この記事でわかること
- 「リーダーシップを学ぶ」と「リーダーシップ開発をする」の本質的な違い
- 氷山モデルで整理するリーダーの3層構造(行動・スキル・ウェイ)
- リーダーシップ開発の4ステップフレームワーク
- KotterによるマネジメントとリーダーシップPの役割の違い
- 創造と変革の場面で陥りがちな3つの罠(視野狭窄・狭い責任感・展望の欠如)
- ドラッカーとベニスの「リーダーは生まれるのではなく、なるのだ」の真意
- Day6最終提出物「自己開発コミットメントシート」の全体構造
はじめに:リーダーシップ「開発」とは何か
MBA大学院の「リーダーシップ開発と倫理・価値観」(LEV)は、全6回・約3ヶ月にわたって、受講者自身が「創造と変革の場でリーダーとして活躍するために必要な諸要件を明確化し、それらを効果的に開発するための方法論を見いだす」ことを目的とした科目だ。
通常のMBA科目がフレームワークや理論を「外側の対象」に適用する構造なのに対し、LEVの最大の特徴は観察対象が「自分自身」であることにある。
Day1で最初に突きつけられた問いがこれだった。
「リーダーシップを学ぶ」と「リーダーシップ開発をする」は、どう違うのか?
講師は明快に区別した。
- リーダーシップ論:「優れたリーダーとはどんなリーダーか」を分析する。観察対象は他者のリーダー
- リーダーシップ開発:「どうしたら自分が優れたリーダーになれるか」を追求する。観察対象は自分自身
つまりこの科目のテーマは「開発=自らを開いて見る。そして、発展させていく」ことそのものだ。
ここで「開」の字に注目したい。リーダーシップ開発の第一歩は、自分を「開く」こと ―― 普段は蓋をしている自分の弱さ、思い込み、価値観を他者の前にさらけ出し、フィードバックを受け入れることから始まる。この覚悟がなければ、どれだけ理論を学んでも「開発」にはならない。
リーダーとは何か ― ドラッカーの定義
Day1の冒頭で引用されたドラッカーの言葉が、科目全体の基盤となる。
「つき従う者がいる」ことが、リーダーの定義。信頼がない限り従う者はいない。
―― ピーター・F・ドラッカー
この定義は一見シンプルだが、深い含意がある。リーダーシップは役職ではなく関係性から定義されるということだ。部長であっても誰もついてこなければリーダーではないし、平社員でも周囲が自然に従うなら、その人はリーダーだ。
そして「信頼」が条件であるならば、リーダーシップ開発とは究極的には「どうすれば人から信頼される人間になれるか」という問いに帰着する。
もう一つ、ウォーレン・ベニスの言葉も引用された。
人はリーダーに生まれるのではなく、リーダーになるのだ。
―― ウォーレン・ベニス(南カリフォルニア大学教授)
ドラッカーも同様の趣旨を述べている。
生まれついてのリーダーなど存在せず、リーダーとして効果的にふるまえる習慣を持つ人間が、結果としてリーダーに育つのだ。
リーダーシップは先天的な資質ではなく、意識的に開発できる。だからこそこの科目が存在する。
リーダーに重要な要素の3層構造 ― 氷山モデル
「理想のリーダーとは?」という問いに対して、クラスで出た答えを整理すると、3つの層に分類された。
graph TB
subgraph 水面上["水面上(目に見えやすい)"]
A["行動・振る舞い
ビジョンを示す/人を巻き込む/決断する
個を活かす/正しく伝える"]
B["能力・知識・経験
洞察力/決断力/問題解決力
専門知識/人脈"]
end
subgraph 水面下["水面下(目に見えにくい)"]
C["意識・マインド・価値観
熱心な/誠実な/謙虚な/フェアな
逃げない/タフな/責任感が強い"]
end
A --- B
B --- C
この3層を科目独自の用語で整理すると以下のようになる。
| 層 | 具体例 | 科目での呼称 |
|---|---|---|
| 行動・振る舞い | ビジョンを打ち出す、高い目標を掲げる、夢を語る、周囲を巻き込む | 観察可能なリーダー行動 |
| 能力・知識・経験 | 洞察力、決断力、説得力、問題解決能力、先見性、専門知識 | スキル |
| 意識・マインド・価値観 | 熱心、情熱的、誠実、謙虚、フェア、逃げない、責任感 | ウェイ |
ここでの核心的な公式は:
行動 = 能力(スキル) × 意識(ウェイ)
他者に影響を及ぼすには「行動」するしかない。そして行動は「能力」だけでなく「意識」が掛け合わされて初めて生まれる。スキルがあっても想いがなければ行動に至らないし、想いがあっても能力がなければ効果的な行動にならない。
「とりわけどこが大事か」という問い
クラスでは「3層の中でとりわけどこが大事か?」という議論も行われた。もちろん全て大事だが、多くの受講者が水面下(ウェイ)の重要性を感じていた。能力は後から身につけられるが、根底にある価値観や想いが定まっていなければ、方向性のない努力になってしまうからだ。
リーダーシップ開発の4ステップフレームワーク
科目全6回を貫くメタフレームワークが、以下の4ステップだ。
flowchart LR
A["①ありたい
リーダー像を描く"] --> B["②自分自身の
現状を把握する"]
B --> C["③差分を特定する
(スキル・ウェイ)"]
C --> D["④差分の埋め方を探る
(ギャップ)"]
D -.->|継続的改善| A
各ステップの詳細と科目Day構成との対応:
| ステップ | 核心の問い | 具体的手法 | 対応Day |
|---|---|---|---|
| ①ありたいリーダー像を描く | どんなリーダーになりたいか | ケースディスカッション、ワークシート1 | Day1-2 |
| ②現状を把握する | 周囲から今どう見られているか | 360度フィードバック、ジョハリの窓 | Day3 |
| ③差分を特定する | スキル・ウェイの何が足りないか | 価値観棚卸、倫理観棚卸 | Day3-5 |
| ④差分の埋め方を探る | どう乗り越えるか | 免疫マップ、コミットメントシート | Day2, Day6 |
ここで「ギャップ」という用語は多義的に使われる。『これからのマネジャーの教科書』では「周囲との考えの違いを乗り越える力」と定義されているが、LEVではより広義に「あるべき基準との差分、およびその埋め方」という意味合いでも使われる。
リーダーシップとマネジメントの違い ― Kotterの理論
Day1のケースディスカッションで浮き彫りになったのが、リーダーシップとマネジメントの混同問題だ。John P. Kotterの古典的論文 “What Leaders Really Do”(HBR, 1990)に基づき、以下の整理が示された。
graph TB
subgraph Leadership["リーダーシップ ― 変革を推し進める"]
L1["1. 変革の方向設定
(ビジョン・戦略を描く)"]
L2["2. 方向性共有のコミュニケーション
(人々にビジョンを伝え、理解を得る)"]
L3["3. 動機づけ
(困難に直面しても前に進む力を与える)"]
end
subgraph Management["マネジメント ― 複雑さに対処する"]
M1["1. 計画立案・予算策定
(目標とステップを設定する)"]
M2["2. 組織化・人材配置
(計画遂行のための体制を整える)"]
M3["3. コントロール・問題解決
(計画との乖離を修正する)"]
end
| 観点 | リーダーシップ | マネジメント |
|---|---|---|
| 本質 | 変革を推し進める | 複雑さに対処する |
| 方向性 | ビジョンを描き方向設定 | 計画を立て予算を策定 |
| 人の動かし方 | 方向性を共有し動機づけ | 組織化し人材を配置 |
| 制御 | エンパワーメント | コントロール・問題解決 |
多くのビジネスパーソンは、マネジメントの業務(計画、管理、問題解決)に追われるあまり、リーダーシップの本質である「方向設定」「ビジョン共有」「動機づけ」が疎かになる。Day1のケースはまさにこの問題を体現していた。
なぜマネジメントに偏るのか
- マネジメントは「やるべきこと」が明確で取り組みやすい
- リーダーシップは「正解がない」ため着手しにくい
- 組織の評価制度がマネジメント成果(計画通りの遂行)を報酬する設計になりがち
- 「忙しさ」がマネジメント偏重を正当化する
創造と変革の場で陥りがちな3つの罠
Day1のケースディスカッションを通じて抽出された、マネジメント経験が乏しい状態で変革の場面に直面した場合の典型的な罠。
graph TD
A["罠①:視野狭窄"] --> A1["モグラ叩きに忙殺される"]
A --> A2["本質的な手が打てない"]
A --> A3["「忙しい」が口癖になる"]
B["罠②:狭い責任感"] --> B1["部分最適に陥る"]
B --> B2["与えられた仕事の範囲だけに責任を限定"]
B --> B3["重責の高揚感が盲目にさせる"]
C["罠③:展望の欠如"] --> C1["待ちの姿勢"]
C --> C2["機会を活かす準備がない"]
C --> C3["目先のことだけで大きな方向性を示せない"]
罠①:視野狭窄
「忙しすぎる」状態は、こなすことに懸命になり、モグラ叩きに忙殺され、本質的な手が打てなくなる状態だ。タスクをこなしている実感はあるが、全体の方向性に対する影響はほとんどない。ケースの主人公はまさにこの状態だった ―― 一生懸命に働いているのに、プロジェクトの進捗が芳しくない。
対処法:定期的に「自分は今、本質的なことに取り組んでいるか」を自問する。重要度×緊急度マトリクスで「重要だが緊急でない」象限に意識的に時間を割く。
罠②:狭い責任感
重責を担う高揚感が、部分最適に陥っている自分を見失わせる。「自分の担当範囲はここまで」と責任を限定し、組織全体の最適化やステークホルダーとの調整を怠ってしまう。
対処法:「自分の仕事の先に何があるか」「この仕事の最終的な受益者は誰か」を常に考える。自分の責任範囲を1段上(上司の視点)から俯瞰する習慣をつける。
罠③:展望の欠如
「こうなっていたい」「この事業をこう育てたい」という展望(ビジョン)がないまま日々のオペレーションに追われる。その結果、予期せぬ機会(キーパーソンの来訪、経営陣との接点)が訪れても活かすことができない。
対処法:「3年後にこの事業はどうなっているべきか」を常に考え、その方向に向かうための「準備」を怠らない。機会は準備している人にだけ見える。
ケースから得られた核心的教訓
成果を上げるためには、目先のことだけではなく、大きな方向性を示し、周囲へプロアクティブに働きかけていくことが必要。
やりにくい環境のせいにしていても始まらない。結果を出すためにはプロアクティブな働きかけが不可欠だ。環境を言い訳にする姿勢そのものが、リーダーシップの欠如の証拠である。
セッション参加の基本姿勢
この科目特有のアプローチとして、Day1で示された3つの基本姿勢がある。これは通常のケースメソッドとは根本的に異なる。
- 自分自身に置き換えて考える — ケースは自分自身を考えるための「鏡」。ケースの議論をふまえ自分自身に矢を向けて考える
- 丁寧な言語化を重視する — 頭の中で考えていることは意外と曖昧で不確か。言葉にして話してみることで、心のざわつきも感じとる
- お互いから学ぶ、互いを高め合う — 立場が違えばものの見方は異なるもの。多様な考えを理解しアドバイスし合うことで、互いの成長を促す
根底にある原則は:
己を偽ることなく、正直な自分を直視する
通常のケーススタディでは「正解を導く」ことが目的になるが、この科目では議論(ディスカッション)ではなく対話(ダイアローグ)が重視される。「〜すべき」という議論は不要。正解・不正解もない。大切なのは自分に正直であること。
自己開発コミットメントシートの全体像
Day6で最終提出する「自己開発コミットメントシート」の構造がDay1で提示された。これはDay1-5の学びを統合する器であり、この最終成果物を意識しながら毎回の学びを積み上げていく設計になっている。
flowchart TD
A["①ありたい姿(何年後に、どんな舞台で何を実現しているか)"]
B["②スキルとウェイ(身につけるべき能力+重視したい価値観・倫理観)"]
C["③差分と留意点(スキル現状/ウェイ現状/思い込み/倫理の誘因)"]
D["④アクションプラン(学内:科目・クラブ / 学外:職場・個人)"]
E["⑤進捗確認方法・メンター"]
A --> B
B --> C
C --> D
D --> E
そしてこのシートの冒頭に記された問いが、全6回を通じて何度も反芻されることになる。
あなたは本当にリーダーになりたいですか? 心の底からYesといえますか?
参考書籍
本Day のハンドアウトで紹介・引用されている書籍は以下の通り。
『これからのマネジャーの教科書』 グロービス経営大学院著、田久保善彦監修(東洋経済新報社)
科目全体の参考書。「スキル」「ウェイ」「ギャップ」概念の出典。
『ストレングス・リーダーシップ』 トム・ラス、バリー・コンチー著(日本経済新聞出版)
リーダーは全能力を一人で兼ね備える必要はなくチームで補完し合えばよいという視点。
『リーダーになる[増補改訂版]』 ウォレン・ベニス著(海と月社)
「人はリーダーに生まれるのではなくリーダーになるのだ」の出典。
Day1の学びを実務に活かすために
Day1から持ち帰れる具体的アクションは以下の5つだ。
- 自分のポジションでのリーダーシップ課題を書き出す — 「感じている課題」と「解決のために何をすべきか」を各1枚で明文化する
- スキルとウェイのどちらが課題か切り分ける — 能力不足なのか、意識・動機の問題なのかを識別する
- リーダーシップとマネジメントの比率を振り返る — 先週1週間の仕事のうち、「変革の方向設定」に何時間使ったかを数える
- 3つの罠に陥っていないか週次で自問する — 視野狭窄・狭い責任感・展望の欠如のセルフチェック
- ワークシート1(自分に求められるリーダー要件)を仮記入する — 外部環境→戦略→課題→求められる要件の流れで整理する
FAQ
Q1: リーダーシップ開発はマネージャーだけが対象ですか?
A: いいえ。ドラッカーの定義に従えば「つき従う者がいる」人は全てリーダーです。役職に関係なく、人に影響を与え変化を起こしたい全ての人が対象です。プロジェクトリーダー、チームリーダー、さらには後輩に影響を与える先輩社員も含まれます。
Q2: スキルとウェイはどちらを先に開発すべきですか?
A: 状況によりますが、ウェイ(価値観・マインド)は行動の土台であり、スキルだけ高めても内発的動機がなければ持続しません。一方、ウェイが明確でも最低限のスキルがなければ成果が出ない。両輪で考えることが重要ですが、「何のために(ウェイ)」が先にあるほうが、スキル開発の方向性が定まりやすいです。
Q3: 「ありたいリーダー像」がまだ描けない場合はどうすればいいですか?
A: それが正常な出発点です。Day1-5のケース対話を通じて徐々に解像度を上げていく設計になっています。まずは「どんな場面でどんなリーダーに自分はなりたいか」を断片的にでも書き出すことから始めましょう。完璧な答えは求められていません。
Q4: マネジメントとリーダーシップは完全に別物ですか?
A: 別物ではなく補完関係です。Kotterも「両方が必要」と述べています。複雑な組織を動かすにはマネジメントが不可欠ですが、変革を推進するにはリーダーシップも同時に必要です。問題は多くの人がマネジメントに偏りがちなこと。意識的にリーダーシップの行動(方向設定、動機づけ)を増やすことが開発のポイントです。
Q5: この科目は「正解」がないのに、どう評価されるのですか?
A: クラスディスカッションの質と量(各Day 12点満点)、予習アサインメント提出(5回×1点)、振り返り投稿(5回×1点)、そしてDay6のレポート(自己開発コミットメントシート、10点×2倍=20点)で評価されます。対話を重視する科目のため、発言点のウエイトが特に高い設計です。
まとめ
- リーダーシップ開発とは、自分自身を観察対象とし、「自らを開いて見る。そして発展させていく」営み
- リーダーの要素は「行動=能力(スキル)×意識(ウェイ)」の氷山モデルで整理できる
- 開発の4ステップ:ありたい像→現状把握→差分特定→差分の埋め方。これを繰り返す
- Kotterの理論により、リーダーシップ(変革推進)とマネジメント(複雑さ対処)は補完関係
- 創造と変革の場面では「視野狭窄」「狭い責任感」「展望の欠如」に特に注意
- 正解を導く議論ではなく、己を偽ることなく正直な自分を直視する対話が成長の鍵
- リーダーは生まれるのではなく「なる」もの。意識的な開発で誰でもリーダーになれる
次回Day2では、ケースの続きを通じて「自己変革の阻害要因」を深掘りし、ロバート・キーガンの「免疫マップ」でなぜ人は変われないのかの構造に迫る。