「結果にコミット」の裏側──価値は顧客と一緒に作るもの【サービス・マネジメント Day5 前半】

サービス・マネジメントの学び、9本目。今回はサービス・ドミナント・ロジック(SDL)という考え方と、ある有名パーソナルトレーニング企業の事例を通じて、「価値共創」の実践を学ぶ。

「プロダクト・ドミナント」から「サービス・ドミナント」へ

従来のビジネスの考え方では、企業が価値を作り、顧客はそれを消費する存在だった。工場で製品を作り、店頭で売る。価値は「モノ」に宿る──これがグッズ・ドミナント・ロジック(G-Dロジック)だ。このロジックでは、企業が価値の創造者であり、顧客は価値の消費者(破壊者)として位置づけられる。製品が工場のラインを離れた瞬間に「交換価値」が確定し、あとは顧客がそれを消費するだけ、という一方向の流れだ。

しかし2004年、マーケティング研究者のバーゴとラッシュが、この前提を根本から覆す論文を発表した。それがサービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック、SDL)だ。

価値は企業が一方的に作るものではなく、顧客がサービスを利用する過程で「共創」されるもの。顧客は受け身の消費者ではなく、価値共創のパートナーである。

SDLの核心は、「交換価値」から「使用価値」への転換にある。たとえばスマートフォンを購入した時点では「交換価値」が成立しただけだ。そのスマートフォンを使って情報を得たり、人とつながったり、仕事を効率化したりして初めて「使用価値」が生まれる。つまり価値は製品に内在するのではなく、顧客が使用する文脈の中で初めて発現するのだ。

この転換は、ビジネスの見方を劇的に変える。企業の役割は「価値を作って届ける」ことではなく、「価値が生まれる環境を整え、顧客と共に価値を創り出す」ことになる。

あらゆるサービスは「価値共創」でできている

SDLの視点で見ると、あらゆるサービスが「共創」であることに気づく。

教育を考えてみよう。教師がどれほど優れた授業を設計しても、生徒が受け身で座っているだけでは「学び」は生まれない。予習し、質問し、議論に参加し、復習して初めて知識が定着する。教師が提供するのは「学びの機会と環境」であり、学びそのものは教師と生徒の共創だ。

医療も同じ構造だ。医師がどれほど正確な診断を下し、最適な治療法を処方しても、患者が薬を飲まず、生活習慣を変えず、通院を怠れば「健康」という価値は実現しない。医師が提供するのは「健康回復の可能性」であり、健康という価値は医師と患者の共創なのだ。

フィットネスジムの会員権を買っただけでは体は変わらない。会員が実際にトレーニングし、食事を管理し、生活習慣を変えて初めて「健康」という価値が生まれる。企業が提供するのは「価値そのもの」ではなく「価値が生まれる環境」だ。

「結果」を売るビジネスの裏側

講義で取り上げたのは、「結果にコミットする」をキャッチフレーズに急成長したパーソナルトレーニング企業だ。

この企業が売っているのは「トレーニング」ではない。「結果(ボディメイク)」だ。しかし結果を出すには、利用者自身の努力が不可欠。毎日の食事管理、定期的なトレーニング、生活習慣の改善──企業だけでは絶対に完結しない。

これはSDLの典型例だ。価値は企業と顧客の「共創」によって生まれる。そしてこの企業の巧みさは、共創のプロセス全体を設計しきっている点にある。単に「トレーニングの場を提供する」だけでなく、顧客が価値共創のパートナーとして機能するよう、あらゆる接点で介入を設計しているのだ。

カスタマージャーニーの「離脱ポイント」を設計する

価値を共創するには、顧客が途中で離脱しないよう支援する必要がある。この企業は、カスタマージャーニー上の各離脱ポイントに対して、緻密な介入を設計していた。

離脱ポイント①:申込前の不安

「本当に自分にできるのか」「高額な投資に見合うのか」──この不安を、カウンセリングでの徹底的なヒアリングと目標設定で解消する。顧客が「なぜ変わりたいのか」という本質的な動機を一緒に掘り下げる。

ここで重要なのは、単に不安を取り除くのではなく、顧客自身が「変わる理由」を言語化する手助けをしている点だ。SDLの視点で言えば、顧客を「価値共創のパートナー」として主体的に巻き込むプロセスが、すでにこの段階から始まっている。動機が明確な顧客ほど、後のプロセスでの離脱率が下がる。

離脱ポイント②:開始直後の挫折

始めたはいいが、きつくて続かない。この時期に重要なのは、トレーナーが顧客にとって「裏切れない存在」になること。単なる指導者ではなく、自分のことを理解し応援してくれるパートナーとしての関係を構築する。

行動経済学の「コミットメントデバイス」の応用だ。人間は抽象的な目標(「痩せたい」)よりも、具体的な人間関係(「あのトレーナーとの約束」)のほうが行動を維持しやすい。この企業は、トレーナーと顧客の間に強い信頼関係を構築することで、離脱のコストを心理的に高めている。

離脱ポイント③:中だるみ期

数週間経って慣れてくると、モチベーションが下がる。ここで効くのが毎日3食の食事報告だ。日常生活に介入することで、トレーニングの時間だけでなく生活全体をサポート対象にしている。

この設計が秀逸なのは、「監視」ではなく「伴走」の文脈で行われている点だ。食事の写真を送ると、トレーナーが具体的なフィードバックを返す。「これは良い選択ですね」「ここをこう変えるとさらに効果的です」──このやり取り自体が、顧客を価値共創のプロセスに日常的に引き戻す仕掛けになっている。

離脱ポイント④:目標達成後

目標を達成すると「もういいか」と離脱しがち。ここでは次の目標設定やコミュニティへの接続で、継続的な関係を維持する。目標達成の喜びを共有し、「次はどんな自分になりたいか」を一緒に考える。顧客のライフスタイル全体を視野に入れた長期的なパートナーシップへの転換が、ここで行われている。

サービスマーケティングの7P

この企業を分析するフレームワークとして、講義ではサービスマーケティングの7Pが紹介された。

従来のマーケティングの4P(Product, Price, Place, Promotion)に加えて、サービスでは3つのPが重要になる。

  • People(人):採用率わずか数パーセントの厳選採用、数百時間の研修。トレーナーの質がサービスの質を決める。サービスは「人」を通じて提供されるため、人材の質がそのまま競争優位になる
  • Physical Evidence(物的証拠):高級感ある内装、清潔な設備。無形のサービスに「信頼できる」という手がかりを与える。高額な投資をした顧客が「ここなら大丈夫だ」と感じるための仕掛けだ
  • Process(プロセス):科学的根拠に基づく個別プログラム、データ活用による品質の再現性。属人的な「名トレーナーの勘」ではなく、再現可能なプロセスとして設計されている

7Pの視点で見ると、この企業のマーケティングは広告だけではないことがわかる。サービス提供の仕組みそのものがマーケティングとして機能している。人材投資も研修も内装も、すべてが顧客価値の一部なのだ。

特にProcessの重要性は、前回学んだ「複製力」の話に直結する。優れたトレーナーが一人いるだけでは、サービスはスケールしない。プロセスとして標準化されているからこそ、どの店舗でも一定の品質を担保できる。7Pは単なるチェックリストではなく、サービスの競争力を構造的に設計するフレームワークだ。

バリューラインの明確さ

もうひとつ印象的だったのは、この企業の「捨てる」選択だ。

多種多様なマシンを揃えた大型ジム、24時間利用可能な利便性、駅近の好立地──こうした要素をあえて提供しない。その代わりに、減量の確度、食事指導の徹底、完全個別対応で圧倒的に突出する。

前回学んだレストランの事例と同じ構造だ。万人受けを狙わず、特定の価値で突き抜ける。「何を提供するか」以上に「何を捨てるか」が、サービスのポジショニングを決める。

適応型リーダーシップの視点

今回の講義を通じて、もうひとつ考えさせられたのは「適応型リーダーシップ」の視点だ。リーダーシップ論では、課題を「技術的課題」と「適応課題」に分けて考える。

技術的課題は、専門家が既存の知識やスキルで解決できる課題だ。壊れた機械を修理する、新しいシステムを導入する──答えが明確で、専門家が一方的に解決できる。

適応課題は、当事者自身が考え方や行動を変えなければ解決できない課題だ。「健康な体になる」「組織の文化を変える」「顧客の業務を改革する」──これらは専門家だけでは解決できない。当事者が主体的に変わる必要がある。

SDLが前提とする「価値共創」は、まさに適応課題のアプローチだ。パーソナルトレーニング企業は、「体を変える」という適応課題に対して、顧客自身の変容を支援する仕組みを設計している。技術的課題(正しいトレーニング方法)の提供だけでなく、適応課題(生活習慣の変革、マインドセットの転換)に踏み込んでいるからこそ、「結果」を出せているのだ。

ITプロジェクトにおける「価値共創」

SDLの考え方は、ITプロジェクトにもそのまま当てはまる。

システムを納品しただけでは価値は生まれない。顧客がそれを使いこなし、業務を改善し、成果を出して初めて価値が実現する。つまり、ITベンダーの仕事は「システムを作ること」ではなく「顧客が成果を出せるよう支援すること」だ。

要件定義の段階で顧客の本質的な動機を掘り下げる。導入後の定着支援を手厚くする。「使われないシステム」という最大の離脱を防ぐ──これはまさに、カスタマージャーニーの離脱ポイントを設計するアプローチそのものだ。

ITデリバリーマネージャーとして痛感するのは、多くのプロジェクトが「技術的課題」としてのみ扱われ、「適応課題」の側面が見落とされていることだ。新システムの導入は、往々にして顧客組織の業務プロセスや働き方の変革を伴う。しかし技術の実装に注力するあまり、人や組織の変容への支援が後回しになる。SDLの視点は、ITプロジェクトの設計を根本から見直す契機になる。

この回の学びを深める書籍

「サービス・ドミナント・ロジックの発想と応用」(R.F.ラッシュ、S.L.バーゴ著、同文舘出版)──SDL提唱者自身による入門書の邦訳。価値共創の理論的基盤を理解できる一冊だ。G-Dロジックからの転換がなぜ必要なのか、その理論的背景と実務への応用が体系的に整理されている。

次回予告

今回は「顧客と一緒に価値を作る」という話だった。次回はさらに踏み込んで、「顧客のために、あえてデメリットを見せる」という逆説的なアプローチを考える。ある大手銀行が自社商品の欠点を開示する実験に踏み切った背景と、その是非を問う。

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