
前回の記事(異文化マネジメント⑩)では、「譲れない価値」と「適応すべき領域」の線引き──ガードレールの設計について書きました。
今回はシリーズ最終盤。ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)が、企業にとってなぜ不可欠なのか──「きれいごと」ではなく「経営システム」としてのD&Iについて考えます。
「D&I = 女性活躍推進」ではない
日本で「ダイバーシティ」と聞くと、「女性の管理職登用」「障がい者雇用」「LGBT対応」がまず浮かぶのではないでしょうか。
もちろんそれらは重要なテーマです。しかし授業で扱ったケースは、D&Iが事業の存続そのものに直結するという、もっと根本的な話でした。
正直に言うと、授業を受ける前の私も「D&I=社会的に正しいことをやる」というイメージが強かったのです。もちろんそれ自体は間違っていません。しかし、ケースを読み、議論を重ねる中で、D&Iの本質は「正しいからやる」ではなく「やらなければ事業が成り立たないからやる」という、もっと切実なものだと理解しました。この認識の転換は、私にとって大きな気づきでした。
D&Iがなければ事業が成り立たない
授業で取り上げたのは、世界規模で事業を展開するエネルギー企業のケースでした。この企業にとってD&Iは4つの意味で経営の根幹でした。
①営業許可としてのD&I
エネルギー産業は国家主権と政治リスクが極めて強い領域です。各国政府が求める現地化要件──「管理職の一定割合を現地人にする」「民族構成に配慮する」──を満たさなければ、そもそも事業を始めることすらできません。人事責任者が「ある国に投資するのに、その国の国籍を持つ社員がゼロでは意味がない」と語っていたように、D&Iは単なる道徳ではなく、資源へのアクセス権を確保するための必須要件でした。
授業のディスカッションで印象的だったのは、「営業許可としてのD&I」という視点に対して、「それは本当のD&Iと言えるのか」という問いが出たことです。外部から強制されて多様性を確保するのと、自発的に価値として取り組むのとでは、意味が異なるのではないか。しかし議論の中で、「きっかけが外圧であっても、それが組織の中に浸透し、内面化されていけば、真のD&Iになり得る」という見方が共有されました。重要なのは出発点ではなく、その後のプロセスなのです。
②20年先の人材パイプライン
この業界では専門技術者の育成に10〜15年を要します。「20年後に必要な人材を、いま大学で採用しなければならない」という環境で、女性や特定国籍を排除して採用する余裕はありません。D&Iは将来の生産能力を確保するための長期投資でした。
IT業界で28年間働いてきた私にとって、この「人材パイプライン」の話は強く響きました。ITインフラの世界でも、ネットワークエンジニアやセキュリティスペシャリストの育成には長い時間がかかります。しかし、採用の段階で「この属性の人は向いていないだろう」「この分野は男性が多いから」と無意識に排除してしまうことで、将来のパイプラインを自ら細くしてしまう。私自身、1997年にIT業界に入ったとき、女性のインフラエンジニアは極めて少数派でした。「女性には向かない仕事」という根拠のない先入観が、業界全体の人材プールを長年にわたって不必要に狭めていたのです。
③安全とオペレーション効率
現場で最も重要なのは安全です。同質的な集団ほど規律が緩みやすく、重大事故のリスクが高まる。「女性が1人加わった瞬間に現場の安全性が変わる」──上流部門トップのこの発言は、多様性が現場の緊張感を生み、行動規範を強化する実務的な効果を持つことを示していました。
この「同質的な集団の規律の緩み」は、IT運用の現場でも思い当たります。同じメンバーが同じ手順で同じ作業を繰り返すうちに、チェックが形骸化し、「前回も大丈夫だったから今回も大丈夫だろう」という慢心が生まれる。新しい視点を持つメンバーが加わることで、「なぜこの手順なのか」「このリスクは本当にカバーされているか」という問いが生まれ直す。多様性は、組織の「自浄作用」を活性化させるのです。
④成長市場への適応力
成長市場がアジア・中東にシフトする中、意思決定層が同質的では市場の変化を読み違える。多様性を欠いた組織は、市場そのものの多様化についていけないのです。意思決定の場に多様な視点がなければ、同質的な思考が「正しい」という確信を強め、市場の変化を見逃してしまう。Day2で学んだ「文化的クルーズコントロール」が、組織レベルで作動している状態とも言えます。
私の勤務先でも、インドの親会社が主導する成長戦略はアジア太平洋地域にフォーカスしています。その中で日本法人の役割を考えるとき、「日本市場の特殊性」だけを主張していては通用しない。アジア全体の多様な市場を理解し、その中での日本の位置づけを説明できる人材が求められています。それは、自組織内に多様な視点を持つメンバーがいなければ、到底できないことです。
制度は進んでいた。でも権力構造は変わらなかった
この企業のD&I制度は、世界的に見ても先進的でした。採用時の多様性確保ルール、目標設定、メンタリング、社員調査──仕組みは完備されていました。
しかし、2009年に危機が訪れたとき、経営トップチームの再編で起きたことは──白人男性中心の同質的構成への回帰でした。
「候補者がいなかった」とトップは語りましたが、それは制度の問題というよりパイプラインの構造的欠陥でした。女性や非欧米出身者は現場に近い領域では増えていたものの、CEOルートである中枢部門にはほとんど存在していなかった。
授業の中で講師が指摘していたのは、「パイプラインの欠陥は偶然ではなく、構造的に作られたもの」だということです。中枢部門への登用基準、異動パターン、メンターの選定──これらの仕組みが、無意識のうちに特定の属性の人材を排除していた。「開かれた門」のように見えて、実は「見えない壁」があった。これは制度上は平等でも、運用が同質的再生産を促していたケースです。
つまり、制度は現場を変えたが、権力構造は変わっていなかったのです。現場にはD&Iを求めるが、経営層自身は多様にならなくてよい──この矛盾こそが、このケースの本質的な課題でした。Day3で学んだパブリックイメージの概念がここでも当てはまります。この企業は「D&Iを重視する先進的な企業」というパブリックイメージを持ちたかった。しかし、危機のときに本性が出た。パブリックイメージと実態の乖離が、組織レベルでも起きていたのです。
この話を聞いたとき、自分の組織のことが頭をよぎりました。インドの親会社はグローバルにD&Iを推進していますが、日本法人の経営層はどうか。形式的には多様性が確保されているように見えても、実質的な意思決定がどのように行われているかは、別の問題です。制度があることと、その制度が権力構造を本当に変えているかは、全く別の話なのだと、ケースから改めて教えられました。私たちの日常でも「制度はある。でも実態は?」と問い直す視点が必要です。
D&Iは「価値観」として内面化されていたか
ここに、授業を通じて最も考えさせられた問いがあります。
D&Iを「経営戦略」として理解することと、「企業の価値観」として内面化することは、別の話ではないか。
この企業は、D&Iを戦略上の必然として導入しました。だからこそ現場では真剣に取り組まれた。しかし、経営層自身は「自分たちが多様になる必要性」までは理解していなかった。
結果として、平時にはD&Iが機能するが、危機になると元の均質構造に戻ってしまう。D&Iの本質を理解したのは現場であって、経営トップではなかった──これが、制度と権力構造の乖離の正体でした。
あなたの組織ではどうでしょうか。D&Iの取り組みは「やらなければいけないこと」として実施されているのか、それとも「自分たちの価値観」として内面化されているのか。その違いは、平時には見えません。しかし危機的状況──予算削減、人員整理、組織再編──のときに、はっきりと表面化します。危機のとき、最初に切り捨てられるのが多様性への投資だとしたら、それは内面化されていなかったということです。
授業の最後に講師が投げかけた問いが忘れられません。「D&Iは目的か、手段か」。多くの企業はD&Iを「経営目標を達成するための手段」として導入しています。それ自体は間違いではない。しかし、手段であるうちは、目的が変われば手放されてしまう。D&Iが企業のDNAとして残るのは、それが「私たちはこういう組織でありたい」という目的そのものになったときだけです。私の勤務先がどちらの段階にあるのか──正直に言えば、まだ「手段」の段階だと感じています。しかしその認識を持てたこと自体が、授業の成果だったと思います。「手段」であることを自覚できていれば、「目的」に向かって進むことができる。自覚がないまま「うちはD&Iに取り組んでいます」と言うよりも、よほど誠実な出発点だと考えています。
学びを深めるおすすめの本
D&I経営の全体像を掴むなら
荒金雅子著『ダイバーシティ&インクルージョン経営──これからの経営戦略と働き方』(日本規格協会)
D&Iの全体像と分類、具体的な事例を挙げながら、「何をすべきか」を簡潔に整理した一冊。アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)トレーニングなど、実践的な施策も紹介されています。
→ 次回【異文化マネジメント⑫(最終回)】では、全6回の学びを振り返りながら、異文化の壁は「隣の席にも、自分の中にもある」という話で締めくくります。
