賃貸管理会社5社に査定を依頼した。家賃や管理手数料の違いは想定内だった。想定外だったのは、「定期借家」に対する各社のスタンスがまったく違ったことだ。
ある会社は定期借家を強く推してきた。別の会社は話題にすら出さなかった。同じ物件を見ているはずなのに、なぜここまで違うのか。
その理由を探っていくと、各社のビジネスモデルの違いが見えてきた。この記事は、オーナーとして5社の提案を聞いた記録と、そこから読み取れた「裏の論理」をまとめたものである。
この記事でわかること
- 定期借家と普通借家の基本的な違い(契約更新・退去・家賃の3つの軸)
- 賃貸管理会社5社が定期借家に対してどんなスタンスを取ったか
- なぜ特定の会社が定期借家を強く推すのか——売却仲介という出口戦略
- 法人契約で定期借家がNGになるケースとその影響
- 居住用の定期借家における途中解約の実態
- オーナーとして定期借家と普通借家をどう判断すべきか
定期借家と普通借家の基本的な違い
まず前提を整理する。定期借家と普通借家は、「契約の終わり方」がまったく異なる。
| 項目 | 普通借家契約 | 定期借家契約 |
|---|---|---|
| 契約期間 | 通常2年(自動更新) | 当事者が定めた期間(2年・3年・5年など) |
| 更新 | 正当事由がない限り貸主から拒否できない | 期間満了で終了。再契約は双方合意が必要 |
| 貸主からの解約 | 正当事由が必要(実質的に困難) | 期間満了で終了。事前通知(6ヶ月前)で足りる |
| 借主からの中途解約 | 通常1〜2ヶ月前告知で可能 | 原則不可。ただし居住用・床面積200m²未満はやむを得ない事情で可能 |
| 家賃水準 | 相場どおり | 相場と同等〜やや低め(期間・条件による) |
| 借主の権利保護 | 借地借家法で強く保護 | 保護は限定的。契約書の記載が重要 |
普通借家の最大の特徴は、「正当事由」がなければ貸主から契約を終了できない点である。これは借地借家法第28条に基づくもので、貸主が「自分が住みたい」「建て替えたい」と言っても、裁判所が正当事由と認めなければ更新を拒否できない。
一方、定期借家は契約期間が満了すれば、それで終了である。再契約するかどうかは双方の合意による。貸主にとっては物件の将来設計がしやすく、借主にとっては「ある日突然追い出される」リスクがない代わりに「更新して住み続ける権利」がない。
この構造の違いが、管理会社のビジネスモデルとどう結びつくのか。それが本題である。
5社のスタンス比較——同じ物件に対して態度が割れた
5社に査定を依頼した際、定期借家について各社がどんな態度を取ったかをまとめる。
| 会社 | 定期借家へのスタンス | 具体的な対応 |
|---|---|---|
| 建物管理会社 | 消極的 | 定期借家の話題は出なかった。そもそも賃貸管理への意欲が薄く、提案自体が少なかった |
| 借り先の会社 | 特に推さない | 定期借家の説明はあったが、積極的に推すことはなかった。管理担当者の反応も淡白だった |
| 全国大手A | 強く推奨 | 「5年定期なら家賃は普通借家とほぼ同等」と提示。普通借家の大家リスクを時間をかけて説明した |
| 全国大手B | 中立的 | AI予想家賃を提示。定期・普通のどちらかを推すことはなかった |
| 地元大手 | 柔軟に対応可 | 定期借家にも対応可能と回答。こちらの希望に合わせるスタンスだった |
5社のうち、定期借家を明確に推してきたのは全国大手Aの1社だけだった。他の4社は、消極的・中立・柔軟対応のいずれかで、「定期借家にすべきだ」という強い主張はなかった。
この偏りは偶然ではない。各社のビジネスモデルの違いから説明できる。
なぜ全国大手Aは定期借家を強く推すのか
全国大手Aの担当者は、定期借家のメリットを2時間以上にわたって説明した。知識量は5社の中で最も多く、説得力もあった。
しかし、帰った後に冷静に考えると、ある仮説が浮かんだ。
管理手数料と売却仲介——収益構造の違い
賃貸管理の手数料は、家賃の5〜7.7%程度が相場である。月額家賃15万円の物件なら、管理手数料は月7,500円〜11,550円。年間でも9万円〜14万円程度にしかならない。
一方、不動産売却の仲介手数料はどうか。売買価格が2,000万円の物件であれば、仲介手数料は最大で約73万円(売買価格×3%+6万円+消費税)。3,000万円なら約105万円。
つまり、1件の売却仲介で得られる収益は、賃貸管理の数年分に相当する。
定期借家 → 契約満了 → 売却——出口戦略の導線
定期借家で5年契約を結ぶと、5年後に契約が満了する。満了すれば借主は退去する。物件が空いた状態で、管理会社はオーナーにこう提案できる。
「5年経ちましたが、今後どうされますか。再度貸し出すこともできますが、築年数を考えると売却という選択肢もあります。売却の査定もできますが、いかがでしょうか」
これが普通借家だと、こうはいかない。借主が住み続ける限り、貸主側から退去を求めることは実質不可能だ。物件が空くタイミングを管理会社がコントロールできない。
定期借家には「物件が確実に空くタイミング」が存在する。この「確実に空く」という事実が、売却仲介への導線になる。全国大手Aのような売買仲介に強い会社にとって、定期借家は賃貸管理から売却仲介へと収益を拡大するための合理的な戦略なのだ。
管理手数料の比較でも見える差
全国大手Aの管理手数料は7.7%(メンテナンスサービス込み)。5社の中で最も高い。
一見すると「高い」と感じるが、会社側の視点では賃貸管理はあくまで顧客との接点を維持するための事業であり、本当の収益源は売買仲介にある——そう解釈すると、管理手数料の高さと定期借家の推奨は、同じビジネスモデルの中で整合する。
他の会社と比較してみる。
| 会社 | 管理手数料 | 売買仲介の強み | 定期借家推奨 |
|---|---|---|---|
| 建物管理会社 | — | なし | 消極的 |
| 借り先の会社 | 5.5% | 限定的 | 推さない |
| 全国大手A | 7.7% | 非常に強い | 強く推奨 |
| 全国大手B | 5.5% | 強い | 中立 |
| 地元大手 | 5.5% | 地域密着型 | 柔軟 |
全国大手Bも売買仲介には強いはずだが、定期借家を積極的に推さなかった。これは担当者の方針か、会社としてのスタンスの違いかもしれない。少なくとも今回の査定では、定期借家を出口戦略の一部として明確に位置づけていたのは全国大手Aだけだった。
全国大手Aの提案内容を分解する
全国大手Aが説明した定期借家のメリットを、もう少し具体的に分解する。
「5年定期なら家賃は普通借家と同等」
定期借家は普通借家より家賃が下がる——これは一般的によく言われることだ。しかし全国大手Aの担当者は「5年の定期であれば、家賃は普通借家とほぼ同等で出せる」と主張した。
理屈はこうだ。2年定期だと借主にとっての安定性が低く、短期間で退去リスクを負うことになるため、家賃を下げないと借り手がつかない。しかし5年であれば借主にとっても十分な居住期間が確保でき、普通借家と比較しても大きな不利にはならない。結果として、家賃水準を維持できるという論理である。
この説明に対しては、判断材料が不足している。実際に5年定期で普通借家と同等の家賃が取れるかどうかは、エリアの需給バランスや物件のスペックに依存する。全国大手Aの担当者が言うように「ほぼ同等」なのか、それとも実際には5〜10%程度の差が出るのか。ここは今後の検証課題として残る。
「普通借家は大家にとってリスクが高い」
全国大手Aの担当者が最も時間をかけたのは、普通借家のリスク説明だった。
- 借主が退去しない限り、物件を自由にできない
- 正当事由の立証は極めて困難で、立退料の支払いが必要になるケースもある
- 築年数が経過して売却したくなっても、借主がいる状態では売却価格が大幅に下がる(オーナーチェンジ物件として扱われる)
これらはいずれも事実である。特に「オーナーチェンジ物件は市場価格の7〜8割程度になる」という点は、将来の売却を視野に入れるオーナーにとって無視できない情報だ。
ただし、ここでも視点を切り替える必要がある。これらのリスクを強調すること自体が、定期借家を推す理由(=将来の売却仲介につなげる)と整合しているのだ。リスク説明が正確であることと、説明する動機が純粋にオーナーの利益のためかどうかは、別の問題である。
旧居エリアの賃貸市場データ——定期借家は増えているのか
全国大手Aの説明では、旧居のあるエリアでは定期借家が増えているトレンドがあるとのことだった。
参考データとして、東京23区の平均居住日数を見ると、旧居エリアは23区の中でもかなり長い部類に入る(900日弱)。これは、入居者が長期間住む傾向が強いエリアであることを示している。
長期居住者が多いエリアでは、普通借家で貸すと「退去のタイミングが読めない」リスクが高くなる。借主が何年でも住み続ける権利があるため、物件の流動性が低下する。定期借家であれば、契約満了というタイミングが設定できる。
この市場特性は、定期借家を推す根拠の一つとして合理的ではある。ただし「定期借家が増えている」というトレンドの具体的なデータ(何%が定期借家なのか、前年比でどれくらい増えたのか)は、担当者からは提示されなかった。
法人契約では定期借家がNGになるケース
定期借家を選ぶ際に見落としがちなポイントがある。法人契約との相性だ。
大手企業の社宅規定と定期借家
一部の大手企業では、社宅として借り上げる物件に定期借家契約を認めない規定がある。
理由はシンプルだ。法人として社員の住居を確保する以上、「契約期間が満了したら退去しなければならない」というリスクは受け入れられない。社員の生活の安定性を担保する観点から、普通借家契約を条件としている企業がある。
例えば、航空会社のANAなど、全国転勤が前提の大手企業では、社宅物件の契約形態に厳格な基準を設けているケースがある。
法人契約を逃す影響
賃貸物件、特に都心部の1LDK〜2LDKクラスの物件では、法人契約(社宅・借上社宅)の需要が一定の割合を占める。法人契約は個人契約に比べて以下のメリットがある。
- 家賃滞納リスクが低い(企業が支払うため)
- 入居審査が通りやすい(法人の信用力)
- 退去時の原状回復費用でトラブルになりにくい
定期借家にすることで法人契約の候補を狭めてしまうと、結果的に入居者の質や空室期間に影響が出る可能性がある。
全国大手Aはこの点についても説明はあったが、「法人でも定期借家OKなところは多い」というトーンだった。実際にどの程度の法人が定期借家を受け入れるのか、定量的なデータは示されなかった。
居住用の定期借家——途中解約は本当にできないのか
定期借家の「途中解約できない」という特性は、借主にとっての最大の懸念事項だ。しかし、居住用の場合は例外規定がある。
借地借家法第38条第7項
居住用の建物で、床面積が200m²未満の場合、借主は「転勤・療養・親族の介護その他のやむを得ない事由により、建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったとき」は、中途解約の申入れができる。解約の効力は、申入れから1ヶ月後に生じる。
つまり、一般的な住居(200m²未満はほぼすべてのマンション・アパートが該当する)であれば、借主は「やむを得ない事由」があれば途中解約できる。
実務上の運用
「やむを得ない事由」の解釈は実務上かなり広い。転勤は当然として、転職に伴う引っ越し、収入減少による住み替え、家族構成の変化なども該当するとされている。
管理会社の担当者に確認したところ(借り先の会社の担当者)、「実務上、居住用で途中解約を拒否するケースはほとんどない」とのことだった。
これは借主にとっての安心材料であると同時に、貸主にとっては「定期借家でも途中で退去されるリスクはある」ということを意味する。定期借家だから契約期間中の家賃収入が保証されるわけではない。この点は認識しておく必要がある。
別の管理会社に聞いた定期借家の実務
追加の情報収集として、別の管理会社にも定期借家の運用について問い合わせた。管理会社としての実務面を確認するためだ。
管理料の扱い
- 管理料は普通借家・定期借家ともに同じ料率
- 契約形態による管理料の差はない
更新・再契約の費用
- 普通借家の場合:更新料(借主負担)+更新事務手数料0.5ヶ月分
- 定期借家の場合:再契約事務手数料は借主負担。貸主(オーナー)からは徴収しない
つまり、オーナーの視点では、定期借家のほうが更新時のコスト負担は軽い。普通借家では更新事務手数料が発生するが、定期借家の再契約では貸主側の費用はゼロだ。
満期前の再契約プロセス
- 契約満了の6ヶ月前から再契約案内を開始
- 借主・貸主双方の意向を確認し、再契約するかどうかを決定
- 再契約する場合は新たな契約書を締結する
6ヶ月前からプロセスが始まるため、オーナーには判断のための十分な時間がある。再契約しない場合でも、6ヶ月あれば次の入居者募集に着手できる。
オーナーとしてどう判断すべきか——5つの判断基準
5社の話を聞き、追加で情報収集をした結果、定期借家と普通借家の選択は「どちらが正解か」ではなく「自分の状況に合うのはどちらか」で判断すべきだとわかった。
以下、判断のための5つの基準を整理する。
- 将来の売却予定があるかどうか
- 5年以内に売却する可能性がある場合、定期借家のほうが出口戦略を立てやすい。普通借家で貸すと、借主がいる状態での売却(オーナーチェンジ)になり、売却価格が下がるリスクがある。
-
売却予定がなく、長期で賃貸収入を得たい場合は、普通借家のほうが借主を集めやすい可能性がある。
-
法人契約のニーズがあるエリアかどうか
-
大手企業の拠点が近い、あるいは法人社宅の需要が高いエリアでは、定期借家にすると候補テナントが狭まるリスクがある。法人契約の割合が高いエリアでは、普通借家のほうが有利になり得る。
-
管理会社のビジネスモデルを理解しているか
- 定期借家を強く推す会社には、売却仲介という出口戦略が背景にある可能性がある。推奨の理由が「オーナーの利益」なのか「管理会社の将来の収益」なのかを見極める必要がある。
-
ただし、管理会社の利益とオーナーの利益が対立するとは限らない。売却のタイミングを自分でコントロールできること自体は、オーナーにとってもメリットである。
-
家賃水準への影響を許容できるか
- 「5年定期なら同等」という主張があるが、実際には物件やエリアによって差が出る。家賃が5〜10%下がることを許容できるかどうかも判断材料になる。
-
一方で、定期借家の再契約時には貸主側のコスト負担がない点は、長期的なコスト比較に含めるべきだ。
-
自分がどれくらいの期間、物件を手放せない状況を受け入れられるか
- 普通借家で貸した場合、借主が退去するまで物件は自由にならない。5年どころか10年、20年住み続ける可能性もある。この「不確実性」をどの程度許容できるかは、オーナーの状況や性格による。
- 定期借家であれば、少なくとも契約期間の終了時点で「判断のタイミング」が来る。
よくある質問(FAQ)
Q1. 定期借家は借主に不利だから、入居者が集まりにくいのでは?
入居者の集まりやすさは、契約形態だけで決まるわけではない。家賃設定、物件のスペック、立地、エリアの需給バランスが総合的に影響する。
ただし、同条件であれば普通借家のほうが借主にとって有利であることは事実だ。定期借家で募集する場合は、家賃を若干調整するか、契約期間を長めに設定する(3年・5年など)ことで、借主の心理的なハードルを下げる工夫が必要になる。全国大手Aが「5年定期なら家賃同等」と言ったのは、この論理に基づいている。
Q2. 定期借家の契約期間は何年がベストか?
「ベスト」は一律には決まらない。一般的には以下のように整理できる。
- 2年定期:借主にとっての安定性が低く、家賃を下げる必要が出やすい。短期で物件を使いたいオーナー向け
- 3年定期:バランス型。家賃への影響は限定的。再契約のサイクルも無理がない
- 5年定期:家賃は普通借家と同等に設定しやすい。ただし5年間は確実に貸し続ける前提が必要
将来の売却予定がある場合は、売却を想定する時期から逆算して契約期間を設定するのが合理的だ。
Q3. 定期借家で契約中に、貸主の都合で途中解約できるか?
原則としてできない。定期借家は期間を定めた契約であり、貸主からの途中解約は契約書に特約がない限り認められない。
貸主が期間途中で物件を使いたくなった場合でも、契約期間が満了するまで待つ必要がある。これは普通借家と同じ(むしろ普通借家は期間の定めがないため正当事由があれば解約申入れ自体は可能)で、定期借家のほうが貸主にとっても「契約期間中は動けない」という制約がある。
ただし、借主との合意解約(双方が合意すれば契約を終了する)は可能だ。
Q4. 管理会社が定期借家を推すのは、管理会社にメリットがあるからではないか?
管理会社にとっての直接的なメリットは限定的だ。管理手数料は普通借家でも定期借家でも同じ料率であることが多い(別の管理会社もそう回答している)。
ただし、この記事で述べたとおり、売買仲介に強い会社にとっては、定期借家 → 契約満了 → 売却提案という導線が存在する。これは「管理会社にメリットがあるから推している」と言えるが、同時に「オーナーにとっても出口戦略の選択肢が増える」という側面もある。
重要なのは、管理会社の提案を鵜呑みにするのではなく、「なぜこの会社はこれを推すのか」を考えることだ。
Q5. すでに普通借家で貸している場合、定期借家に切り替えられるか?
既存の普通借家契約を、借主の同意なく定期借家に切り替えることはできない。借地借家法により、普通借家の借主は「更新される権利」を持っているため、これを一方的に定期借家に変更することは認められていない。
切り替えが可能になるのは、借主が退去した後に新たな入居者と契約する場合、または借主が明確に同意した場合のみである。
まとめ — 定期借家と普通借家、オーナーはどちらを選ぶべきか
定期借家と普通借家の選択は、契約制度の違いだけでは判断できない。その背景にある管理会社のビジネスモデル、エリアの市場特性、法人契約の有無、そして自分自身の将来計画を総合的に考える必要がある。
5社に話を聞いてわかったのは、管理会社の「おすすめ」には、それぞれの事業構造に基づいた合理的な理由があるということだ。全国大手Aが定期借家を推すのは、売却仲介という収益源への導線があるからだ。他の会社が推さないのは、その導線が自社のビジネスモデルに組み込まれていないからだ。
どちらの契約形態が「正解」かは、オーナー自身の状況によって異なる。ただし、管理会社が何を推しているかだけでなく、「なぜ推しているか」まで理解した上で判断すること。それが、後悔しない選択につながる。
50代、東京で18年ぶりの住み替え全記録
全記事一覧はこちら