私たちゴルファーが腕に巻いているガーミン(Garmin)というデバイスは、ハードウェアとしては紛れもなく超一流の傑作だ。GPSの精度は極めて高く、バッテリーは驚くほど持ち、そして「オートショット機能」はゴルフというコントロール不能な不条理なスポーツにおける全打点を自動で記録してくれる。
しかい、ラウンドを終えてアプリ「Garmin Connect」を開くたび、私は言いようのない虚無感に襲われる。 そこに映し出されているのは、ただの「データの死体」だからだ。
「ここで7番アイアンを打ち、120ヤード飛び、右のバンカーへ沈んだ」 画面には美しい軌跡が描かれているが、それだけだ。だから何だと言うのか。そのデータが、次のホールで、あるいは次のラウンドで私を救ってくれる予言書になることは決してない。ガーミンのアプリは「表示」はしてくれるが、「解析」も「提案」もしない。ただ淡々とした事実の羅列だ。
正直に言って、日本のGDO(ゴルフダイジェスト・オンライン)や楽天スコア管理などのアプリの方が、よほど見た目や使いやすさを整理していて使いやすい。ガーミンは超一流の「記録係」、IoTではあるが、決して「良きアナリスト」ではない。
ということで、私は立ち上がった。メーカーが知恵を与えてくれないのなら、自らの手で「意味」を捏造してしまえばいいのでは?
今日お話しするのは、データの墓場に生命を吹き込む「バイブコーディング」という名の現代の魔法と、その成果についてである。
「だから何?」という名の地獄
ガーミンのオートショット機能は素晴らしい。だが、アプリのUI(ユーザーインターフェース)は、控えめに言って「15年前のビジネスツール」のようなもの。 データはそこにある。しかもたくさんあるはず。なのに、統計は使いづらく、深い洞察に至るにはあまりにも機能が用意されておらず、結局大した情報は出てこない。
たとえば、私は自分のホームコースの17番ロングホールで、「どのルートならばダボを叩かずボギー以下で回れるのか」を知りたい。 ガーミンのデータには、その答えが眠っているはずだ。実はティーショットを飛ばさない方が良いのではないか、定石は左狙いだけど自身の飛距離の場合は右から攻めた方が良いのではないか。しかし、純正アプリでその傾向を掴もうとするのは、過去のスコアカードや該当ホールを1つ1つクリックしなければならないという苦行である。
ショットの痕跡が見える。それは楽しい。最初の3回くらいは。 だが、4回目からは「……で?」という疑問が頭をもたげる。この膨大なデータは、ただストレージを圧迫するためだけに存在しているのだろうか。私たちは「素材」が欲しいのではない。「料理(インサイト)」が欲しいのだ。
魔法の杖「バイブコーディング」をAI開発ツールLovableで実現
そこで私は、今話題のAI搭載アプリ開発プラットフォーム「Lovable(旧GPT Engineer)」を手に取った。 ここで体験したのは、アンドレイ・カーパシー(Andrej Karpathy)氏が提唱した「バイブコーディング(Vibe Coding)」という全く新しいパラダイムだ。
バイブコーディングとは何か。 もはや私たちは、プログラミング言語という呪文を覚える必要はない。必要なのは、AIという名の全能の執事に「こんなイイ感じのバイブス(雰囲気・意図)でアプリを作って」と伝えることだけだ。
私はLovableを立ち上げ、このように打ち込んだ。

すると、どうだろう。 画面の向こう側で、AIが猛烈な勢いでコードを書き、コンポーネントを配置し、画面を構成していく。私はただ、画面を眺めながら「あ、そこはこの項目も分析できるようにして」と、微調整を命じるだけ。
わずか30分で、動くアプリのモックアップが出来上がってしまった。
30分だ。 かつてなら、エンジニアを雇い、仕様書を書き、数ヶ月の期間と数百万の予算を投じなければならなかったものが、早起きしてから朝ご飯の前までのわずか30分で完成してしまったのだ。これこそが、現代の錬金術でなくて何だろうか。
上記の実際のサイトで、下半分の画面で、コース・ティー・ホールを選択してみてほしい。すると、ガーミンで取ったショットデータから、ベストルートを表示してくれる。これこそが私の欲しいものなのだ。

よし、次は自分のデータを連携させよう!と思った瞬間、無料で使える範囲は終わってしまい、上記でアプリ開発は停止してしまった。
皆さんお気づきと思うが、このサイトで表示されている、ベストスコア71!平均スコア83!というのは、全く私のデータではない。課金して開発を継続しようか悩ましいところである。
ガーミンAPIという名の、あまりにも高い城壁
しかし、この魔法を現実のものとするためには、ある巨大な壁が立ちはだかっていた。 それが、ガーミンの「データの囲い込み」という病理である。
私がガーミンからデータを取得するためのAPIという機能について調査したところ(こちらの調査結果1 および 調査結果2 を参照してほしい)、ガーミンの提供する「Connect Developer Program」は、一見開放されているように見えて、その実態は「承認された法人限定」の秘密結社のようなものだった。
個人の開発者が「自分のデータを、自分好みのAIで解析したい」と願っても、ガーミンは入り口で「お帰りください」と冷たくあしらう。APIの利用申請には、法人としての詳細な事業計画や、厳格な審査が要求される。 私たちのデータ――私たちが汗を流し、時には涙を呑んで記録した、私たち自身の肉体の軌跡――であるにもかかわらず、その利用権はガーミンの城壁の中に幽閉されているのだ。
欧州にはGDPRという法律があるが、それでも十分なデータ提供は実現していない。ギリギリ法律をクリアするためだけの対応を行っているのみなのだ。
「エンドユーザー総開発者」の時代において、この姿勢はあまりにも時代遅れだ。 私たちはサブスクリプションのお金だって払う準備ができている。APIを解放し、自由にデータを使わせてほしい。そうすれば、世界中のゴルフオタクたちが、ガーミン純正アプリを凌駕する「神アプリ」を次々と生み出し、結果としてガーミンのデバイスはもっと売れるはずなのだ。
ガーミン様、私は本気だ。マジで頼みます。
2026年、PGA Showへの提言
来年のPGA Show(世界最大のゴルフ見本市)あたりで、ガーミンが大規模なアップデートをしないものかと私は妄想している。 現代のテクノロジーをもってすれば、以下のような機能は「実装できて当然」のはずなのだ。
生成AIによるキャディ・フィードバック 「最近、150ヤード前後のショットが右に出る傾向があります。スイングが早くなっているかもしれません。次のホールは深呼吸してからティーアップしましょう」という具体的な助言。
感情分析との統合 「このホールでダフった後、3ホール連続でパット数が激増しています。あなたは精神的な動揺がスコアに直結するタイプです」というメンタルケア。
確率論的なコース戦略 「今日の風速とあなたの過去の精度からすると、このバンカーを越える確率は30%です。6番アイアンで手前に刻むのが合理的です」という、感情を排した数学的提案。
これらはもはやSFではない。私がLovableで30分で作ったモックの延長線上にあるものだ。 もしガーミンがこれをやらないのであれば、私が代わりに作ってしまいたい。だから、APIを解放してほしいのだ。
未来は「作るもの」であって「待つもの」ではない
今回の体験を通じて私が学んだのは、「欲しいものは、自分で作れる時代になった」という圧倒的な事実だ。 メーカーが提供する「機能の少なさ」に不満を漏らす時間は、もはや人生の無駄である。
私たちは今、歴史の転換点に立っている。 かつてはメーカーから与えられたものを享受するだけの「消費者」だった。しかし、バイブコーディングという武器を手に入れた私たちは、今や自らの欲求を自らの手で形にする「創造者」へと変貌を遂げたのだ。
ガーミン様、どうか恐れないでください。 ユーザーが賢くなることは、あなたの市場を奪うことではなく、あなたの製品に「永遠の価値」を与えることに他なりません。データを解放し、私たちを共創のパートナーとして認めてください。
さもなければ、ユーザーたちが作った「非公式・神アプリ」に、その座を奪われることになるでしょう。それもまた、一つの「バイブス」による革命なのだから。
参考文献・ツール
今回の記事(と私の妄想)に影響を与えたツールと概念をいくつか紹介しておく。
Lovable (旧 GPT Engineer) 今回の主役。バイブスを形にする魔法の杖。無料枠でもかなりのことができる。
Vibe Coding アンドレイ・カーパシー氏が提唱した概念。プログラミングの終焉と、意図の時代の幕開け。
Garmin Connect Developer Program ガーミンのAPI公開サイト。一見オープンだが、個人開発者には厳しい「城壁」。
BirdieTalk / AiCADDY 既存のAIゴルフアプリたち。ガーミンが目指すべき(あるいは超えるべき)方向性を示している。