分譲を手放さなかった理由 — 60代以降の賃貸リスク

50代、18年住んだ分譲マンションから賃貸へ引越した。引越しは完了し、旧居は地元大手の管理会社を通じて定期借家で貸し出す準備が進んでいる。

「なぜ売らなかったのか」——この問いに対する答えを、判断の過程とともに記録しておく。

**この記事でわかること**

– 分譲マンションを売却せず賃貸に出すと判断した理由
– 60代以降の単身者が賃貸市場で直面するリスクの実態
– 住み続ける・売る・貸すの3択を比較した判断フレーム
– 住居費の事業按分が持ち家と賃貸でどう異なるか
– 定期借家契約を選んだ理由と普通借家との違い

分譲マンションを手放す検討に至った背景

住み替えを考え始めた直接のきっかけは、生活と物件のミスマッチが限界に達したことである。

購入時の合理性と現在のズレ

2008年に購入した物件は23区南部・駅徒歩8分・1LDK42平米。当時は車を持たず、職場へのアクセスも良好だった。購入判断そのものは、その時点では合理的だったと考えている。

しかし18年のあいだに前提条件が大きく変わった。

  • 通勤ルートの変化:勤務先の変更で乗り換え2〜3回・片道1時間超が常態化
  • 趣味との距離:ゴルフ場へのアクセスが首都高経由になり、移動コストが増大
  • 個人事業の開始:住居費の経費処理において、持ち家より賃貸が有利になった

「便利な立地」という購入時の最大の前提が崩れた状態で、住み続ける合理性を見出せなくなっていた。

分譲マンションの見えにくいランニングコスト

分譲マンションの住居費はローン返済額だけでは把握できない。コロナ初期に返済期間を短縮したことで月々の返済額が跳ね上がり、実際の月次コストは以下のとおりだった。

費用項目 月額(概算)
ローン返済 18万円
管理費・修繕積立金 2万円
固定資産税(月割) 約9千円
合計 約21万円

42平米の1LDKに月21万円。この数字を客観的に並べたとき、「住み続ける理由」をコスト面からも再検証する必要があると判断した。

「住み続ける惰性」に気づいた瞬間

「なぜ今の家に住んでいるのか」と自問したとき、出てきた答えは「ローンがあるから引っ越せない」だった。

だが実際に調べると、ローン残債は売却価格で精算できる水準にあり、「ローンがあるから動けない」は事実ではなかった。問題の本質は「変化への抵抗」と「考えないことの楽さ」を選んでいたこと。動き出してから、そのことに気づいた。

分譲マンションを売却しなかった3つの理由

引越しを決断した時点で、売却は当然検討した。市場環境としても悪いタイミングではなかった。実際に5社へ査定を依頼し、売却した場合の手取り額も把握した(査定の詳細は別記事「5社査定比較」で記録している)。

それでも売らなかった。理由は3つある。

理由1:60代以降の単身者が直面する賃貸リスク

日本の賃貸市場では、高齢者、とくに単身の高齢者は入居審査で不利になる。これは感覚論ではなく、データと制度の両面から確認できる現実である。

国土交通省「住宅市場動向調査」(2024年度)によると、民間賃貸住宅の大家の約6割が「高齢者の入居に拒否感がある」と回答している。主な理由は以下のとおりだ。

  • 孤独死リスク:原状回復費用の増大、事故物件化による資産価値低下
  • 収入の安定性への懸念:年金のみの収入では家賃支払いの継続性が不透明
  • 保証人確保の難しさ:親族がいない、または高齢の親族では保証能力を認めてもらえない
  • 認知症リスク:契約更新や退去手続きに支障が出る可能性

制度上、年齢を理由にした入居拒否は禁止されていない。努力義務レベルのガイドラインはあるものの、実務上は大家の裁量で断られるケースが多い。60代で審査が通りにくくなり始め、70代では選べる物件の幅が大きく狭まる傾向がある。

自分は現在50代前半。今は問題なく賃貸を借りられる。だが20年後、70代になったときに同じ条件で部屋を借りられる保証はどこにもない。「そのとき」に備える手段として、分譲マンションのオーナーシップは手放せないと判断した。

理由2:売却は不可逆的な決断である

売ったら戻れない。この一点が、判断において最も重かった。

分譲マンションの所有権を持ち続けることは、「将来そこに戻れる権利」を保持することでもある。賃貸に出しながら所有を続ければ、ライフステージが変わったときに自分が住む選択肢が残る。売却すると、その選択肢は永久に消える。

「今が売り時」という見方もあった。マンション市場は高止まりしており、短期的な売却益を取れる可能性はあった。しかし、短期のキャッシュより長期の住まい選択肢を優先した。損得ではなく、将来のリスクをどこに配置するかという設計判断だ。

理由3:住居費の事業按分における合理性

個人事業主にとって、住居費の経費処理は持ち家と賃貸で大きく異なる。

項目 持ち家(ローン) 賃貸
経費にできる範囲 ローン利息・固定資産税・減価償却の事業按分 家賃全額の事業按分
ローン元本 経費にならない ―(該当なし)
手続きの明快さ 複雑(減価償却計算等) シンプル(家賃×按分率)

ローン返済の大部分を占める元本は経費にならない。一方、賃貸であれば家賃全体を按分対象にできる。同じ住居費を払うなら、賃貸に住んで旧居を貸し出すほうが事業会計上は合理的になる。

この理由単体で売却を見送ったわけではないが、「所有し続けて貸す」という選択を後押しする材料にはなった。

住み続ける・売却・賃貸に出す——3択の比較フレーム

「住む・売る・貸す」の3択を、自分の状況と優先順位で比較すると以下のようになる。

比較軸 住み続ける 売却する 賃貸に出す
生活との適合性 低い(立地・コストのズレ) 改善可能(自分が移動)
将来の住まい確保 ○(住み続ける前提) ×(所有権を失う) ○(所有権を維持)
60代以降のリスク対応 ×(対応手段なし)
月次キャッシュフロー 支出21万円 一時収入のみ 家賃収入−管理経費
柔軟性・可逆性 低い 不可逆 高い(定期借家なら特に)
管理の手間 なし なし あり(委託で軽減可能)
事業按分の有利さ 低い —(住居費なし) 高い

「売却」の列だけが、「将来の住まい確保」と「60代以降のリスク対応」で×がつく。この2つが自分の優先順位で最も重かったため、売却は選択肢から外れた。

定期借家契約を選んだ理由——普通借家との違い

賃貸に出す方向が決まった後、契約形態として定期借家を選んだ。普通借家との違いは以下のとおりである。

項目 普通借家 定期借家
契約期間終了後 自動更新(貸主からの解約には正当事由が必要) 期間満了で確実に終了
貸主が退去を求める難易度 高い(正当事由のハードルが非常に高い) 不要(期間満了で終了)
再契約 自動更新 双方の合意が必要
家賃水準 相場並み 相場より5〜15%低くなる傾向
借り手の集まりやすさ 集まりやすい やや不利

定期借家を選んだ最大の理由は、「将来自分が戻る選択肢を確保するため」である。

普通借家で貸した場合、借主の居住権が強く保護されるため、貸主が戻りたくなっても退去を求めることは事実上困難になる。立退料を支払っても認められないケースが多い。せっかく所有権を維持していても、自分が住めないのでは意味がない。

定期借家であれば契約期間を設計できる。2年や3年で区切り、期間満了時に再契約するかどうかを都度判断できる。家賃がやや低くなるデメリットはあるが、柔軟性と引き換えとして許容できる範囲と判断した。

定期借家の実務面については、別記事「定期借家」で詳しく記録する予定である。

管理会社は地元大手に決定——選定の着地点

複数社と面談・比較した結果、管理会社は地元大手に決定した。決め手は3つある。

  • チャレンジする姿勢:5社の中で査定最高値を提示し、攻めの提案をしてくれた。「高く貸せるように頑張ります」という気概が他社にはなかった
  • 担当者の顔が見える距離感:営業所が自宅の近くにあり、漏水や設備トラブルなど緊急時に駆けつけられる距離に担当者がいる安心感は大きかった
  • 契約書の柔軟性:契約書の内容について踏み込んだ質問をしても柔軟に対応してもらえた。区分マンションの実態に合わない条項の修正など、こちらの要望に対する対応速度が違った

「借りてくれる人を見つけてくれればいい」ではなく、「自分が将来戻れる前提で、その間だけ運用を任せられるか」が選定基準だった。最終判断は、「この担当者に長期で任せられるか」という一点に集約された。

管理手数料や査定額の比較については、5社査定比較の記事で詳しく記録している。

賃貸に出す際のランニングコストと収支の見通し

所有を続ける以上、ランニングコストは発生し続ける。賃貸収入との差し引きでどうなるかの試算を示す。

項目 月額(概算)
想定家賃収入 13〜15万円
ローン返済 18万円
管理費・修繕積立金 2万円
固定資産税(月割) 約9千円
賃貸管理手数料(家賃の5%想定) 約7千円
月次収支 ▲6〜8万円

月次では赤字になる。ローン返済が完了するまでは持ち出しが発生する構造だ。

ただし、この赤字を「コスト」と見るか「保険料」と見るかで評価は変わる。自分の場合、これは「将来の住まいを確保するための保険料」と位置づけている。ローン完済後は管理費・固定資産税・管理手数料のみとなり、家賃収入が上回る構造に転換する。

また、ローン利息・管理費・修繕積立金・固定資産税・管理手数料・減価償却は不動産所得の経費として計上できるため、税務上のメリットも存在する。

判断を振り返って——感情と合理性の整理

「売らない」という判断は、合理的な分析だけで到達したわけではない。正直に書けば、「18年住んだ家を手放したくない」という感情もあった。

ただし、感情だけで判断したわけでもない。60代以降の賃貸リスク、不可逆性、事業按分——これらの要素を並べて検討した結果、感情の方向と合理性の方向が一致した。一致しなかった場合にどう判断したかはわからないが、少なくとも今回は「感情を合理性で検証し、結果として同じ方向を向いた」という経緯だった。

住み替えの意思決定において重要なのは、感情を排除することではなく、感情と合理性を分けて把握したうえで統合することだと考えている。

まとめ — 分譲マンションを売らずに賃貸に出す判断の要点

  1. 60代以降の賃貸リスクに備えるため、所有権は手放さない——単身高齢者の入居審査が厳しくなる現実を前提に、「戻れる家」を残す判断をした。
  2. 売却は不可逆的な決断であり、短期の利益より長期の選択肢を優先した——市場が好調でも、住まいの安全網を失うリスクのほうが大きいと判断した。
  3. 定期借家契約により、柔軟性と所有のメリットを両立させる設計にした——普通借家では戻れなくなるリスクがあるため、期間を区切って運用する。
  4. 月次の持ち出しは「将来の住まい確保の保険料」と位置づけた——ローン完済後に収支が反転する構造を前提に、短期の赤字を許容した。
  5. 住居費の事業按分において、賃貸に住み替えるほうが合理的だった——個人事業の経費処理の観点からも、持ち家に住み続けるより有利な構造になった。

50代で住み替えとMBA取得を同時に決断した経緯については、50歳からのMBA どこで、いつから学ぶか?にも書いている。

よくある質問(FAQ)

Q1. 分譲マンションを賃貸に出すと住宅ローンはどうなるのか?

住宅ローンは原則「自己居住用」が条件であり、賃貸に出す場合は金融機関への届け出が必要である。転勤などやむを得ない事情があれば継続を認められるケースが多いが、事前に金融機関へ相談し、承諾を得ておくことが重要だ。無届けで賃貸に出すと契約違反となり、一括返済を求められるリスクがある。

Q2. 60代・70代でも賃貸を借りやすくする方法はあるのか?

家賃保証会社の利用、UR賃貸住宅(公的賃貸)の活用、高齢者向け住宅(サービス付き高齢者向け住宅等)の検討、十分な預貯金の提示などが対策として挙げられる。ただし、いずれも「選べる物件の幅が広がる」程度であり、若年層と同等の選択肢が確保されるわけではない。

Q3. 定期借家だと借り手がつきにくいのでは?

普通借家と比べて借り手が限定されるのは事実である。ただし、転勤族や期間限定の単身赴任者など、一定の需要層は存在する。地元大手の管理会社はこうした需要層とのマッチングにも対応しており、立地や物件条件が良ければ空室リスクは限定的と言える。家賃を相場より若干低めに設定することで、入居者確保の確度を上げる運用も可能だ。

Q4. 売却して得た資金を運用したほうが合理的ではないか?

売却益をインデックスファンド等で運用するほうがリターンが大きいという試算は成り立つ。ただし、それは「将来の住まいを別の手段で確保できる」前提での比較である。高齢単身者の賃貸リスクを金融資産だけでヘッジできるかは不確実であり、自分の場合は「住まいの安全網」を現物で持つことを優先した。リスク許容度と価値観によって結論は異なる。

Q5. 管理の手間はどの程度かかるのか?

管理会社に委託する場合、入居者募集・契約手続き・家賃回収・クレーム対応・退去時の原状回復まで一括で任せられる。オーナー側の実務は月次の収支報告確認と、大規模修繕などの意思決定程度である。「管理が大変そう」という懸念は、委託範囲の設計次第で大幅に軽減できる。

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