Executive Summary.【サービス・マネジメントの本質:利益を最大化する科学的設計図】
サービスの4特性(IHIP)への対処:無形性、同時性、消滅性、変動性というサービス特有の「扱いにくさ」を管理可能な変数へと変換する。精神論ではなく、標準化とIT活用によって属人性を排除し、特定個人に依存しない安定した品質管理体制を確立する。
サービス・プロフィット・チェーン(SPC)の構築:従業員満足(ES)を全ての起点とし、それがサービスの質、顧客満足、そして顧客ロイヤルティへと連鎖するメカニズムを構築する。この循環が最終的に、リピート率の向上と持続的な売上・利益の成長を担保する科学的な基本OSとなる。
心理学によるCX設計と価値の可視化:「ピーク・エンドの法則」に基づき、顧客の記憶に残るポジティブな体験を戦略的に設計する。形のないサービス価値を「物的証拠」として意図的に可視化することで、顧客の納得感とロイヤルティを劇的に高める。
生産性向上と戦略的差別化:スーパーホテル流の徹底した「ムダ取り(分母の削減)」と、Amazon流の「付加価値向上(分子の増大)」を組み合わせる。サービス・ドミナント・ロジック(S-DL)の視点を持ち、単なるモノの提供を超えた新しい収益構造への転換を図る。
「おもてなしの心」だの「気合と根性」だの、サービス業の現場で飛び交う精神論には正直疲れてしまうことがある。まるでサービスが一種の崇高な芸術か何かのように語られる。
でも実際は、サービスは、利益と効率のために科学的に管理できる、れっきとしたビジネスの一分野だ。
「自分はメーカーだから関係ない」?甘いね。大手の会社で設計をしているエンジニアだって、その仕事のかなりの部分はサービス。今や物作りとサービスは不可分。この話は、全員に関係がある。
この記事では、MBAで学ぶサービスマネジメントっていう「科学」を解体していく。精神論で消耗するのはもう終わりにしよう。
- 1 1. サービスの特性「IHIP」:そもそも「サービス」が持つ4つの厄介な特性
- 2 2. 顧客満足(CS)という言葉の罠:「満足」では不十分でリピート(顧客ロイヤルティ)を生まない理由
- 3 3. 顧客体験(CX)を最大化するピーク・エンドの法則と「可視化」:顧客を熱狂させるための、ちょっとズルい心理学
- 4 4. サービス・プロフィット・チェーン(SPC):従業員満足(ES)で、顧客も会社も金持ちになるという単純な真実だけど科学的根拠
- 5 5. 【事例分析】テッセイの新幹線「3K」清掃を「7分間の奇跡」に変えたサービス・イノベーション
- 6 6. 生産性を向上させる話。みんな残業せず早く帰りたい:スーパーホテルとAmazon
- 7 まとめ:サービスは「科学」。気合と根性で消耗するのはもうやめよう
- 8 参考書籍・文献
1. サービスの特性「IHIP」:そもそも「サービス」が持つ4つの厄介な特性
サービスを管理する前に、まずその本質的な「厄介さ」を理解しなきゃ始まらない。製品と違って、サービスには根本的に扱いにくい4つの特性がある。
- 無形性 (Intangibility) 製品と違って、見たり触ったりできない特性。旅館で女将がかけてくれる歓迎の言葉や、仲居さんの気配りみたいなものだ。形がないからこそ、価値を伝えるのが難しい。
- 同時性 (Simultaneity) サービスの提供と消費が、同じタイミング・同じ場所で起こる特性。旅館に客が到着した瞬間にサービスが始まり、その場で消費される。作り置きができないんだ。
- 消滅性 (Perishability) 在庫として蓄えておくことができない特性。「今日売れ残った部屋は、明日売れない」。提供したその瞬間に消えてなくなるから、需要の変動に合わせるのが死ぬほど大変。
- 変動性 (Variability) 提供されるサービスの内容や質が、状況によって変わってしまう特性。同じ旅館でも、担当する仲居さんや他の客の入り具合で、体験の質は変わる。品質を一定に保つのが難しい。
どう?この4つの厄介な特性があるから、多くの会社は管理を諦めて、「あの人はすごい」みたいなスタープレイヤーに依存する。結果、サービス品質は安定せず、顧客は離れていく。典型的な負けパターンだ。

(補足)なぜ「IHIP」と呼ばれるのか? 専門用語と実務用語のギャップ
ちなみに、ここまで「同時性」や「変動性」といった言葉を使ってきましたが、サービス・マネジメントの世界では、これらの頭文字をとって「IHIP(アイ・ヒップ)」と呼ぶのが共通言語です。
「あれ、頭文字が合わないぞ?」と思った方もいるかもしれないが、実は、学術的な定義では以下の4つの英単語が使われている。
I:Intangibility(無形性):形がない
H:Heterogeneity(不均質性):品質が一定ではない(=変動性)
I:Inseparability(不可分性):生産と消費が切り離せない(=同時性)
P:Perishability(消滅性):在庫できず消えてしまう
なぜ呼び方が違うのか?
学術的な世界で「Heterogeneity(不均質性)」や「Inseparability(不可分性)」という難しい言葉が使われるのは、それが「管理すべき対象」をより厳密に定義しているから。
例えば、「不均質性(Heterogeneity)」は、単に質が変動する(Variability)だけでなく、「提供する人、受ける客、タイミングの組み合わせによって、二度と同じものは生まれない」という、より絶望的な(だからこそ管理が必要な)ニュアンスを含んでいる。
一方で、ビジネスの現場では「変動性」や「同時性(Simultaneity)」といった言葉が好まれる。その方が、現場のマネジャーにとって「バラつきを抑えよう」「タイミングを合わせよう」という具体的なアクションに結びつきやすいから。
「理論(IHIP)」と「実務」。 両方の言葉を知っておくことは、サービスを単なる根性論から、再現性のある「科学」へとアップデートするための第一歩というわけです。
2. 顧客満足(CS)という言葉の罠:「満足」では不十分でリピート(顧客ロイヤルティ)を生まない理由
多くの経営者が「顧客満足」を金科玉条のように掲げるけど、その言葉の意味を本当に分かっているのかね?ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された研究によれば、「満足している」レベルの顧客なんて、実は何の役にも立たないことが分かっている。
ある調査で、ゼロックスは衝撃的な事実を発見した。「完全に満足している」顧客は、「満足している」顧客に比べて、再購入する確率が6倍も高かった。
これはどういうことか。顧客は満足度によって3つのタイプに分けられる。
- 伝道者 (Apostles): 完全に満足し、あなたのビジネスを積極的に他人に勧めてくれる熱狂的なファン。
- テロリスト (Terrorists): 不満を持ち、あなたのビジネスの悪口を積極的に言いふらす破壊者。
- ただ満足している顧客: これが一番厄介。彼らは競合が少しでも良い条件を出せば、あっさり乗り換える。いつ裏切るか分からない危険な存在だ。
覚えておいたほうがいい。
「満足している顧客」は「忠実な顧客」ではない。彼らはいつ裏切ってもおかしくない。
3. 顧客体験(CX)を最大化するピーク・エンドの法則と「可視化」:顧客を熱狂させるための、ちょっとズルい心理学
顧客を「完全に満足」させるのは、おもてなしの心なんかじゃない。人間の心理を突いた、ちょっとズル賢いテクニックだ。本質的な親切心より、賢い「仕組み」のほうがよっぽど役に立つ。
3.1. ピーク・エンドの法則:最初より「終わり」に全力を注げ
人間は、ある経験の全体像を、その経験の「ピーク(感情が最も高ぶった時)」と「エンド(終わり)」で判断する。これがピーク・エンドの法則だ。
多くのビジネスは、最初に力を入れすぎて、最後は尻すぼみになるという致命的なミスを犯している。だが、顧客の記憶に強く残るのは「終わり方」だ。リソースを賢く使うなら、サービスの最後にポジティブな体験を設計することに全力を注ぐべきだ。その方がよっぽど効率的に全体の満足度評価を上げられる。
3.2. 「可視化」:やってるアピールが下手な日本人が損する点
サービスは「無形性」という特性を持つ。つまり、目に見えない。だから、提供している価値を意図的に「可視化」してやらないと、顧客は自分が何にお金を払っているのかさえ忘れてしまう。
例えば、保守契約を結んでいる顧客には、定期的にサポート実績をレポートにして送る。あるいは、店舗のインテリアや従業員の制服に投資して、品質の高さを「物的証拠(Physical Evidence)」として見せつける。「言わなくても分かるだろう」は通用しない。やっていることは、しっかりアピールしないと損をするだけだ。
4. サービス・プロフィット・チェーン(SPC):従業員満足(ES)で、顧客も会社も金持ちになるという単純な真実だけど科学的根拠
そもそもサービスは形がなく(無形性)、提供者によって質が変わる(変動性)。つまり、サービスの品質は、それを届ける従業員のコンディションにほぼ100%依存する。だからこそ、従業員満足から始まる「サービス・プロフィット・チェーン」は単なる綺麗事の理論じゃない。儲かるサービス業の、基本OSそのものだ。

このモデル、ほとんどの会社が見落としているが、理屈は驚くほどシンプルだ。
良い職場環境 → 満足した従業員 → 辞めないし、生産性も上がる → 質の高いサービス → 満足した顧客 → リピートしてくれるし、口コミもしてくれる(顧客ロイヤリティ) → 会社の利益が上がる
要するに、従業員満足と顧客満足は鏡合わせの関係にある。
それなのに、多くの会社は従業員を安くこき使いながら、「お客様第一」なんてスローガンを掲げている。根本的に間違っている。従業員を満足させられない会社が、顧客を満足させられるわけがない。利益が欲しければ、まず自分の足元から固めることだ。
5. 【事例分析】テッセイの新幹線「3K」清掃を「7分間の奇跡」に変えたサービス・イノベーション
このサービス・プロフィット・チェーンを実践して、とんでもない成果を上げた会社がある。新幹線の清掃を担当する「テッセイ」だ。
もともと、彼らの仕事は「きつい、汚い、危険」の3K職場と見なされていた。しかし、テッセイは科学的なアプローチで、この仕事を従業員が誇りを持てるものに変え、海外メディアから「7分間の奇跡」と称賛されるまでになった。
彼らがやったことは、まさにサービスマネジメントの教科書だ。
- 採用と教育 (Hiring and Training): 自分たちの仕事は単なる清掃ではなく、「お客様の旅の思い出作り」の一部であるという誇りを植え付けた。
- サポートシステム (Support Systems): 作業効率と安全性を高める道具を改善し続け、誇りを持って働けるクールな制服を導入した。
- 評価と報酬 (Recognition and Reward): スタッフ同士が互いの良い仕事を称賛し報告する「エンジェルリポート」制度を導入。また、パートからでも正社員になれる明確なキャリアパスを用意した。
これが「科学的な」サービス管理の実践例だ。気合と根性とは無縁の世界でしょ?
さらに言えば、テッセイの成功は、さっき話した「ズルい心理学」の実践例でもある。クールな制服は品質をアピールする「可視化」の一種だし、「エンジェルリポート」は従業員体験におけるポジティブな「ピーク」を作り出し、誇りとモチベーションを強化しているわけだ。
6. 生産性を向上させる話。みんな残業せず早く帰りたい:スーパーホテルとAmazon

サービスの品質も大事だが、生産性の話もしておかないと、いつまでたっても帰れない。サービスの生産性を測るのは難しいが、基本はこれ。
生産性 = 付加価値額 ÷ 労働投入量
これを上げる方法は2つしかない。分母を減らすか、分子を増やすかだ。
6.1. 分母(労働投入量)を減らす:スーパーホテルの徹底したムダとり
ビジネスホテルチェーンの「スーパーホテル」は、労働投入量を減らす天才だ。彼らは徹底したムダとりで生産性を上げている。
- IT活用: チェックインや支払いを自動化し、フロント業務を削減。
- ムダとり: 客室に電話を置かず、後払いの請求業務そのものをなくした。
- 作業スピード向上: ベッドの足をなくして掃除しやすくするなど、清掃時間を短縮する設計にした。
一つ一つは地味だが、この積み重ねが巨大なコスト削減につながっている。
6.2. 分子(付加価値額)を増やす:Amazonの上手いやり方 「サービス・ドミナント・ロジック(S-DL)」的発想
一方、Amazonは付加価値額、つまり儲けを増やすのが非常にうまい。
- サービス価格を上げる: 2000円未満の注文に対する無料配送を廃止し、実質的にサービス価格を引き上げた。
- 利用サービス数を増やす: KindleやPrime Nowなど次々と新サービスを投入し、既存顧客からもっと金を引き出す。
- 利用顧客数を増やす: 品揃えやサービスを常に改善し、新規会員を増やし続ける。
このように、顧客からより多くのお金を得るための仕組みを、戦略的に構築しているわけだ。
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まとめ:サービスは「科学」。気合と根性で消耗するのはもうやめよう
もう一度言うが、サービスマネジメントは精神論や芸術ではなく、科学だ。
「満足している」だけの顧客は明日の裏切り者だし、顧客の記憶に残るのはサービスの「終わり方」だけ。そして、利益が欲しければ、まず従業員を幸せにすることだ。
いつまでも古い「気合と根性」論で消耗するのはやめて、もっとシステマティックに、そしてズル賢くサービスを設計しようじゃないか。その方が、よっぽど儲かるし、みんな早く帰れる。
参考書籍・文献
Frei, F. X. (2008). The Four Things a Service Business Must Get Right. Harvard Business Review, 86(4).
Heskett, J. L., Jones, T. O., Loveman, G. W., Sasser, W. E., Jr., & Schlesinger, L. A. (1994). Putting the Service-Profit Chain to Work. Harvard Business Review, 72(2).
Reichheld, F. F. (1993). Loyalty-Based Management. Harvard Business Review, 71(2).
Schlesinger, L. A., & Heskett, J. L. (1991). The Service-Driven Service Company. Harvard Business Review, 69(5).