
AWSがデータセンターのネットワーク設計を刷新した。対象はToR(Top of Rack、ラック最上段に設置しサーバーを収容するスイッチ)同士の接続方式で、AI学習用途を除く大半の新設データセンターが、20年近く業界標準だったfat-tree構造からランダムグラフに基づく構造へ切り替わっている。直接の対象は大規模DCネットワークを設計・評価するインフラ技術者だが、多くの読者にとっては自分で構築する話ではなく、クラウド事業者の裏側で何が変わったかを知る話である。
それでも見過ごせない理由がある。DCの物理設計は将来のクラウド料金やインフラの信頼性に波及する土台であり、MiraiのIT×経営読者にとって設計思想の転換を追う価値がある。本稿はAmazon Scienceが公開した新設計「Resilient Network Graphs(RNG)」の仕組みと効果を数字で確認し、運用者視点で読み解いたうえで、大規模ネットワーク設計判断が持つ意味を整理する。
予備知識
- fat-tree(ファットツリー): コア→集約→ToRの階層構造で接続する、20年以上主流だったDCネットワーク設計。上位層ほど帯域を太くして輻輳を避ける。
- ToR(Top of Rack): ラック最上段に設置し、そのラック内のサーバーを収容するスイッチ。DCネットワークの末端に位置する。
- 疑似ランダムグラフ: 頂点間の接続を数学的な規則に基づき、階層を作らず分散配置するグラフ構造。RNGはToR同士をこの考え方で直結する。
- Resilient Network Graphs(RNG): AWSが開発した新DCネットワーク設計。ShuffleBox(配線標準化デバイス)とSpraypoint(経路分散型ルーティング)の2技術で実用化した。
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何が変わったのか:fat-treeからRNGへの設計転換
物理層で起きたのは、階層型トポロジーからフラットな疑似ランダム構造への切り替えである。
fat-treeは、コアスイッチを頂点にアグリゲーション層・ToR層へと枝分かれする階層構造で、DCネットワークの標準として長く使われてきた。上位層の帯域を太くすることで、どのサーバー間通信でも一定の性能を保証できる設計思想である。ただしこの構造は、階層を経由するたびにルーターが増え、機器台数と配線が膨らむという代償を伴う。
AWSが公開した新設計RNGは、この階層をやめ、ToR同士を疑似ランダムグラフの規則で直接つなぐフラットな構造を採る[1]。階層をなくすと配線が複雑になるという従来の弱点は、ShuffleBoxで配線パターンを標準化して解決した[1][2]。2024年末にダブリン近郊のDCで本番トラフィックに投入されたのが最初の実運用例である[4]。
その後ドイツ・スペインの拠点で検証を重ね、2026年4月には、AI学習用途を除く新設データセンターの標準設計としてグローバルに採用された[4]。AWSのネットワークエンジニアリング担当VPは「非GPU系サーバーの新設については、これが今後のデフォルトネットワークになる」と説明している[4]。

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数字で見る効果:ルーター69%減・スループット33%増・電力40%減
新設計の効果は、機器台数・性能・電力の3指標で示されている。
Amazon Scienceの発表によれば、RNGはfat-tree比でルーター台数を69%削減し、スループットを最大33%向上させ、ネットワーク機器の消費電力を40%削減できると試算されている[1][2][3][5]。台数が減れば、電力だけでなく冷却負荷や運用保守の手間も同時に下がる。ルーター削減はコスト削減の起点であり、それが電力・冷却・保守という運用インパクトへ連鎖する構造である。

下表はfat-treeとRNGの設計比較である。
| 項目 | fat-tree | RNG |
|---|---|---|
| 接続構造 | コア→集約→ToRの階層 | ToR同士を疑似ランダムに直結 |
| ルーター台数 | 基準 | 69%削減[1][2][3] |
| スループット | 基準 | 最大33%向上[1][3] |
| 消費電力 | 基準 | 40%削減(見込み)[1][5] |
| 適用対象 | 汎用・AI学習の両方 | 非GPU系(AI学習は対象外)[4] |
数値には幅がある点にも触れておきたい。関連する試算では、構成条件によりインフラコストが9〜45%削減されるという報告もある[4]。単一の削減率として一般化はできない。
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なぜ実現できたのか:ShuffleBoxとSpraypointという周辺技術
フラット構造の実用化を阻んでいたのは、配線の複雑さと経路制御の2つの技術課題である。
階層を持たない疑似ランダム接続は、結線パターンが不規則になり物理的な敷設・保守が難しくなる。もうひとつは経路制御で、階層前提のルーティング方式は疑似ランダムな経路構成には対応できない。
AWSはこの2つの課題に対応する専用技術を開発した。ShuffleBoxは配線パターンを標準化する受動光デバイスで、疑似ランダムな接続を規格化されたユニットとして敷設可能にする[1][2]。Spraypointは、隣接する複数のルーターへ同時にトラフィックを分散させ、迂回可能な経路(ウェイポイント)を使って宛先まで導く独自のルーティングプロトコルである[2]。

読者への示唆:クラウド利用者にとっての意味
この設計変更は、利用者に直接の操作を要求しない代わりに、間接的な影響をもたらす。
RNGは物理層の設計であり、利用者側がコードを書き換える必要は一切ない[4]。それでも意味を持つのは、クラウドの原価構造が変わるからである。DCネットワークの機器・電力コストが下がれば、その差分は事業者の利益率か、利用者への価格に反映される余地になる。
過去にもCPU世代交代やDC立地の最適化が、クラウド単価に波及した例は多い。今回の設計刷新は、GPU不足で高騰する計算資源とは逆方向に、汎用ワークロードのコスト構造を緩める要因になり得る。ただし対象は非GPU系サーバーであり、GPU価格への直接効果は乏しい[4]。

読者にとっての実務的な意味は、クラウド選定やコスト試算をする際に「バックエンドの設計効率化が進んでいる領域」と「GPU不足で逼迫している領域」を区別して見ることである。
よくある質問(FAQ)
Q1. fat-treeとRNGの違いを一言で言うと?
fat-treeは階層構造で接続する設計、RNGはToR同士を疑似ランダムに直結するフラットな設計である。
Q2. この変更は自社のクラウド利用に今すぐ影響するか?
コード変更は不要で、直接的な操作は発生しない。中長期的にコスト構造や信頼性を通じて間接的に影響し得る。
Q3. AI学習向けのGPU環境にも適用されるのか?
現時点では非GPU系サーバーが対象で、GPUクラスタには従来どおり別アーキテクチャが使われている[4]。
まとめ
AWSのRNGは、20年近く主流だったfat-treeを置き換える、ルーター69%減・スループット33%増・電力40%減という定量的な裏付けを持つ設計転換である。ShuffleBoxとSpraypointという周辺技術が、理論として知られていたランダムグラフ型ネットワークの実用化を可能にした。
読者の多くにとって、これは自ら構築する対象ではなく、クラウドの土台で起きている変化として理解する話である。クラウド選定やコスト試算をする際は、こうしたバックエンドの構造変化にも目を向けたい。
出典
[1] Amazon Science — https://www.amazon.science/blog/how-flat-is-replacing-fat-in-aws-data-center-networks[2] ppc.land — https://ppc.land/awss-math-powered-network-cuts-data-center-routers-by-69/
[3] Tom’s Hardware — https://www.tomshardware.com/tech-industry/big-tech/amazon-unveils-resilient-network-graphs-data-center-network-that-cuts-hardware-by-69-percent-and-boosts-throughput-by-33-percent-now-the-default-for-most-aws-workloads
[4] Data Center Knowledge — https://www.datacenterknowledge.com/infrastructure/aws-bets-future-cloud-infrastructure-on-flat-network-architecture
[5] Network World — https://www.networkworld.com/article/4181879/new-data-center-routing-design-cuts-aws-networking-energy-costs-by-40-amazon-claims.html


