異文化マネジメントは「海外の話」じゃなかった──多様性は隣の席にある【異文化マネジメント Day1前半】

「異文化マネジメント」と聞いて、何を思い浮かべますか?

海外赴任。駐在員。英語でのミーティング。現地スタッフとの摩擦──。

多くの人がそんなイメージを持つのではないでしょうか。私もそうでした。グロービスMBAで「異文化マネジメント」という科目を履修すると決めたとき、正直なところ「海外案件に備えた知識のインプット」くらいの感覚でした。

ところが全6回の授業を終えたいま、私の理解はまったく変わりました。

異文化マネジメントは、バックグラウンドが異なる人同士の間で「必ず」起きる現象を扱う学問だった。

それは、海外赴任者だけの話ではありません。転職者が増えた職場、買収で親会社が変わった組織、世代の異なるチームメンバー──。「隣の席の人」との間にも、異文化の壁は確実に存在しています。

私自身、IT業界で28年働いてきましたが、この間に所属企業の資本構成は大きく変わりました。もともとは日本の商社の100%子会社だったのが、米国系IT企業に一部売却され、さらに10年前にはインドの企業に買収されました。現在はインド本社が3分の2、日本の商社が3分の1という資本構成です。つまり、海外に一歩も出ていないのに、私の職場は「異文化の交差点」そのものだったのです。

このシリーズでは、授業で得た学びと、IT業界で28年働いてきた自分自身の経験を重ねながら、「異文化との向き合い方」について書いていきます。

そもそも「正義」は一つではない

授業の冒頭で投げかけられた問いは、とてもシンプルなものでした。

「嘘は、ついてもよいか?」

西洋では「嘘は神に背く悪徳」とされ、真実と正直に向き合うことが正しい生き方とされます。一方、東洋には「嘘も方便」という言葉があり、人間関係を円滑にすることが優先されます。

どちらが正しいかではなく、「正義は多様である」──これが異文化マネジメントの出発点でした。授業では「安楽死」「製薬会社は安く薬を売るべきか」といった、さらに踏み込んだ問いも投げかけられました。答えが出ない問いを前にして、自分の「当たり前」がいかに特定の文化的背景に依存しているかを思い知らされました。

この話を聞いたとき、「それは国同士の話でしょ?」と思いました。でも授業が進むにつれて気づいたのは、この「正義の違い」は国籍に限った話ではないということ。同じ日本人同士でも、育った環境、所属してきた組織、積んできたキャリアによって「何が正しいか」の前提はまったく異なります。

たとえば、「お客様の要望には可能な限り応えるべき」という正義と、「グローバル標準のプロセスに従うべき」という正義。どちらも間違いではありませんが、この二つの正義がぶつかったとき、私たちは相手を「わかっていない」と感じてしまう。

これこそが、異文化の衝突の正体です。

私自身の経験でもまさにこれが起きていました。自社がインド企業に買収されたあと、インド本社から「グローバル統一プロセスに従え」という方針が次々と降りてきました。一方、20年以上同じ顧客を担当してきた現場のエンジニアたちは、「お客様ごとにカスタマイズするのが当然」という信念を持っています。どちらも自分の立場からすれば正しい。でも、お互いに「あいつらはわかっていない」と感じてしまう。この構造に名前がつくということ自体が、私にとっては大きな発見でした。

人はロジックではなく、シンプルな感情で動いている

授業で最初に突きつけられた、もう一つの気づきがこれでした。

「年下に指示されたくない」「新参者に何がわかるのか」「自分が積み上げてきた歴史を否定されたくない」

ビジネスの場では、こうした感情は表に出てきません。会議では論理的な反論の形を取り、メールでは丁寧な言葉で包まれます。でも、意思決定や協働の質を本当に左右しているのは、こうした可視化されにくい感情のほうです。

授業で扱ったケースでは、グローバル企業の統合プロジェクトにおいて、現地で長年成果を上げてきたリーダーが本社の方針に激しく抵抗する場面がありました。傍から見れば「なぜ合理的な改革に反対するのか」と不思議に映ります。

でもそのリーダーの内面には、「15年かけて築いたものを、何も知らない人間に壊されたくない」というシンプルで切実な感情がありました。財務諸表への署名を拒否し、後任への引き継ぎを拒み、最後は3時間の沈黙で抵抗を示した。すべての行動の根底にあったのは、「自分の存在価値を否定された」という感情でした。

3時間の沈黙──この描写は授業でも議論が白熱しました。クラスメートの間でも「なぜ話さないのか理解できない」という声と、「気持ちはわかる、言葉にならないほどの怒りだったのだろう」という声に分かれました。私は後者に近い感覚でした。なぜなら、似たような場面を自分の職場でも見てきたからです。

これは海外のケースですが、構造はまったく同じことが日常の職場で起きています。新しい上司が着任して業務プロセスを変えようとしたとき、ベテラン社員が表面的には従いながらも内心で抵抗している──そんな光景に心当たりはないでしょうか。

自分の職場で考えると、顧客先に常駐しているチームのなかで、新しく来た中途採用のマネージャーがこれまでのやり方を変えようとしたとき、古参のエンジニアが会議では「わかりました」と言いながら、裏では何も変えないまま旧来のプロセスを続けていた──そんなことが実際にありました。表面上はロジカルな議論をしていても、動いているのは「自分のやり方を否定された」という感情なのです。あなたの職場でも、似たようなことが起きていませんか?

「見えないもの」を見る力──マインドフルネス

では、こうした感情の壁をどう越えるのか。授業で示されたのが「マインドフルネス」という姿勢でした。

異文化マネジメントにおけるマインドフルネスとは、瞑想のことではありません。次のような態度を指します。

  • 自分と違う意見を否定しない。まずは判断を保留する
  • 「なぜ?」を問うことで、相手の意見の根底にある価値観を理解する
  • 言葉だけでなく、ボディランゲージや沈黙からも感情を読み取る

つまり、「見えないもの(文脈)を見る力」です。

特に3番目のポイントは、日本のビジネス環境でこそ重要だと感じました。日本はもともとハイコンテクスト文化──つまり、言葉にされない部分に多くの情報が含まれる文化です。「空気を読む」という言葉があるように、私たちは無意識のうちに非言語的な情報を処理しています。しかし、それを「自分の文化圏の中でだけ」無意識にやっているのが問題です。異なる文化圏の人に対しては、意識的にマインドフルネスを発動させなければ、沈黙の意味も、視線の動きも、まったく違う解釈をしてしまう可能性があるのです。

相手のロジックだけを見ていても、本当の問題は見えてきません。その奥にある感情──プライド、不安、承認欲求──を丁寧に読み取る姿勢が、異文化マネジメントの出発点なのです。

この話を聞いたとき、私は自分自身のことを振り返りました。相手の発言にイラッとしたとき、私は「なぜ相手がそう言うのか」を考えていただろうか。それとも、自分の正義に照らして「間違っている」と即座にジャッジしていなかっただろうか。

正直に言えば、後者のほうが圧倒的に多かったと思います。特にIT業界では「正解がある」場面が多い。システムは動くか動かないか、障害は復旧したかしていないか。そういう白黒のはっきりした世界で28年間過ごしてきた私にとって、「判断を保留する」というのは実に居心地の悪い行為でした。でも、だからこそ必要なのだと、この授業で気づかされたのです。

異文化マネジメントの学びは、まず自分自身の反応パターンに気づくことから始まる。これが最初の授業で得た、最も大きな気づきでした。

授業の最後に講師が語った言葉が忘れられません。「これからのリーダーは、多様な正義の中で、一つの道を選ばなければならない」。正解が一つではない世界で、それでも決断し、行動しなければならない。そのとき必要なのは、「自分の正義を押し通す力」ではなく、「多様な正義を理解した上で道を選ぶ力」。これこそが異文化マネジメントの核心であり、このシリーズを通じて探求していくテーマです。

もう一つ、授業で紹介された「1000人の飢えた人たちに対して100人分の食料しかない。これをどう分け与えるか?」という問いも印象的でした。均等に分けるのか、最も弱い人に優先するのか、くじ引きにするのか。どの選択にも、それぞれの文化的・倫理的背景がある。「正解がない問い」にどう向き合うか──異文化マネジメントの学びは、まさにそこから始まったのです。

学びを深めるおすすめの本

異文化マネジメントの全体像を掴むのに役立った本を紹介します。

文化の違いを「見える化」するなら

エリン・メイヤー著『異文化理解力──相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』(英治出版)

8つの指標で文化の違いを可視化する「カルチャーマップ」を提唱した一冊。コミュニケーション、リーダーシップ、意思決定など、ビジネスの場面ごとに文化の違いがどう影響するかが具体的にわかります。異文化マネジメントを学ぶなら、最初に手に取りたい本です。

思い込みに気づくなら

ハンス・ロスリング著『FACTFULNESS──10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(日経BP)

「先進国と途上国」「私たちと彼ら」──そうした二項対立的な思い込みがいかに現実と乖離しているかをデータで示す一冊。異文化を学ぶ前に、自分の中にある無意識のバイアスに気づかせてくれます。

→ 次回【異文化マネジメント②】では、「文化的クルーズコントロール」──無意識に自分のやり方を押し通してしまう現象について書きます。