「真のライバルは女子ゴルフ界」──原晋監督が挑む、日本女子長距離の閉鎖的体質

2000年のシドニー五輪。高橋尚子選手がゴールテープを切った瞬間、テレビの前の日本中が沸き立ちました。視聴率40.6%※1。深夜の中継にもかかわらず、国民の4割以上が画面の前で固唾を飲んで見守った。2004年のアテネ大会でも野口みずき選手が金メダル。日本女子マラソンは、まさに世界の頂点にいました。

あれから20年。2024年パリ五輪では鈴木優花選手が6位入賞※2。表彰台は遠く、あの熱狂は戻ってこない。そしてその深層には、数字が物語る「止まった時計」があります。厚底革命の恩恵が届かなかった構造的問題と、女子ゴルフが証明した「開放性が競技を救う」法則をひもときます。

止まった時計──19年間動かなかった日本記録

野口みずき選手が2005年のベルリン・マラソンでマークしたマラソン日本記録・2時間19分12秒。この記録が更新されたのは、なんと2024年1月の大阪国際女子マラソンでした。前田穂南選手が2時間18分59秒を打ち立てるまで、日本記録は19年間ただの一度も動きませんでした※3。

マラソンだけではありません。5000m・10000mの高校記録は20年以上にわたってほとんど更新されていません。競技人口も深刻な右肩下がりです。日本のランニング推計人口は2024年に758万人(2020年比で約28%減)。なかでも衝撃的なのが若い女性の離脱で、20代女性の実施率は2020年の15.8%から2024年には4.9%と、わずか4年で3分の1以下に激減しました※4。

原晋監督はこの状況を「非常に危機的」と表現しています。「女子長距離は記録は伸びていないし、競技人口も4割減。このまま行くと、指導者の雇用も、チーム数も、大会自体も少なくなってくる」※5──数字を見れば、この言葉が誇張でないことがわかります。

厚底革命は、なぜ女子に届かなかったのか

2017年頃からナイキのカーボンプレート入り厚底シューズが長距離界を席巻しました。2018年には設楽悠太選手が16年ぶりに男子マラソン日本記録を更新。翌年には大迫傑選手がさらに更新し、2021年には鈴木健吾選手が日本人初の2時間4分台を達成。男子は3年で大きく記録が動きました。

一方、女子の日本記録が動いたのは2024年。男子の記録ラッシュから6年もの遅れをとっています。なぜ同じシューズがあったのに女子には届かなかったのか。その背景には、複数の構造的問題が絡み合っています。

第一の問題:指導者の男女格差

全日本実業団女子駅伝(クイーンズ駅伝)でも全国高校女子駅伝でも、女性監督は極めて少数にとどまります。大半の女子選手が、男性監督のもとで練習を積んでいます。厚底シューズの恩恵を最大限引き出すにはフォアフット走法への移行が求められますが、女性特有の身体(骨格・月経周期・疲労骨折リスク)に対する理解なしに、そのような抜本的な指導の変革を進めることは難しかった。

実際、前田穂南選手を指導する天満屋の武冨豊監督は、選手が厚底シューズに移行した当初の約1年間はシューズと「喧嘩をしている」状態だったと語っています。「ようやくしっくりくるように」なってから日本記録樹立まで、相当の時間がかかりました。

第二の問題:シューズスポンサーの縛り

実業団チームはシューズを含む用具を企業スポンサーと一括契約するのが一般的です。ナイキの厚底が圧倒的優位を示した際、アシックス・ミズノなどと契約中のチームの選手が、ロゴを隠してナイキでレースに出るケースさえ実際に起きました。女子の場合、男子と比べて強化投資が薄く、個人でメーカーと交渉できる選手も少ないため、チームの契約に縛られたまま最新テクノロジーへのアクセスが遅れました。

第三の問題:移籍制度の硬直性

チームと「円満退社」の合意がなければ他チームへの移籍が認められないというルールが実業団には存在します。しかし女子の場合、「円満」認定はほぼ出ないというのが実態で、チームの方針や指導法が合わなくても、選手は引退か残留かの二択を迫られてきました。自分に合った環境を選ぶ自由がないまま、潜在能力が埋もれていった選手は少なくないはずです。

研究によれば、厚底カーボンシューズによるランニングエコノミーの改善効果は男性5.7%に対して女性4.2%と、男性の方がやや大きいとの報告もあります※6。しかしこの差だけで6年の遅れを説明できるはずもありません。技術革新の恩恵を受け取れる「組織の開放性」が、女子陸上には決定的に欠けていたのです。

岩出玲亜が見せた「構造の現実」

その閉鎖性を身をもって体現した選手がいます。岩出玲亜選手。日本代表として世界大会に出場した実力者です。

2017年に実業団チームを離れてスポーツメーカー「ドーム」へ移籍、2020年8月には完全フリーのプロランナーへの転向を宣言しました。2021年1月にアディダスとスポンサー契約を結び、プロランナーとして第一線で走り続ける道を選んだのです。

しかし現実は苛烈でした。「収入がゼロになった」。岩出選手本人がそう語るほど、プロランナーとして生計を立てる環境が日本には整っていませんでした。クラウドファンディングで100万円超を調達して合宿費用に充て※7、一般ランナーを集めた有料練習会を月6回ほど開催し、YouTube活動でスポンサー獲得を模索する。そんな日々が続きました。

注意が必要なのは、岩出選手に対して陸連が制裁や公式な批判をしたという事実は確認されていない点です。問題はもっと構造的なところにあります。「実業団のチームに所属していなければ、クイーンズ駅伝などの主要大会に出場できない」──これは制裁ではなく、単なる参加資格要件です。しかしその要件そのものが、プロランナーという選択肢を事実上つぶす機能を果たしていました。

「プロランナーとして活躍することで、若い世代の選択肢になりたい。女子陸上界の新たなスタイルを確立したい」と語っていた岩出選手は、2022年にデンソーに入社し実業団に復帰しました。個人で戦う道は、まだあまりにも険しかった。

女子ゴルフ界でプロ宣言が才能の証明として祝福される一方、女子陸上界ではプロとして戦う環境すら整備されていない。この非対称性こそが、競技の停滞の根にあります。

女子ゴルフが証明したこと

一方、同じ女性スポーツで真逆の道を歩んできた競技が女子ゴルフです。

原晋監督は女子駅伝チーム創設の記者会見でこう語っています。

「毎週のようにゴルフの試合がある。2003年までは、そんなにメジャースポーツではなかった。しかし今は試合数が37試合に増えて、1試合平均の賞金総額も2倍。このきっかけを作ったのは、当時18歳の宮里藍さん、そして横峯さくらさん。この2人の頑張りで試合数、賞金総額も増えて華やかな世界になった」※5

2003年、高校3年生だった宮里藍選手がプロ転向直後に優勝し、翌年には横峯さくら選手が台頭。若いスター選手の登場がメディアを動かし、スポンサーが集まり、試合数と賞金が拡大する好循環が生まれました。渋野日向子選手の「シブコ」ブーム、稲見萌寧選手の東京五輪銀メダルも、こうして育まれた土壌があってこそです。

JLPGAが変えてきたもの

女子ゴルフの成功は、ルール改定の歴史とも切り離せません。

JLPGAにはかつて、シードを持つ選手がシーズン中の全試合数の60%以上に出場しなければならないという義務規定がありました。国際ツアーへの登録をしていない選手が海外ツアーに参加できるのは「年間1試合」のみ。これは事実上、日本のトップ選手が海外で戦うことを制限する規定でした。

転機となったのは2021年の笹生優花選手による全米女子オープン優勝です。プロ転向2年目の19歳が米国の最高峰を制したことで、JLPGAは国際ツアー登録のタイミングを「シーズン開幕前のみ」から「シーズン中でも可」へと柔軟化しました(2022年改定)。国際ツアー登録をすれば国内出場義務が60%から20%へと大幅に緩和される制度も整備され、海外を主戦場にする選手が国内ツアーとの二重負担を負わずに活動できるようになりました※8。

畑岡奈紗選手はJLPGA入会とほぼ同時に米LPGAを主戦場とし、古江彩佳選手も2022年からLPGAで結果を出しています。「日本ツアーで下積みをしてから海外へ」というキャリアの型が崩れ、才能のある選手が最初から世界を目指せる構造に変わってきました。

選手を縛るのではなく、選手の活躍をもって業界全体を盛り上げる。JLPGAが体現しているこの発想は、陸上界にとって大きな示唆です。

原晋の決断──閉じた業界に、外の論理を持ち込む

こうした現状を「非常に危機的」と見た原晋監督が、2026年4月1日に創設したのが青山学院大学女子駅伝チームです(4月4日に記者会見)※9。

監督はこう語ります。「華やかなゴルフ界のメカニズムを勉強しながら、女性が輝かしく、自分らしく走れる環境整備を整えることで、結果として記録も伸びるし、競技人口も増える、そういう構造を我々大学女子駅伝界は作っていきたい」

「真のライバルは女子ゴルフ界」という発言は、単なるキャッチフレーズではありません。他の大学を倒すことを目標にするのではなく、女子陸上界そのものをゴルフ界のように開放し、魅力的にすることを目指す──という変革宣言です。

革新の中身──常識を逆から組み立てる

チームコンセプトは「美しさ・爽やかさ・力強さ」。現場責任者として起用したのは橋本崚コーチ。青学OBで、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)5位・東京五輪代表補欠、自己ベスト2時間09分12秒という経歴を持つ若きエリートです。

最も注目すべき革新は男女合同練習です。朝練から合宿まで、男女が同じメニューで走ります。これは日本の大学陸上ではほぼ前例がありません。男子トップクラスの競争環境に日常的に身を置くことで、女子選手の感覚と競技水準を底上げする狙いがあります。「女子は女子だけで」という慣習を破ることへの批判は当然起きるでしょうが、その慣習を守り続けた先に記録の停滞があったとするなら、破ること自体が革新の出発点です。

女性特有の身体ケアについては、ワコール「CW-X」との連携で科学的サポートを整備しています。1期生は芦田和佳選手(立命館宇治)と池野絵莉選手(須磨学園)の2名。2027年度の全日本大学女子駅伝(杜の都)初出場・初優勝が最初の目標です。

マネジメントの視点から読み解く

ここまで整理してみると、この話が一大学の部活動創設をはるかに超えた意味を持つことが見えてきます。

閉鎖的な組織・業界に変革を起こすとき、変革者が取るべきアクションのパターンがあります。原晋監督はその教科書通りに動いています。

  • 危機の可視化:「競技人口4割減」「記録19年不動」という数字で現状を突きつける
  • 外部ベンチマーク:業界内ではなく女子ゴルフという外部の成功例を比較軸に置く
  • 構造ごと変える:練習体制・指導者の性別・企業連携を個別ではなく一体で刷新する
  • 既存の常識を問い直す:「女子は女子だけで練習する」という前提に疑問符を打つ

企業でも同じことが起きます。業界の常識に染まった内部者だけでは変革は難しい。外の論理を持ち込む人間が、危機を変革の入口に変えるのです。

ひとつ補足すると、岩出玲亜選手が身をもって示したように、個人の努力だけでは構造は変わりません。「プロランナーとして戦える環境」を整備するには、陸連・実業団・大学・メーカーという複数のステークホルダーが動かなければならない。原監督の行動が、そのきっかけのひとつになるかどうかが今後の見どころです。


原監督の変革思考をさらに深く知りたい方には、著書がおすすめです。


2027年秋、杜の都・仙台。もしそこに青学の女子ユニフォームが現れたとき、それは一チームの勝利にとどまらず、20年以上止まっていた時計が動き始めた瞬間として記憶されるかもしれません。原晋監督の挑戦は、始まったばかりです。


参考・出典

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