予測財務諸表の作り方 ── 前提の置き方で結果は180度変わる

この記事でわかること

  • 予測財務諸表を作る目的と、「良い予測」の条件
  • P/L → B/S → PLUGの3ステップ作成手順(計算例つき)
  • 前提条件の設定方法と妥当性チェックリスト
  • PLUGの仕組みと、結果の読み解き方
  • 感度分析・シナリオ分析の実践方法

予測財務諸表とは何か

予測財務諸表とは、将来のP/L(損益計算書)とB/S(貸借対照表)を、一定の前提条件に基づいて作成したものだ。

過去の財務諸表 予測財務諸表
対象 過去の実績 将来の見通し
作り手 経理部門(ルールに従う) 経営企画・事業部門(前提を自分で設定)
目的 実績の報告 意思決定の根拠
精度の評価 正確性(ルール準拠か) 前提の妥当性(根拠があるか)

「良い予測」とは的中率が高い予測ではなく、前提が明示されていて、前提が変わったときの影響を評価できる予測だ。

作成の3ステップ:全体像

Step 1 予測P/Lを作る 売上→費用→利益

Step 2 予測B/Sを作る 運転資本→固定資産→負債

Step 3 PLUGで調整 B/Sの左右を一致

検証 財務指標の確認 + 感度分析 + シナリオ分析

前提見直し

Step 1:予測P/Lを作る

売上高の予測から始める。ここが最も重要かつ最も不確実な前提だ。

売上高の予測:3つのアプローチ

アプローチ 方法 適する場面
トップダウン 市場規模 × 成長率 × 自社シェア 新規事業、中長期計画
ボトムアップ 顧客数 × 単価 × 購買頻度 既存事業、短期計画
時系列 過去のトレンドを延長 安定成長期の事業

費用の2分類

売上が決まったら、費用を2種類に分けて予測する。

分類 予測方法 具体的な項目
売上比例項目 過去の売上高比率で自動計算 売上原価(変動費部分)、販売手数料、物流費
個別見積もり項目 事業計画に基づいて個別設定 人件費、家賃、減価償却費、R&D、広告費

計算例:IT企業の予測P/L

前提:売上高10%成長、変動費率は前年と同じ40%、固定費は人員3名増加分を加算

項目 前期(実績) 当期(予測) 予測根拠
売上高 10億円 11億円 既存顧客の深耕+新規2社
変動費 4億円 4.4億円 売上比例(40%)
限界利益 6億円 6.6億円
固定費 4.5億円 4.95億円 人員3名増(@1,500万)
営業利益 1.5億円 1.65億円
営業利益率 15.0% 15.0%

Step 2:予測B/Sを作る

P/Lができたら、B/Sの各項目を予測する。

運転資本項目:回転期間で計算する

B/S項目 計算式 計算例(売上11億円の場合)
売掛金 売上高 × 売上債権回転期間 ÷ 365 11億 × 60日 ÷ 365 = 1.81億円
棚卸資産 売上原価 × 棚卸資産回転期間 ÷ 365 4.4億 × 30日 ÷ 365 = 0.36億円
買掛金 売上原価 × 仕入債務回転期間 ÷ 365 4.4億 × 45日 ÷ 365 = 0.54億円

回転期間は過去の実績値を使うのが基本。ただし取引条件の変更や業態転換がある場合は調整する。

固定資産・負債・純資産:個別に設定

B/S項目 計算式
固定資産 前期末残高 + 設備投資 − 減価償却費
長期借入金 前期末残高 + 新規借入 − 返済額
純資産 前期末残高 + 当期純利益 − 配当金

Step 3:PLUGで調整する

P/LとB/Sを組んだ後、B/Sの左右(資産 vs 負債+純資産)は一致しないことがほとんどだ。この差額を埋めるのがPLUGだ。

PLUGの概念:B/Sの左右を一致させる

資産合計 現預金 売掛金・在庫 固定資産 8.5億

負債+純資産 借入金・買掛金 純資産 7.8億

PLUG +0.7億

=

差額=資金不足 →短期借入金で補う

PLUGの結果 意味 調整先 次のアクション
資産 > 負債+純資産 資金が不足 短期借入金に加算 資金調達計画を立てる
資産 < 負債+純資産 資金に余裕 現預金に加算 投資・配当・内部留保を検討

PLUGの計算例

項目 金額
資産合計 8.5億円
負債+純資産(PLUG前) 7.8億円
差額(PLUG) 0.7億円の資金不足
→ 短期借入金に0.7億円を追加
負債+純資産(PLUG後) 8.5億円 ✓

PLUGが大きい場合は前提を見直す。設備投資のタイミングを後ろ倒しにできないか、運転資本を圧縮できないか、と前提に立ち返る。

前提条件の妥当性チェック

予測の信頼性は前提の妥当性で決まる。以下のチェックリストで検証する。

売上予測のチェック

チェック項目 確認内容 危険シグナル
市場成長率との整合 自社の成長率は市場全体と比べて妥当か 市場3%成長なのに自社20%成長を前提
過去トレンドとの乖離 急激な変化の根拠はあるか 根拠なく前年比30%増
業界平均利益率との比較 予測利益率は業界平均と比べて妥当か 業界平均6%なのに自社20%を前提
顧客集中リスク 特定顧客への依存度は考慮したか 売上の50%が1社に依存

費用予測のチェック

チェック項目 確認内容 危険シグナル
変動費率の前提 原材料・外注単価の変動を織り込んだか 為替変動、インフレを無視
段階的固定費増 売上拡大に伴う追加投資を含めたか 売上2倍なのに固定費据え置き
一時費用の計上 新規事業、システム導入等の非経常費用 大型投資の計上漏れ
人件費の見通し 賃上げ、採用コスト、教育コスト 人員増加に伴う間接コスト漏れ

感度分析で前提崩壊リスクを可視化する

1変数の感度分析

最も影響の大きい変数を特定する。

売上成長率 予測営業利益 基準との差
+20% 2.85億円 +1.2億円
+10%(基準) 1.65億円
±0% 0.45億円 ▲1.2億円
▲10% ▲0.75億円(赤字) ▲2.4億円

→ 売上が前年比マイナスに転じると赤字。成長率のブレに対して利益が非対称に動く。

2変数マトリクス

売上成長率 × 変動費率変動の2軸で営業利益がどう動くかを一覧にする。

変動費率38% 40%(基準) 42% 45%
売上+20% 3.29億 2.85億 2.41億 1.75億
売上+10% 2.09億 1.65億 1.21億 0.55億
売上±0% 0.89億 0.45億 0.01億 ▲0.65億
売上▲10% ▲0.31億 ▲0.75億 ▲1.19億 ▲1.85億

→ 「売上横ばい+変動費率2ポイント悪化」でほぼ損益分岐点。この組み合わせが起こりうるかを定性的に評価し、対策を打つ。

3シナリオ分析

シナリオ 売上成長率 変動費率 固定費増減 営業利益
楽観 +15% 38% +3,000万 2.57億円
基本 +10% 40% +4,500万 1.65億円
悲観 +2% 43% +4,500万 0.21億円

IT業界での実践例

プロジェクトポートフォリオの予測P/L

プロジェクト 売上見込 限界利益率 限界利益 ステータス
A案件(既存顧客深耕) 3億円 65% 1.95億円 受注済
B案件(新規提案中) 2億円 55% 1.10億円 提案中(勝率60%)
C案件(入札予定) 1.5億円 50% 0.75億円 準備中(勝率40%)
合計(期待値) 3.35億円
固定費(年間) 2.5億円
予測営業利益 0.85億円

→ B案件が失注した場合の営業利益は0.19億円まで下がる。C案件も失注すると赤字。リスクヘッジとして追加の案件パイプラインが必要だとわかる。

年度計画とPLUGの活用

検討項目 PLUGが示す内容 経営判断
人員10名増加計画 短期借入金+8,000万円 採用を2段階に分け、前半5名で検証後に追加判断
大型設備投資 短期借入金+1.5億円 リースへの切り替えで初期負担を平準化
売掛金回転期間90日 現預金不足 回収サイクルを60日に交渉、ファクタリングも検討

予測財務諸表の限界と補完

限界 内容 補完方法
不確実性の表現が難しい 単一の数値しか出せない 感度分析・シナリオ分析で補う
循環参照の問題 利息→借入金→PLUG→利益→利息のループ Excelの反復計算機能、または前期借入金ベースで仮計算
定性的要因の欠落 競合動向・規制変更は数字にしにくい 定性分析と組み合わせる
前提の陳腐化 作成時点の前提がすぐ古くなる 四半期ごとのローリングフォーキャスト

まとめ

  1. 予測財務諸表の目的は「当てる」ことではなく「意思決定の根拠を作る」こと
  2. P/L → B/S → PLUGの3ステップで作成する
  3. 前提条件は「売上比例」と「個別見積もり」に分け、各前提の根拠を明示する
  4. PLUGで資金の過不足を把握し、追加の資金調達や投資判断につなげる
  5. 感度分析で「前提が崩れたときの影響」を可視化し、リスク管理に活用する

参考書籍

FAQ

Q1. 予測財務諸表は何年先まで作るべきですか?
一般的には3〜5年。事業計画の期間に合わせる。1年目は月次、2年目以降は年次で作ることが多い。3年目以降の予測精度は大幅に落ちるので、感度分析をセットで行う。

Q2. PLUGが大きなマイナス(資金不足)になったらどうすればいいですか?
まず前提を見直す。設備投資のタイミングを後ろ倒しにできないか、運転資本を圧縮できないか。それでも不足するなら資金調達計画を立てる。PLUGの金額が大きいこと自体が問題ではなく、それに対する手当があるかが重要だ。

Q3. Excelで循環参照が出てしまいます。どう対処すればいいですか?
Excelの「ファイル→オプション→数式」で「反復計算を行う」にチェックを入れれば自動的に収束する。反復計算を使いたくない場合は、支払利息を前期の借入金残高ベースで仮計算する方法もある。

Q4. 予測財務諸表とDCF法はどう関係しますか?
DCF法による企業価値評価では、予測財務諸表から将来のフリーキャッシュフローを算出する。予測財務諸表はDCFの入力データになる。ファイナンスの科目でこの接続を学ぶ。


実際のケースで予測財務諸表を組んだ思考プロセスは、noteの学習記録で詳しく書いています。
→ note:予測財務諸表は”願望”ではなく”根拠”(リンク準備中)

広告