
前回の記事(異文化マネジメント⑪)では、D&Iが「きれいごと」ではなく経営システムそのものであることを書きました。
最終回の今回は、全6回の授業を振り返りながら、異文化マネジメントの学びが自分自身の仕事や内面にどうつながったかを書きます。
6回の授業で学んだこと
まず、シリーズ全体を振り返ります。
| 回 | テーマ | 私の中に残った学び |
|---|---|---|
| Day1 | マインドフルネス | 正義は多様。見えないもの(文脈)を見る力 |
| Day2 | 文化的知性(CQ) | 優秀さは免罪符にならない。行動を調整する力 |
| Day3 | 多文化チームとパブリックイメージ | 一番の壁は自分の中にある。「認められたい」自分 |
| Day4 | M&Aと異文化統合 | 会社観の違い。文化を学び合うリーダーシップ |
| Day5 | グローバルガバナンス | 過剰適応の罠。譲れない価値のガードレール設計 |
| Day6 | D&Iの経営的意義 | 制度と権力構造の乖離。D&Iは価値観として内面化すべき |
こうして並べると、授業は「個人の内面」から「チーム」へ、「組織」へ、「グローバル社会」へと段階的に視野を広げる構成になっていたことがわかります。
しかし、ただ視野が広がっただけではありませんでした。最終回を終えたとき、私が最も強く感じたのは、「すべてのテーマが自分自身に還ってくる」ということでした。マインドフルネスも、CQも、パブリックイメージも、M&Aの統合も、ガバナンスも、D&Iも──最終的に問われているのは「自分はどう行動するか」という、極めて個人的な問いでした。
自分の職場で起きていたこと
授業の学びが最も鋭く刺さったのは、自分自身の職場を振り返ったときでした。
買収から10年で変わった自組織
私の会社は、もともと日本の商社の100%子会社でした。米国系IT企業への一部売却を経て、10年前にインドの企業に買収され、現在はインド本社が3分の2、日本の商社が3分の1という資本構成になっています。
会社全体は確実に変わりました。社内の取り組みが日印双方に向けて設計され、それを自然に受け止める社員が増えている。異文化感受性発達モデルで言えば、全体として「受容から適応」へ進みつつあります。
この10年間の変化を振り返ると、決して直線的ではありませんでした。買収直後は「否定」の空気が支配的で、「インドの会社に何がわかるのか」という声が聞こえていました。数年経つと「防衛」に移り、「うちのやり方の方が正しい」と主張する人が増えた。そして徐々に「矮小化」──「結局みんな同じ人間だから、大丈夫」という楽観──を経て、ようやく「受容」に至っている人が増えてきた。各段階を通過するたびに、社内の空気が微妙に変わっていくのを、私はリアルタイムで体感してきました。
特に印象的だったのは、買収後の最初の数年間、日本人マネージャーたちが抱えていた不安の深さです。「今のCEOは3年後にもいるのか」「なぜ自分たちがリスクを負ってまで本社方針を実行しなければならないのか」──こうした声は、単なる不満ではなく、自分たちの存在基盤が揺らいでいることへの恐れでした。Day4のケースで学んだ「会社観の衝突」が、まさに自社で起きていたのです。
一方、私自身のチームは事情が異なりました。大規模顧客向けの専用ルームに配置され、ある意味「隔離」された環境で20年近く同じやり方を続けてきた。会社は変わっているのに、自分たちは同じ場所に留まっている。ようやく「矮小化から受容」に移り始めた段階だったと気づきました。
この「隔離された環境」の問題は、単に情報が届きにくいということだけではありませんでした。同じ顧客、同じチーム、同じ業務を長期間続けることで、「自分たちのやり方が標準だ」という前提が無意識のうちに形成されていたのです。会社全体が変化しているという事実は知っていても、それが自分たちに関係あることとして実感できていなかった。まさにDay1で学んだ「見えないもの(文脈)を見る力」の欠如でした。
顧客との間にあった異文化
もう一つ衝撃だったのは、顧客との関係にも異文化の構造を見出したことです。
長年の顧客とは、同じグループ内で価値観を共有し、信頼関係をベースに仕事をしてきました。ところがここ3年で顧客企業内の中途採用者が急増し、出会う相手は全く異なる判断基準で動く人たちに変わっていました。
従来の顧客側の担当者は、長期的な関係性を重視し、「この人たちに任せておけば大丈夫」という信頼で仕事が回っていました。しかし中途入社の方々は、過去の信頼関係よりも「今、目の前の成果は何か」を重視します。提案の根拠を数値で示すことを求め、暗黙の了解ではなく明文化された合意を前提とする。これは「どちらが正しい」ではなく、異なる文化が同じ組織内に共存し始めた状況でした。
自社としては、まさに「否定・防衛」の状態に陥っていた。「前のやり方の方がうまくいっていたのに」「なぜわざわざ変える必要があるのか」という声が、チーム内に出ていました。
でも、異文化マネジメントのフレームワークを通じて見ると、これは誰が悪いという話ではなく、異なる文化がぶつかって統合へ向かうプロセスの一段階でした。そう理解できただけで、焦りが消え、「まず相手を理解しよう」という姿勢に切り替えることができました。
具体的には、中途入社の方々が求めていること──透明性、説明責任、数値による可視化──は、実は私たちのサービス品質を向上させるための有効なフィードバックでもあるのだと気づきました。長年の信頼関係に安住して、改善の機会を逃していたのは私たちの方だったのかもしれません。
トップマネジメントの変化が示すもの
買収から10年、日本法人の社長は3年周期で交代してきました。当初の社長は近寄りがたい印象でしたが、現在の社長は非常にフレンドリーで、前向きな発信を続けています。
この変化は単なる個人差ではなく、本社が日本法人に求める期待値の変化だと授業を通じて理解しました。「本社の指示をローカルで実行する受動的な存在」から、「自ら提案し変革を牽引するローカルリーダーシップ」への移行。社員一人ひとりへの役割要求が高度化しているのです。
当初の社長が近寄りがたかったのは、おそらく「統制」のフェーズだったからです。買収直後は、まず本社の方針を浸透させ、基盤を整える必要があった。そのためには、ある程度の権威と距離感が必要だったのかもしれません。しかし10年が経ち、基盤が整った今、求められているのは「統制」ではなく「共創」。だからこそ、フレンドリーで対話型のリーダーが任命されている。これはDay4で学んだ、M&A統合における段階的なリーダーシップの変化と、同じ構造を持っています。
この理解は、私自身の役割を考える上でも大きな転機でした。「言われたことをきちんとやる」だけでは、もう十分ではない。自ら課題を発見し、解決策を提案し、日本法人としての価値を能動的に示すことが求められている。その要求は、私一人に向けられたものではなく、日本法人の全社員に向けられたものなのだと、授業を通じて腹落ちしました。
バウンダリースパナーとして生きる
全6回を通じて、自分がこれからどう行動すべきかが見えてきました。
それは「バウンダリースパナー」──異なる文化の境界線に立ち、相互理解を橋渡しする存在になることです。
- 日印両方の価値観やコンテクストを理解し、翻訳する
- 顧客側の変化を冷静に解釈し、社内に伝える
- 組織の固定化された前提を壊す問いかけをする
「与えられた枠内でうまくやる」能力だけでは不十分な時代に入った。自ら提案し、組織の方向性に影響を与える主体的なリーダーシップが求められている。
バウンダリースパナーという概念は、授業で初めて知りました。しかし振り返ると、IT業界28年の中で、私は無意識にこの役割を果たそうとしていた場面がいくつかありました。たとえば、インドのオフショアチームと日本の顧客の間に立って、「インド側がこう言っている理由」を日本語で翻訳し、「日本側がこう反応する背景」を英語で説明する。言語の翻訳ではなく、文化の翻訳。しかし、それを意識的にやっていたかと問われると、正直、場当たり的だったと言わざるを得ません。
授業を通じて、バウンダリースパナーの役割を「意識的に」引き受けることの重要性を理解しました。無意識の橋渡しと、意識的な橋渡しでは、質が全く異なります。意識的に行うためには、Day1で学んだマインドフルネス、Day2のCQ、Day3のパブリックイメージの理解──すべてが基盤として必要になる。6回の授業の学びが、バウンダリースパナーという一つの行動指針に収束していったのです。
具体的に私が取り組もうと決めたことがあります。一つは、インド本社との定例会議で、日本側の文脈を「前提」ではなく「説明」として伝えること。もう一つは、顧客企業の中途入社の方々との対話の中で、彼らの価値観を「脅威」ではなく「学びの機会」として受け止めること。そして三つ目は、自チーム内で「なぜこのやり方をしているのか」を定期的に問い直す場を作ること。どれも小さな行動ですが、バウンダリースパナーとしての第一歩だと考えています。
自組織の発達段階を見つめ直す
全6回の学びを通じて、自分のチームの発達段階をより正確に見つめ直すことができました。
会社全体が「受容から適応」に進む中、私のチームは長く「矮小化」の段階にとどまっていたと思います。「結局、仕事さえちゃんとやっていれば、文化の違いなんて関係ない」──そう信じていたのです。しかしそれは、違いを乗り越えたのではなく、違いから目をそらしていただけでした。
今、私のチームは「矮小化」から「受容」への移行期にあります。違いを認め、その違いに合理的な理由があることを理解し始めている。まだ「適応」──相手のやり方に合わせて行動を変える──には至っていませんが、少なくとも「違いは存在する、そしてそれには理由がある」と認識できるようになったことは、大きな前進です。
まずは、自分の中にある壁に気づくこと
最後に、このシリーズで最も大切だと思うことを書きます。
異文化マネジメントの学びで得た最大のものは、フレームワークでも理論でもなく、自分自身との向き合い方でした。
自分が何に反応し、なぜ防衛的になるのか。「認められたい」という感情がどこから来ているのか。その感情に無自覚なまま他者と向き合えば、相手の文化や価値観を正しく理解することはできません。
IT業界で28年、ずっと技術と論理で仕事をしてきた私にとって、「自分の感情に向き合う」というのは得意な領域ではありませんでした。問題が起きれば原因を分析し、対策を立て、実行する。そのプロセスに「自分の感情」が入り込む余地はないと思っていました。しかし異文化マネジメントの授業を通じて、感情こそが判断と行動に最も大きな影響を与えていることに気づかされました。
たとえば、インドの本社から新しい方針が降りてきたとき、最初に感じる「また変わるのか」という抵抗感。その抵抗感の正体は何か。変化への恐れなのか、自分のやり方を否定されたように感じる不快感なのか、それとも「日本のことを理解していないのに」というプライドなのか。その感情を自覚せずに反応すれば、建設的な対話はできません。
異文化の壁は、海の向こうにあるのではありません。
隣の席にも、画面の向こうにも、そして自分の中にもあります。
まずは、自分の中にある壁に気づくこと。そこから、すべてが始まる。
異文化マネジメントの授業は、私にそう教えてくれました。
あなたの中にも、気づいていない壁があるかもしれません。それは国籍や言語の違いに限りません。部署間の壁、世代間の壁、職種間の壁──すべてが「異文化」です。その壁に気づき、壁の向こう側にも合理性があることを認め、自分の行動を変えていく。そのプロセスに終わりはありませんが、だからこそ学び続ける価値があるのだと思います。
学びを深めるおすすめの本
異文化適応力を高めるCQを実践するなら
宮森千嘉子・宮林隆吉著『経営戦略としての異文化適応力──ホフステードの6次元モデル実践的活用法』(日本能率協会マネジメントセンター)
②でも紹介しましたが、最終回で改めて推薦します。CQ(文化的知性)の概念を、日本のビジネスパーソン向けに実践的に落とし込んだ一冊。「自分の文化的前提」を客観視し、行動を変えるための具体的な方法が学べます。シリーズを読んで異文化マネジメントに興味を持った方に、最初の一歩としておすすめします。
「隣人」としての異文化を理解するなら
ヘールト・ホフステード著『多文化世界──違いを学び未来への道を探る』(有斐閣)
「21世紀のグローバル化とは、世界がひとつに融合したのではなく、違う種類の人びとのまま隣人になったこと」──授業の冒頭で引用されたこの言葉の出典でもあります。文化の違いを「優劣」ではなく「次元」として理解するための、最も体系的な一冊です。
【異文化マネジメント】シリーズ、全12回お読みいただきありがとうございました。

