国型の住宅需要ではなく、区域指定という制度上の壁である点が手がかりになる。

まとめ
ダンレアリー・ラスダウンの議員たちは、住宅相の指示という上からの圧力があっても、具体的な戸数が示される前の段階で反対の意思を固めた。英国のチップステッドやサリーナショナルでは同程度、あるいはそれ以上の反対があっても計画は前に進んでいる。この差を分けたのは、提案の出どころが「官製」か「業者・クラブ発」かという違いと、最終判断が議員自身の投票に委ねられたかどうかだった。この施設を使う会員・利用者にとっては、通い慣れたコースが今回は再開発を免れて残った。ビジネス側にとっては、再開発による増収機会よりも緑地としての価値を選ぶ自治体判断が、どんな条件で生まれるのかを示す一例として読める。土地利用の意思決定は、反対意見の多寡だけでなく、誰が提案し、誰が最終的に票を投じるのかという制度設計そのものに左右される。
よくある質問(FAQ)
Q. なぜダンレアリー・ラスダウン議会は住宅化を否決したのか?
A. 住宅相の指示を受けた自治体執行部の勧告に対し、寄せられた700件超の意見のうち約6割が反対し、与野党の議員がそろって反対票を投じたためだ[1][2]。
Q. イギリスとアイルランドで対応が違うのはなぜか?
A. 英国サリー州の事例は開発業者やクラブ自身が起点となり、自治体職員の技術審査の段階で計画が進んでいるのに対し、今回のアイルランドの案件は自治体執行部発の提案を議員本人が投票で判断する仕組みだった点が大きい[1][3]。
Q. 日本でもゴルフ場の住宅転用は起きているのか?
A. ほとんど起きていない。日本のゴルフ場の多くが立地する市街化調整区域では住宅の新築が原則制限されており、閉鎖後は太陽光発電や物流施設に転用される例の方が目立つ[5][6][7]。
出典
[1] The Irish Times「Dún Laoghaire-Rathdown golf lands will not be zoned for housing after councillors’ vote」 https://www.irishtimes.com/ireland/dublin/2026/04/26/dun-laoghaire-rathdown-councillors-save-golf-lands-from-housing/[2] The Irish Times「Dún Laoghaire-Rathdown councillors urged to back housing plan for golf lands despite local opposition」 https://www.irishtimes.com/ireland/housing-planning/2026/04/08/dun-laoghaire-council-chief-recommends-future-housing-designation-for-golf-lands/
[3] The Golf Business「Two Surrey golf clubs face closure – both to be converted into hundreds of homes」 https://thegolfbusiness.co.uk/2026/08/two-surrey-golf-clubs-face-closure-both-to-be-converted-into-hundreds-of-homes/
[4] The Golf Business「60 golf clubs in England and Wales have closed this decade – mostly sold to housing developers」 https://thegolfbusiness.co.uk/2026/04/60-golf-clubs-in-england-and-wales-have-closed-this-decade-mostly-sold-to-housing-developers/
[5] 兵庫県「市街化調整区域における住宅の建築許可等について(住宅に係る許可基準)」 https://web.pref.hyogo.lg.jp/ks29/kaihatsu_tyousei_juutaku.html
[6] 東洋経済オンライン「「ゴルフ場」用地が高値で売れまくる意外な理由 市場縮小は問題なし、100億円超の取引も続々」 https://toyokeizai.net/articles/-/576293
[7] Yahoo!ニュース(みんなのゴルフダイジェスト)「再燃するゴルフ場のメガソーラー転用。開場50年超の矢板CC閉鎖と北関東の厳しい現状」 https://news.yahoo.co.jp/articles/de3dd5bcee299708de7f09ec9f076c1ff9c826ea
[8] 福岡市「太陽光発電設備を設置する場合に開発許可は必要か。(都市計画法第4条第12項)」 https://www.city.fukuoka.lg.jp/jutaku-toshi/morido/qa/FAQ_photovoltaics.html

